ep.8 あきらめ
普通は、人の道を外れる事にそれなりの理由がある。
例えば、貧困の底に生まれる、暴力や虐待を受けて育つ、親の愛を受けられなかったなどの成育環境に恵まれなかった場合。
また、成長期にイジメや理不尽な扱いを受けて社会から爪弾きに遭い、辛酸を舐めて成長して、捻れた思想を持った時。
弥切は、そのどれにも当たらなかった。
彼が八九三になったのは、強いて云うなら田舎のごく普通の人々の中に生まれてしまった事。
周囲が、それを個性や才能と理解出来なくて、ただその個性と才能を押し潰そうとしてしまった事だろう。
弥切が生まれたのは、その地域では最も豊かな家だった。
豪農の地主の跡取り息子として何不自由なく育ち、周囲も、将来の当主として気を使い御機嫌をうかがう。
大人は、幼い弥切に丁寧に挨拶し、それが当たり前な環境で育つ。
ただ、幼い頃から弥切は、普通の子供と違っていた。
大人達は幼い子供になぜ? そんな扱いをするのか、他の子供達と比べれば明らかに違っている。
...なるほどそうか!大人達は僕ではなく父に頭を下げているのだ
と理解した。
それから、彼は驕る事なく振る舞った。
「みんな、僕に挨拶しなくて良いよ。怖がらなくても、僕に力はないから」
それは、周りの大人達には可愛げない子供に映る。
結果大人達は、気味悪い生き物を見る目で弥切を見るし、挨拶は続けられる。
弥切は考えた。
...そうか、子供らしいところが無いからだ
「大人は、子供らしい無邪気なほうが好きなんでしょ。あんまり賢い子供は嫌だよね」
ある日、叔父にそう言うと彼は笑顔を見せながら言った。
「そんな事あるはずないだろう、みんなおまえの利発さに感心してるよ。こんな子供がいて俺は兄貴が羨ましい」
叔父は弥切にそう言ったが、
「あんな小賢しい子供は見た事ないな。いつも俺を見下してるようで、可愛げがないガキだ」
と陰では話していた。
数えで十二(才)になった弥切は、大人の考えを簡単に推察できるようになっていた。
相手の頭の中が透けて見えるような、そんな感覚。
父が大人と話す内容の単語までは理解出来ないが、相手が心から納得しているのか上辺だけなのかが透けて見える。
母が愛人を作る父を恨んでいる事を感じとり、身の回りの世話をする爺やは自分を嫌っていて、奉公人や父の商売相手は自分を気味悪がっている。
ある日、奉公人同士がこんな話をしているのを耳にした。
「あの家の坊ちゃんは取り替え子、物の怪があの家の赤子と自分の子を取り替えていったに違いない」
弥切は、自分らしく振る舞うのを止めた。
感じた事を、そのまま口にはすると自分が不利になる。
黙っていたほうが、この世の中は生きやすい、という事を悟った。
それから、普通の子供を演じる事にした弥切にとって、この世の中は何の感動もない、つまらないものになっていた。
相手が嘘をついてると分かりながら、わざと欺されてやる。
誰かの本気じゃない言葉に、喜んだふりをする。
そんなことをしてるうちに、弥切にとって、生きることは死ぬまでの暇つぶしとなった。
自分の将来は、家業を継いで妻をもらい、子を成して家の後継を決めて老いて死ぬだけだ。
生まれたら生きて死ぬ。虫も動物も草木も全ての生き物がそうだ。
自分だけが、そこから逃れられるはずはない。
これが当たり前のことだと、弥切は幼くして自分を納得させることにしていた。




