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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第四章 最後の会話

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ep.14 おでん屋

弥切(やキり)は待っていた。いつもの屋台でいつものように。


梅雨(つゆ)が来て、いつ何時、雨が降ってもおかしくない天気が続いている。

そのせいで、ソの河の橋梁(きょうりょう)工事は、作業が全く進んでないらしい。


助五郎(スケゴロウ)に呼び出されて、定吉(さだよし)は、いま子毛(こげ)に居る。

その心中(しんちゅう)が穏やかじゃないのは、間違いないだろう。

助五郎の気分次第では、職人達を犠牲にしてでも工事を進めるしかなくなる。


助五郎との話が早く終わるか遅くなるのかは助五郎次第で、定吉は、いつ解放されるか分からない。

もしかしたら、俺が嘆願書(たんがんしょ)は焼いたと言ったから、キレた定吉はもう屋台には来ないかもしれない。


嘘をついて誤魔化(ごまか)しても良かったが、嘆願書のコトになると、定吉は必死だ。

後々の面倒を避けるために、正直に話すしかなかった。


「お前は、すえが隠した嘆願書のある場所を知ってるんじゃないのか?」


ある日、助五郎が急にそんな事を言い出した。


「嘆願書、 はあ...」


弥切は、()けた返事をしながら、...何処からそんな話を聞き入れたのか? と考えた。

知らないふりの芝居をしているが、脇汗は尋常じゃない。


「もし見つけたらワシに必ず報告しろ」

で話は終わったが、弥切はその後、すぐに屋敷を出て嘆願書(しょうこ)を焼いた。


あの嘆願書を焼いても惜しくはない。

最初(ハナ)から、使い物に為らないと分かっていたからだ。

整った形式で丁寧に(つづ)ってはあったが、文字は(つたな)く、おそらく子供が書いたモノ。

書いた人間に思い当たる(ふし)が無い訳でもないが、それを追求したところで意味は無い。


内容は、助五郎の悪行(あくぎょう)を丹念に調べあげ、時系列に並べて記したものだった。

正確さは間違いないモノだったが、問題は公儀(おかみ)に出せるような正式な嘆願書と云えるかどうかだ。


...陶は、手紙や礼状、大事なものは常に自筆だった。嘆願書のような重要なものを、自分で書かないはずがない


どこかに陶が書いた自筆の嘆願書がきっとある


...陶が自筆で書いたものなら、公儀(おかみ)の目に触れても問題はないはずだ


弥切は、定吉に「お前に見せる気はない」と突っぱねた。

それは、それが子供の字で書かれた嘆願書(モノ)だったからと云う事もある。


...定吉(あいつ)を利用する為には、嘆願書と云う希望が必要だった。わざわざ使いものにはならないモノを見せ落胆させる必要はない


だから、あの場はそう言っておいた。



昼を過ぎて、おでん屋の主人の住む長屋に行き、玄関の引き戸を蹴つり飛ばしてやると、オヤジが怯えて顔を出した。


「店を開けろ。急げ」


「勘弁してくださいよ、あたしはもう少しゆっくり仕事をしたいんです。まだ寝れる時間だってのに、こんなに早く店を開けさせられたら弱りますよ」


店のオヤジはそう言ったが、弥切は問答無用で、昼間から店を開けさせた。


「普段なら今時分は一丁先の小料理屋の所だろ、おまえの女房がボヤいてたぞ。小料理屋の若い茶屋(ちゃや)女(給仕兼遊女)に入れ込んでるってな。若い女は、お前みたいなオヤジなんかまともに相手しねえ。金を搾り取るだけ取ったら用無しだ。古くなっても、お前の面倒をみてくれる女房を大事にしろよ」


そう言うと、おでんの(ふた)を開け、勝手に具材を取っていく。


「金は払うんだ。茶屋女に(むし)られて損する時間、儲けることができるんだから有り難いと思え」


「そんなぁ」


ニヤニヤ笑いながら、弥切は、あつあつのハンペンを口に運んだ。


・・・


それから一刻半(いっこくはん)(約3時間)は過ぎたが、まだ定吉は現れない。いつ何時になるか、来るかどうかも分からない定吉をひたすら待つ。


...俺はあいつの女か?


弥切は自然と自嘲わらっていた。


店のオヤジが、気味悪い顔で自分を見ているのに気付いたが、それを無視して、弥切は酒をあおる。

気がつくといつもの癖で、酒が半分入った徳利(とっくり)を目の前で揺らしていた。


「酒、入れましょうか?」


オヤジが聞いてきた。

徳利を振っていたので酒の催促(さいそく)と勘違いしたのだろう。

「いまは()らねえ」と返す。


徳利を揺らし、ぼんやりと見つめる。

頭に、陶と初めて会った日の事が思い出された。






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