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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第四章 最後の会話

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ep.11 弥切

イシは静かに言った。


「そうかい、じゃあ、お前らには情けは要らねえな。あの女性()を殺した罪がどんなものか味わうがいい」


「バカかお前は? おう?」


小銀杏髷(こいちょうまげ)の男は、急に背中を後ろに引っ張られた。

下がる瞬間、となりに居た男の首筋から血が噴き出すのが見えた。


...なんだあれ?


そうボンヤリと思いながら振り向くと、自分の着物を握り、引き下がろうとする浪人の姿が見えた。


「逃げるぞ」


と言った浪人の背中に貫かれた光るモノ。

視線を落とすと、浪人の腹に刺さる棒切れ、それを辿るとイシが地摺(ぢず)りしながら浪人の腹を突き上げていた。

するっと棒切れが抜けると、浪人は、腹から血を吐き出しながら倒れていく。


浪人は死ぬ間際に、娘と妻の顔が浮かんだ。


ヒュン!


風が鳴る音がして、男達の一人が血を吐き倒れる。


イシはゆっくりと立ち上がった。


「こうなりゃ一ヶ所(ひとところ)に集まってくれたお陰で手間が省けたな。お前ら全員が死ぬべき奴らと、最初(ハナ)からあしに教えてくれてりゃ面倒なことをせずに済んだのに。気ぃ使って損したぜ」


