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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第四章 最後の会話

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ep.7 イヌ

...こいつ、こんな奴だったか?


定吉(さだよし)弥切(やキり)の横に座り、盗み見るようにその顔を見た。


まだ(すえ)が存命な時、問屋(みせ)で弥切は、陶の下で多の屋の番頭のような仕事をしていた。

会ったのは数回くらいだが、定吉には、弥切が八九三(ヤクザ)に見えなかった。

穏やかな口振りで、悪い印象はない。


いまの弥切は、誰が見ても八九三(ヤクザ)に見える。

気だるそうな、その表情から本心が読み取れない。

何処(どこ)か冷めていて、空虚で、何を考えているのか分からない恐ろしさがある。


...そういえば、弥切(こいつ)は、いつからこの町に居たんだろう? 郷の職人として陶と話すようになり、それからこの男を見かけるようになった・・・


はずだが、果たして本当にそうだったんだろうか? もっと以前に姿を見たような気もするんだが、俺の思い違いか...


記憶を辿(さかのぼ)ってみても答えは出なかった。


「オヤジ、こいつにおでんを見繕(みつくろ)ってやってくれ」


そう言って弥切は酒を口する。

定吉は、ぼんやりとおでんを皿によそおう店主のオヤジの手元を眺めていた。


「どうぞ」


店主が、はんぺんやこんにゃくがのった皿を定吉に差し出した。


その着物の袖口から、腕に入った流人(るにん)刺青(いれずみ)が見える。

四つに仕切られたおでん(なべ)(ふた)をすると「後は勝手にどうぞ」と言って店主は店を離れた。


「ここのおでんは一番だ。一度食ったら他所(よそ)で食うのがバカらしくなる、()めねえ内に食えよ」


湯気の立つおでんを目の前にして、定吉は考える。

弥切とは、すれ違っても会釈する程度で今日まで話したこともない。

この男が自分を探す目的が全く分からなかった。


「何か用事があるんでしたら、先に言ってもらえないでしょうか?」 


と定吉は話を切り出した。

弥切はおでんを頬張(ほおば)り、ボソッと呟いた。


奉行所(やくにん)のイヌが」


その言葉には奉行所(ぶぎょうしょ)を嫌う者の憎しみが(こも)っていた。

定吉は全身が(ふる)えるのを感じた。


「・・なんの話ですか?」


一気に噴き出した汗で、着物が身体に張り付いてきた。

弥切は、黙って口の中のおでんをゆっくりと咀嚼(そしゃく)している。


...証拠は無い。理由は分からないが、コイツは俺にカマをかけてるだけだ


動揺(どうよう)を気取られないように平静を装うが、だらだらと身体を伝う汗は止めようが無い。


弥切は、汗だくで素知らぬ顔の定吉を見て嘲笑(わら)った。


「お前、ソの郷(ごう)に居付くもっと前に子毛(こげ)に居ただろう? みなが寝静まった頃になると、夜の子毛(まち)彷徨(うろつ)いてやがったな。なぜそれを黙ってる?


「深夜に問屋(みせ)にやって来て陶とも何やら話してたな。助五郎(スケゴロウ)のダンナが居ない時期()を見計らってやって来た間男(まおとこ)かと、俺は思ってたよ、はははは」


弥切は嗤いながら酒を(あお)る。


「郷に居付くようになって、昼間に問屋(みせ)に来て、助五郎(ダンナ)や、すえとも会って、何食わぬ顔


「一介の職人でございと、いけしゃあしゃあと振る舞う。その(ツラ)を見て、俺は滑稽(おかしく)(わら)

いが止まらなかったぜ」


弥切は、定吉を見た。


「おまえ江戸に居たそうだな。俺には、世間のハグレ者だが江戸で役人の使い走りをしてた知り合いが居てな、そいつが故郷に帰る途中に俺に挨拶に来た


俺はな、そいつと話しててふと思いついた。お前もそいつと同じなんじゃないか?ってな。それで、賭場に現れたお前を陰から見せた。そうしたら、そいつはなんて言ったと思う?」


