ep.6 都合
助五郎に呼び出されて数日が経ち、定吉は仕事道具の買い物もあって、久しぶりに子毛にやって来た。
ついでに、由親子の生活を助五郎に伝えようと屋敷まで足を伸ばした。
屋敷の表の玄関口から声をかけると、神経質そうな痩せた奉公人が出てきて、応対した。
奉公人は、「まったく、なんでここから来るんだ」とブツブツ言いながら土間へ降りると、定吉に「ついて来るように」と言って歩き出した。
玄関から入ることなく裏手にまわり、殺風景な小部屋の前に定吉は連れて来られて、廊下を上がって部屋で待つようにと言われた。
板の間に座り待っていると、ドンドンと足音がして不機嫌そうな顔の助五郎が現れた。
助五郎は部屋の首座にドカッと座り、正座する定吉を見下すように見た。
そして、定吉が話をするのを睨むようにして見つめ、聞き終わると助五郎は言った。
「報告が遅いな、もっと頻繁に来るようにしろ。ワシの都合の良い日に人をやるから、その日の内に屋敷に来るようにするんだ。分かったな、五七ちょっと来い」
呼ばれた男がやって来る。
この部屋まで定吉を案内して来た、痩せた神経質そうな男だった。
「出口に案内しろ」
「へ、へい」
「二度とないように、ちゃんと言い含めておけよ」
「わ、わかりやした」
五七は、助五郎の前では萎縮して畏っていた。
助五郎が部屋から出て行くと、その後ろ姿を見送る。
「ついて来い」
定吉を見下ろすと、冷たく言った。
定吉は、今度は裏口に連れて来られ外に出るよう促される。
「もう玄関口から来るな、裏口から入って来い」
五七はそう言うと、ピシャリと戸を閉めた。
定吉は、この前との対応の変化に少し面食らっていたが、苦笑いして気を取り直した。
...さあ、帰るか
職人としてソの郷に居つく前、定吉はある理由から助五郎を調べていた事があった。
その人となりは想像出来てはいたものの、こんなに急に態度が変わるとは想像もしていない。
前に会った時の親切な態度は、結局うわべだけのものだったのだろう。
...助五郎にとり、自分は取るに足りない者だということだ
それに屋敷に人相や態度の悪い者達が増えた。陶さまがいた頃に居た、気の良い奉公人たちは居なくなったようだ。問屋には暫く足を運んでないが、あっちも良い奉公人は辞めたのだろうか?...
助五郎は、堺では間違いなく阿漕な事に手を染めていた八九三の一人だった。あの素行の悪い奴らはどこから来たのか? 昔の仲間なのだろうか?
帰り道、考えながら歩いていた。
すると、いきなり後ろからバシ! と頭を叩かれる。
... 痛ったぁ
叩かれた方向を振り返る、そこには男がいて、自分を睨みつけていた。
...小者が..
「八助さん。いきなり叩くのは、無しじゃないですかね」
「てめえが、呼んでるのを無視したからだろ」
八助は叩くだけでは飽き足らず、定吉を蹴ろうして来る。
定吉は軽くいなした。
すると、イラッとした八助は定吉の足元に唾を吐いた。
「危ないなぁ、これからはせめて、後ろからはヤメてもらえませんか?」
定吉は怒りを抑えつつ、距離を取る。
「うるせえ! 弥切のアニキが、てめえを呼んで来いって言うから探してたんだ! 早くついて来い!」
そう言うと八助は、唾を吐き捨てた。
...今の俺はこんな小者にさえ、理不尽な事をされても我慢するしかない
昔の自分と、現在の自分を比べてみて、哀れで自嘲った。
「なにが可笑しい?」
八助が、定吉を前に凄んで見せた。
「いえ、なんとなく笑ってしまったんです。それよりも、弥切さんが呼んでるんでしょ。早く連れて行って下さい」
張り合う気にはなれず、定吉は八助に先へと促した。
弥切が待っているという場所に向かう間も、八助は何かと定吉にチョッカイをかけて来るので面倒だった。
定吉は能面のような顔でやり過ごす、ニヤニヤと自分を嘲る八助を怒らせないように気を遣って。
それでも八助は、定吉が怯えていないのが気に入らない様子だが、怖いとは思わないのだから仕方なかった。
定吉も、そこまで芝居してやるつもりはない。
まだ夕暮れ前、いつもよりずっと早めに開いた屋台で弥切は待っていた。
弥切は、二人を見ると片手をあげて手招きする。
八助がすたすたと駆け寄って行った。
「兄貴、連れて来ました」
「ああ、ご苦労。お前はもういいぞ」
八助が腰掛けに座ろうとするのを弥切は手で制した。
そして、おでんの皿が乗るだけの幅の狭いテーブルの上に、銭を置く。
「これで女でも買って来い」
八助は明らかに不満気な顔をしたが、弥切が睨むと愛想笑いを浮かべる。
そのままテーブルの金を鷲掴みにすると、去って行った。
その様子を、少し離れて眺めていた定吉。
弥切が、座れと手で指図する。
「座れよ。そんなとこに突っ立ってられちゃ落ち着いて呑めねえ」
定吉は、少し弥切を眺めて、それから仕方なく腰をかけた。




