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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第四章 最後の会話

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ep.10 鬼

イシはゆっくりと一歩、進み出た。


「あの女性()はな、子供が待ってる家に(けえ)ってる途中だったんだ。それに、もう体は売らねえと小銀杏髷(そいつ)に言ったはずだ


「それを、小銀杏髷(そいつ)が無理やり廃屋に引きずり込んで、犯したんじゃねえか!」


「そんな事知らねえ、俺じゃねえ。きっと他のやつだ! お、俺は知らねえ!」


浪人は無言で刀を構える。


「イシ、ここは手を引け。じゃないと死人が出る」


ジリジリとイシと浪人の距離が詰められる。

浪人には、倒れて居た男達の一人が地面を這いながら、イシの背後から近寄る姿が見えている。


小銀杏髷(こいちょうまげ)の男が叫んだ。


「あの女は、金を払えば何人でも相手すると言ってた、嘘じゃねえ!」


イシが唇を噛み締めた。


「あの女性()はな。借金を返したら、娼婦は廃業して、夫と子供と生まれ故郷に戻ってやり直すといつも話してた


「あの日は、それがようやく叶った日だったんだ。あの女性()が、どれだけその日を待ち望んできたか、庄屋の御曹司(ボンボン)として何不自由なく育って来た、お前には分からねえだろう!」


「分かるわけねえだろ!」


ガツッ!


背後から近付き、立ち上がった男は、イシの後頭部めがけて、手に持った(ナタ)を振り下ろした。

だがその男は、場慣れした者ではなく焦っていた。

鉈の刃と背を逆に持っていたのにも気づかないまま振り下ろし、イシの頭に鉈の背を叩きつけていた。


衝撃でイシはつんのめり、頭を抱えて地面を転がる。

その場所は丁度、三人の男たちの前。

一人の男が手に持っていた長ドスを逆に持ち替え刃を下に向けると、川魚を刺すように石に向かって刃を突き立てる。


イシは、それを転がって()わし立ちあがろうとするが後ろから蹴り飛ばされ、また地面に転がる。

起き上がる事が出来ず、地面を這い回るイシを次々と狙って来る兇器。

必死に避けているが、もう限界だろう。


..終わりだ


いつまでも避け続けるのは無理だろうと、弥切(やキり)は思った。


どうやらこの男は、小銀杏髷の男に殺されたらしい娼婦の知り合いで、仇打(かたきう)ちをするつもりだったのだろう。


...だけど。意味無いなぁ、そんな事をしても娼婦は生きて返らないしなぁ


庄屋の御曹司(あととり)を殺せば庄屋から死ぬまで追いかけられる。夫でもないのに、何で割に合わない事をするのか分からない、バカだなぁ...


弥切はイシという男が、冷静に損か得かを判断できないことを(あわ)れに思った。


丘に上がったウナギのように、兇器を避けて地面を這い回るイシ。

見物してた周囲の者たちも、騒動の終わりを感じていた。


倒れていた他の男達は、全員立ち上がった。

男達が見下ろしてるのは、全ての攻撃を避け切れず、(ホコリ)と土と血にまみれて、荒い息を吐くイシ。

体を九の字にして身を縮めている。


「さっさと逃げれば良かったものを」


浪人が呟く。


男達の手足には、イシに棒切れで打たれた(アザ)がくっきりと残っていた。


「このヤロウ!大人しくしてりゃ殺されずに済んだのによぉ」


ひとりが、痣の跡が残る腕をさすっている。

他の者たちも、青痣(あおあざ)となった箇所を確かめていた。


「そういや、浪人。あんた、やみにおぬるなにやら? とか言ってたがそりゃなんだ?」


浪人に一人の男が聞いた。


「京で名の通った暗殺者(ひとごろし)の話だ。月も無い夜に一人の中間(ちゅうげん)が、主人(あるじ)の侍とその仲間の前を案内して行く先を照らしていた。目の前は真っ暗闇で何も居なかったが、風音(かざおと)がすると手にしていた提灯(ちょうちん)がストンと地面に落ちた。脇を何かがすり抜け、背後を振り向くと、主人たちの気配がない


「地面の提灯が燃えて、辺りを照らすと薄暗い中に、主人達が倒れていて、手に光るモノを持った鬼が白く光る目で中間(ちゅうげん)を見ていたそうだ。それから、その正体の分からない暗闇に潜む暗殺者を、京の町では、闇に(なば)る鬼、(おぬ)る鬼と呼んでる」


「それと、イシに何の関係があるんだ?」


「俺はこいつの居合を見たことがある、恐ろしい片手の技だった。それとその暗殺者(ひとごろし)は目が...」


雄叫びが聞こえ足音を鳴らし、先程まで背後に隠れて居た小銀杏髷が、浪人の前に出て来た。

 

「この!コジキ野郎がぁ!」


小銀杏髷が叫び、イシに向かい唾を吐き捨てる。


ベチャ!


イシの顔に上手く張り付いた吐いた唾を見て、満足して嗤う小銀杏髷。


「お前みたいな、バカげた正義感気取りが一番始末に負えねえよ、イシ。イヤとかなんとかは娼婦の売り文句だろ? ガキなんか知るか!金払えば体を売るのが当たり前だろうが、あの売女(ばいた)! 抵抗しやがって、俺を断るなんて身の程知らずもいいところだ」


イシは地面に顔を伏せていた、張り付いた唾を拭うこともなく。

そしてくぐもった声で言った。


「用が、あるのはお前だけだ。他の奴らは死に損だ。早く消えろ」


イシを取り囲む男達から失笑が漏れる。


「アホか、てめえは」

「ひとりで終わりのわけがねえだろ?」


小銀杏髷が嗤いながら言う。


「全員の相手をさせたさ。仕事はキッチリしてもらったよ。ああそうだ、そこに居る奴なんかあの売女が意識もねえのに、腰振ってたぜ」


ははは ハハハハ。


イシを取り囲む男達が大声で嗤う粗野(そや)な、せせら嗤いがあたりに響く。


「さあ、そろそろ殺せ。気分が悪いな、飲み直しをするぞ、また売女を呼んでな。イヒヒヒ、アハハハ」


男達は勝ちを確信していた。

ただ、浪人だけは、イシの荒かった呼吸が静かになっていることに気付いていた。







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