弥切は演劇(しばい)一幕(ひとまく)のように、勿体(もったい)つけた。


「そいつは、お前が江戸の南町(みなみまち)奉行所(ぶぎょうしょ)(まわ)(かた)同心(どうしん)雇用(かかえ)てる内のひとりだと言いやがった


「俺が、それは町奉行の御用(ごよう)()きの事だな、と聞いたら、そうだ! と、間違いないとよ」


「・・・」


(いき)が止まる気がした。定吉にとり、重苦しい時間が流れた。


「俺を、どうする気だ」


声からがらに、ようやく声を絞り出した。

その言葉とは裏腹(うらはら)に、返ってきた弥切の言葉は、呆気(あっけ)にとられるものだった。


「どうもしやしねえ」


と言って、弥切は酒を煽る。

そして、弥切は定吉の目の前の皿を指差した。


「もったいねえだろ、食え」



定吉は、皿の上のはんぺんとこんにゃくを喰った。

冷め切って、もそもそとした食感でなんの味もしなかった。


弥切は、それを喰い終わるのを見ている。


定吉は大きく息を吐いた。

胸がムカムカして、全部を吐き出していまいたい。

吐き気を抑え、湯呑みに注がれている酒で流し込む。


定吉が喰い終わると、弥切は静かに言った。


「今日まで、助五郎(ダンナ)から何を言われたか、全部言ってみろ」


その時の定吉は、恐怖と安堵の乱高下(らんこうか)のなかで自制を失っていたのだと思う。

何も考えず、弥切に助五郎から言われた事をすべて話した。


覚えている限りの内容(こと)を一気に話すと、(のど)がカラカラになる。

定吉は、さっき飲んで(から)のはずの湯呑みに、溜まっていた酒をまた飲み干した。


黙って定吉の話を聞いていた弥切は、ポツリと(つぶ)やいた。


「すえから預かったものというのは、たぶん嘆願書(たんがんしょ)のことだろう」


定吉は、壊れかけのカラクリ人形のように、その言葉を繰り返した。


「たん、がん。しょ」


たんがんしょと何度か自分で繰り返すうちに、その言葉の意味が()み込めてきた。


「そんなもの・・が、あるのか?」


目を見開き、弥切を見る。


「俺が持ってる」

「・・・お前が?」

「ああ、すえが死んだ日に、枕の下に入れてあったのを俺が見つけて隠した」


...嘆願書を、陶さまが残していた。中身は、いったい何が書いてあるんだ?


弥切の視線に気付いた。


「心当たりがありそうだな、言ってみろ」


信用は出来ない相手だが、弥切が助五郎と一定の距離を置いているのは分かる。

定吉の過去を助五郎に報告しない事は、この男にはリスクにしかならないだろう。

それでも、しないのは何らかの意図があるはずだ。

もしわずかでも自分とこの男の間に共通の利害があるなら、話をしたほうが良い。


...腹を(くく)れ、コイツを取り込むつもりで


定吉は、知っていることを話した。

そして、弥切に聞く。


「嘆願書を見たなら分かっただろう。助五郎を追い詰める内容が書かれてあったはずだ」


昔の経験が生きた。

直感で思った事を、弥切にぶつける。


「そうだな。嘆願書には、その大まかな年とその時にダンナが犯した罪が書いてあった


「ダンナの悪事(わるさ)を知っている俺から見て、ほぼ間違いは無い、よく調べたもんだ。ただ、俺がその内容を保証(証言)する事は無いがな」


…間違いない。嘆願書には、助五郎のいままでの悪事(あくじ)が書かれてある。そして助五郎の近くにいる弥切(コイツ)が正しいと証明した。俺が苦労して調べた事は無駄じゃなかったぞ