小銀杏髷は、あり得ないという顔でイシを見ていた。


イシが棒切れを払うと、その先についた穂先が一人の男の喉を掠め、男は立ったまま、ふらふらと一、二歩歩いて血飛沫をあげて背中からまっすぐに倒れた。


いつの間にか棒切の先には、(ヤリ)穂先(ほさき)のようなモノがついていて、鋭利(えいり)な輝きを放ち、赤い糸を引いている。


一人の男は目が悪かったのだろう、目を細め、刃先を見て「ああ、槍の穂先か」と呟いた後、死んだ。


十人居た男達が次々と倒れて、見物人たちは、その中心に立つザンバラ髪の男イシを見つめた。


イシは、ゆっくりと生き残りの小銀杏髷に向かい歩く。

四方に乱れるザンバラ髪に隠れ、その表情は見えない。


穂先には血糊がべったりとついている。

イシの手に握られたそれがどこから現れたかは、見物客の誰も分からなかった。


弥切(やキり)は、その光景に釘付けになっていた。

予想を遥かに裏切られて、今まで感じたことのない興奮が体を包んでいる。


地面に倒れた男達の苦痛に悶えるうめき声、恥も外聞もなく泣きじゃくる声、死ぬ間際のか細い呼吸音。

小銀杏髷は腰を抜かし、ペタンと地面に座り込んだ。

おかげで、一度に四人を切り刻む嵐のような惨劇を逃れていた。


「うう、うゎ、ゎあぁぁ」


小便を漏らし地面に影を作りながら、泣きじゃくる小銀杏髷の男。

恥も外聞もない。

酷い臭いもする、大便(すべて)が出きったようで、あたりに臭いが漂っていた。


イシは、人の油がついて斬りづらくなった棒切れを置くと、その辺りに転がっていた男たちの凶器(エモノ)を手にした。

そして、何の躊躇(まよい)もなく倒れた男達の中から呼吸がしてる者へ、刃を突き立て息の根を止めていく。


(うめ)きや粗い呼吸音が、イシが刺す度に消えていく。

手足をバタつかせ逃げようとする者は、背中を踏みつけて動かなくなるまで刺した。


やがて倒れた男達から何の音もしなくなると、イシは小銀杏髷に振り向いた。


「待ってくれ・・・か、(かね)をやる、だから殺さな いで」


イシは、一歩進むと無造作に凶器(エモノ)を横に払った。

だが拾った凶器は刃が研いでなかったせいで小銀杏髷の首の半分ほどで止まった。

死に切れず、小銀杏髷は今まで味わったことがない苦痛に、オウ、オウとアシカのように鳴いた。


イシは手応えで何が起きたか感じていたが放っておいた。


(カネ)はお前が持って置いた方が良い。地獄(あっち)で要るだろうからな」


そう言うと、暫くそこに居て小銀杏髷の呼吸が止まるのを待っていた。


小銀杏髷は意識を失い死ぬまで、苦しみ続けた。



圧倒的に有利だったはずの十人の男達は、みな息絶えた。

イシと云う男は彼らに(ちり)ほどの慈悲も与えなかった。


新しい見世物くらいの気分で見物し、ときに(はや)し立てていた野次馬(やじうま)達は残忍な後始末に怖れ(おのの)き、我が身可愛さもあって散り散りに逃げ出した。


弥切が気がつくと、そばにいたはずの爺やが消えていた。


イシは、生臭い血を全身に浴びた姿でそこに立っていた。

まだ、十人の男達に生き残りが居ないか耳を澄まして呼吸の音を聞いている。

そして全員が死に、周囲に危険が無くなった事に納得すると、一呼吸した。


イシは手に持っていた凶器を放り、顔の血を着物で拭おうとしたが、どこの部分も返り血で()く場所がない。

諦めて屈み込むと、地面の上で手を左右に振りなにかを探していた。

その手にコツンと地面に転がっていた穂先のついた棒切れが当たる。

イシはそれを掴むと立ち上がった。


イシが歩き出した。

こちらにやって来る。

弥切は、急に呼吸ができなくなった。

息が吸えない。

(おか)の上で(おぼ)れそうになる。


怪物が、幼い自分を喰らおうと近づいて来る。

そんな錯覚に縛られ、体は身動きひとつ出来なかった。


これまでの自分は、自分より何倍も長く生きている大人を軽薄(バカ)だと軽く見ていた。

世界を下に見て、(あなど)って生きて来た。


いまの自分は、誰かに助けてと願うしかない子供。

震えて、その声すら出せず、足には感覚がなく逃げることもできない。


自分がちっぽけな存在だということを感じた。

何もかも見通せる気がしたのは間違いだと思った。

いままでの自分は、大海(せかい)を知らない、ちっぽけな井の中の(かわず)だと気付いた。


涙が溢れ、辺りが霞んだ。

恐怖(かいぶつ)が、目の前だ。


フッと風が通り過ぎた。

イシは、弥切(じぶん)を気にも留めなかった。


そして、弥切はイシが通り過ぎる瞬間、ザンバラ髪に隠れた顔を見た。

それは、信じがたいものだった。


(めし)いた目。イシは盲目だった。


...目が、見え ない


弥切の心臓は、バクバクと音を立てた。

盲目の男が十人を相手に勝つ。いままで信じて来た合理的な結論が崩れて、感じたことが無い衝撃が体を襲う。

圧倒的な敗北感。それと、退屈でしかなかったこの世界に、大きな風穴が()いた気がした。


イシが去った事を知ると、町の大人達が集まって来た。

ここにある十人もの死体をどうするか話し合っている。


役人も来たが、大事件などない地方の小さな町の役人など、事件が起きてもその反応は普通の庶民と対して変わらない。

いま偉そうに指図しているが、ずっと狼狽(うろたえ)ているのが分かる。


『役人に誰かが伝えに行ったはずだが、あんたらは今まで何をしていたのか?』

と泣き喚く老夫婦が、役人に(すが)りついている。

その顔に見覚えがあった。

馬鹿な息子を溺愛してきた親だ。


弥切を置いて逃げた爺やも戻ってきた。

涙ながらに弥切に訴えて来る。


「坊ちゃん、怪我が無くてよう御座いました。爺は、心配で居てもたっても居られませんでした。決して坊ちゃんを置いて逃げたわけじゃありません。その事は分かって下さい」


くどくどと言い訳がましく年寄りは話していたが、そんなことは弥切にはどうでもよかった。


自分の着物が垂れ流した小便でびちゃびちゃに濡れていても、気にもならなかった。

爺やは、十人の男達が息絶えた場所に広がる血の海を前に、目を輝かせている弥切を見て呟いた。


「だからこの小僧(こぞう)は薄気味悪い」


つい本心が抑えきれずに出てしまったのだろう。

慌てて、またつまらない言い訳をしている。

だが、そんな言葉も弥切の耳には入っていない、心は感動で満たされていた。

つまらなかった世の中は輝いて見えて、初めて『生まれて来て良かった』と実感した。



「弥切さん、もう店閉まいしたいんですが・・」


屋台のオヤジが、弥切の肩を遠慮がちにゆすっている。

寝ぼけ(まなこ)で見上げると、困り果てたオヤジの顔がそこにあった。

どうやら眠ってたらしい。


真っ暗で人影もない。

並ぶ家々に、ぽつぽつ(とも)った明かりの中に居るのは、女を買って一戦を挑んでるか、飲んだくれてる奴。

町の住人は、とうに眠っている時間だ。


店のオヤジも弥切を起こそうかと迷いに迷って、ずるずるとこの深夜まで過ぎたのだろう。


弥切は「あ~っ」と伸びをしながら身を起こした。

固まった首をコキコキ鳴らす。


「悪かったな、オヤジ」


テーブルに、普段より多めに金を置くと立ち上がった。


帰り道、歩きながら見上げた星空はとても美しかった。

山中の何もない田舎だが、美しい星が見えることだけは誇れる。

といっても、とっくに見飽きている光景だが・・。


もし、あのまま故郷で規定通りに父親の跡を継いでいたら、満天の星空を見て美しいと思うことはあっただろうか?

ひりつく刺激がある毎日は、弥切に飽きることなく『生きてる』ことを実感させてくれた。


「化け物が世間に呑まれて人並みの暮らしを望むなんて、有り得ねえ話だぜ、イシ。お前は地獄の真ん中で、閻魔(えんま)にだって闘いを挑むような鬼でいなきゃならねえ、俺にそんな夢を見せてくれ」


弥切は見上げる夜空に、幼い日に自分の常識を完全に打ち壊した、(いし)の姿を思い描いていた。






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