ep.15 徳利
陶を最初に見たのは、多の屋の家族が伊勢参りの道中の、彼女がまだ十四(才)の時だった。
弥切は助五郎の子分となって日がまだが浅く、裏稼業のしきたりも知らず今ほど八九三に染まっていなかった。
もともと弥切は、田舎ではあるが裕福な良家育ち。身なりも言葉使いもきちんとしていたので、多の屋の家族には、八九三と思われなかったのだろう。
旅先で道に迷い、困っていた多の屋の一行を見かけた弥切は、純粋な親切心から道案内をした。
道すがら、何気ない会話をしながら一行を宿屋まで送り届け、それで終わりのはずだったが、多の屋の夫婦は弥切に好感を持ったようだ。
どんな仕事をしてるのかとしきりに問いかけて来るので、弥切は困った。
いまは、助五郎の知り合いの盗賊が計画した、押し込み強盗をする連中の手伝いをしている最中。
その連中が隠れ蓑としてる薬屋の店で働いてるとは、堅気の人間に正直に話せるはずもない。
適当に返答をはぐらかせていたが、まだ子供の陶が目をキラキラさせて、自分を見上げ、
「弥切さんは、どちらにお住まいなんですか?」
と屈託のない笑顔で聞いてきたのには、ついに誤魔化しきれなくなった。
「実は、この先の薬売りの店で住み込みで番頭をしております。働き始めて日が浅いので、胸を張って話すのもおこがましく、つい言いそびれてしまいました」
「そんな事ありませんよ。凄いじゃないですか、番頭さんなんでしょう、御立派なんですね」
あどけない陶の言葉に、弥切も笑顔で応えた。
「もし、御用の際にはお気軽に立ち寄って下さい」
この親子を利用するというつもりもなく、もう二度と会う事はないだろうと思いながら、何気ない、いつもの商売文句で別れた。
だが後日、多の屋の家族は、自分達を助けてくれたお礼を兼ねて、店に弥切を訪ねて来た。
そこで、純朴な田舎者の家族を見た助五郎は、弥切と違い何かに利用しようと考えたようだ。
宇治の街にしばらく逗留する事にしていた多の屋の家族の世話を焼き、悪いヤカラに絡まれた陶を助けたりもした。
よくある手だが、まだ子供で初心(純粋)な陶は助五郎の手の中で転がされ、恋に落ちていった。
二人は恋仲となり愛を育む過程を、裏側から見れば、まだ子供の娘を女慣れした悪い男が手玉にとっていく様子を、弥切は焦燥感を抱えながら、やるせない思いで見ていた。
...あれが、あの親子の運の尽きだったか・・あの時、道案内したのが俺じゃなく真っ当な男だったら、三人ともまだ生きていたかもしれない
気が付くと、手に摘つまんでいたはずの徳利は消えていた。
辺りを見回しても何処にもない。
「弥切さん。さっきの徳利は落として割れたんで、新しいのを浸けておきました」
店のオヤジが、熱燗にした酒の入った徳利を差し出してきた。
「ああ、そうか? 悪かったな」
夢からまだ覚めてないような、頭がまだ完全に、過去から現在へ戻ってきていないようだ。
見ると遠くに定吉の姿が見えた。
...律儀なやつだ。もう俺に会う理由などないだろうに
弥切は苦笑した。
今日何度目の苦笑いだろうか
...まだ、この男は俺に必要だ。さて、定吉を繋ぎ止める為に何をすればいい?
弥切の頭は、ようやく働き始めた。