ニヤリ、と笑う定吉を見て弥切は気付いた。


「俺にカマをかけたな」


別段、怒るわけでもなく、弥切は愉快(ゆかい)そうに笑っただけだった。


「嘆願書を見せてくれ」

「嫌だね」


「・・どうしてだ、内容が分からなければ、俺は動きようがない」


「お前に何かやれなんて言ってないがな。まあ、・・考えておく。簡単に持ち歩けるような代物(シロモノ)じゃあねえからな」


沈黙が二人を包んだ。


「まさか、嘆願書を墓まで持って行くつもりなのか?」


定吉の顔が(けわ)しくなった。


「そう怒るな。俺だって嘆願書(あれ)をこのまま腐らせておくつもりは()えさ


「ただ今は時期が悪い。これから大仕事が始まるからな。こんな時期に下手に騒いでも、上から潰されるのがオチだ」


「大仕事?」


定吉には、何の話か分からない。


「いずれお前にも分かる。お前にも関係がある話だ。そいつは、和久(わく)家から降りて来る。俺も詳しい内容(こと)は分からねえが、どうやら天下普請(てんかぶしん)の大事業らしい


「この件では、和久家と助五郎(ダンナ)一蓮托生(いちれんたくしょう)嘆願書(あんなもの)出したところで、大事(だいじ)の前の小事(しょうじ)だと、揉み消されるのがオチだ」


「小事だと?」


「突っかかるな、天下普請に比べりゃ、何だってそうなるだろうよ。お前も、幕府(おかみ)末端(イヌ)として働いてたんだろ。そんなことも分からねえのか? しっかりしろよ」


弥切は定吉の肩に手を置いて、自分に引き寄せた。


「それにだ、和久(わく)家がダメとなれば、その上かまたは他に話を持っていくしかないが


(つな)ぎ工作ってのは時期を見計らいながら、慌てず焦らずに時間をかけるもんだ。どこに助五郎(ダンナ)のイヌが居るか分からねえからな」


弥切の言う事は、感情的には無理だが頭では理解できた。


「仕事が欲しいお前に、仕事をやる。どんな些細(ささい)な事でもいい、役人どもと助五郎(ダンナ)の情報をかき集めろ。俺が子毛(まち)で動きやすいようにしておいてやるから」


「それが嘆願書を、御公儀に届ける事になるんだな?」


「当たり前だ。このあたりには、尾張(おわり)家とも繋がりのある奴もいる、上手くいけば新しいルートが見つかる可能性があるだろう


「だが、俺がおおっぴらに動けば、助五郎(ダンナ)には直ぐにバレちまう。お前ならいい、ダンナにも他の子分(やつ)らにも舐められてるからな」


弥切が耳元で囁いた。


「それとな、公儀なんて難しい言葉を知ってるのは立派かもしれんが、要らねえ知識をひけらかすな。警戒される」

「どういう意味だ?」

「その辺の職人風情が使う言葉じゃねえからだよ」


定吉の頭に、ふと(いし)の姿が浮かんだ。


「分かった。そうしよう」


「決まりだ。これからは、助五郎(ダンナ)と会った日は此処(ここ)に寄れ。お前が来れば、俺からも情報を流してやる。それでいいな」


定吉が力を込めて言った。


「嘆願書は必ず、公儀(うえ)に届ける。確かだな」

「ああ、そのつもりだ」

「本当だな」


弥切は、空になった銚子(ちょうし)を振る。


「くどいな。そう言ったろ」


嘆願書は、(すえ)の遺書のようなものだ。

病躯(びょうく)を押して嘆願書を書く陶の姿が定吉の目に浮かんだ。

なんとしても御公儀まで届け、助五郎に引導を渡す。

それが、(こころざし)半ばで亡くなった陶に(むく)いる唯一の道だと思った。


隣を見ると、弥切は店の親父を呼び寄せて、アレをくれコレをくれと指図していた。

もう、話はなさそうな様子。定吉は、何も言わずに屋台を離れた。




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