ep.9 一対十
ある日、父が世話人となり江戸から呼び寄せた地方興行の一座を見に行った。
寺社の境内で行われたそれは、稚拙な手妻(手品)を見せるもので、弥切には退屈でしかなかったが、父やみんなの手前、一緒に喜んでるフリをした。
一緒に居た爺やは興奮していた。
「坊ちゃん、凄かったですねえ、あんな仕掛けは江戸でも、そうそう見られるものじゃありませんよ。それこそ、一生に一度しかお目にかかれない、素晴らしい見世物でしたなぁ」
...よくこんな子供だましで、金を取れるもんだな。江戸では通用しないから、地方のドサ周りをしてるんだろう
その瞬間、弥切は楽しそうなフリ忘れていた。
「坊ちゃん、そんな顔するもんじゃありませんよ」
爺やはボソッと小さな声で言ったのだが、弥切の耳にはハッキリと聞こえた。
弥切は「そうだね」と笑顔で爺やを見上げた。
爺やが嫌そうな顔で見下ろしている。
「クソが! 死にてえのか? てめえはよお!」
怒鳴り声が聞こえてきた。
見ると、通りの真ん中で数人の男達が集まり、争っている。
どうやら与太者同士の喧嘩。
最初はただの言い争いだったが、一人が匕首をひけらかし、長ドスを持ち出す者がやって来ると、一気に物騒な雰囲気になった。
やがて一対数人から、最終的に何かしらの兇器を手にした十人の男達と、その十人に囲まれた一人の男という構図になった。
一人の男も、自分の背丈くらいはありそうな棒切れを持っているが役に立ちそうも無い。
十人の男達の中には、刀を持つ者も居る。
棒切れでは刃物の相手にならないし、人数的にも、一人の男にとってはこの状況は圧倒的に不利だ。
一人の男は、顔を覆うほどの長いザンバラ髪。
貧しい身なりでボロ切れのような着物を来て、浮浪者のようだ。
ザンバラ髪の男は、棒切れだけで十人の男達と闘うつもりらしいが、無謀でしかない。
弥切の目には、この争いは見るまでもなく、ザンバラ髪の敗北と映った。
...無駄な争いだよ、なぜ抵抗するんだろう? 命乞いをするか逃げりゃあ良いのになぁ、闘うなんて最悪だよ
多分ザンバラ髪は、死ぬなあ。人が殺されるのを見るなんて初めてだ。幼稚な手妻なんかより、こっちの方がよっぽど面白そう...
弥切はワクワクしていた。
ザンバラ髪の男も無駄な抵抗はするだろうが、結果は分かっている。
...こういうのって最後は、嬲り殺し?ってやつかな
「坊ちゃん、ここはいけません。逃げましょう、早く」
爺やは怯えきって、弥切の腕を取って引っ張って行こうとするが、弥切はその手を振り払った。
...父の趣味の兵書には『戰は、相手の三倍の兵力あって闘いに赴くべし』と書いてあった
喧嘩と戰じゃ比較にならないけど、殺し合いは一緒。一対十なんて三倍どころじゃない、やっぱり無茶もいいとこだ...
冷静に状況を分析する。
...すぐに決着がつくと面白くない。ザンバラ髪が頑張ってくれたら、良い見世物になってくれるけどな
この争いに、開始のゴングは鳴らない。
静かに始まり、十人が包囲網を狭めていく。
大きく踏み込めば刀先が届く距離となり、もうザンバラ髪は万事休すに見えた。
だが、額から汗を掻き、足を踏み出せずにいるのは周りを囲む男達のほうだ。
「おい! 何やってるんだ? お前たちはバカなのか? こっちは十人だぞ。たった一人に何を怯えてるんだ!」
ザンバラ髪を囲む男たちの中に一人、小銀杏髷を結った小綺麗な着物の若い男が居て、その男が叫んでいる。
その声に押され、男たちは武器を振り上げた。
一人... 二人... 三人... と次々と襲いかかる。
ザンバラ髪の男は不格好だが、その攻撃を全て避けた。
避けながら棒切れを動物を追い払うように振り回し、その動きには美しさのカケラもないが、他の男達はザンバラ髪に近づこうとしても、近づけないようだ。
男達は、武器を手に囲みを開いたり縮めたりして居る。
囲みの中では、ザンバラ髪が棒切れを、やたらめったらに振り回している。
そのうち、何故か十人のひとりが白目に剥いて倒れた。
そして、また一人膝をつき地面にへたり込む。
サンバラ髪は、相変わらず棒切れを振り回している。
八人の男達が、その周りで右往左往している。
ザンバラ髪は、草むらから蛇を追い出すように、また蜂を追い払うように、上下左右に振り分けている。
興味本位の見物人からは、ザンバラ髪の男は、ただ棒切れを振り回しているようにしか見えない。
だが、風を切り唸る棒切れは男達の急所を確実に捉え、気がつけば十人の男達中の六人が蹲り、立っているのは四人だけになっていた。
その時、ザンバラ髪が始めて言葉を発した。
「あしが用があるのは、一人だけだ。他の奴は関係ねえ、とっとと尻捲って帰んな」
ザンバラ髪の男は棒切れを正眼に構え、腰を据えた。
その気迫に圧され、四人の男はジリジリと後退して行く。
「お前ら俺を守れ!お前達にいくら奢ってやったと思ってるんだ。こう云う時の為にお前らを食わしてやってるんだ、早く行けよ!」
小銀杏髷の男は残りの三人より、さらに後ろに下がり怯えた声で叱咤した。
だが三人は、前に進み出ようとしない。
「か、銭をやる。だから俺を見逃してくれ。俺が死んだって、あの女が生き返るわけじゃないだろ」
小銀杏髷の男は、ついに膝をついて手を合わせた。
ザンバラ髪の男に祈るように涙まで流して、懇願する。
三人のうちの浪人風の一人が、ザンバラ髪の男に話しかけた。
「なあ、イシ。何をそんなに怒ってるんだ? ただの河原の娼婦じゃないか? 確かに、若とのあの最中に死んじまったようだが、それは若のせいじゃないだろう
「銭は払ってるんだ。娼婦は、身体を病んでる者も多い。最中や事後に意識を失くしたり死ぬ事もある。それがあの女の商売じゃないか」
イシと呼ばれた男は、腰の辺りを触り始めた。そこに煙草入れが差してある、そこを探っている。
「さっきも言ったが、無益な殺生をするつもりはねえ。お前らには関係ねえ話だ。あしが用があるのは、小銀杏髷。早く消えろ」
「そう云うわけには行かない。俺は若を警護為に雇われてる。もし、逃げれば女房の子供が食えなくなるんだ
「お前がもし、京の裏界隈で名らした暗殺者、『闇に隠る鬼、隠る鬼』だったとしても、昼日中では分が悪いだろう。ここは引け」
と言いながら浪人は、腰の刀をゆっくりと抜いた。




