表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第四章 最後の会話

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/61

ep.5 天女

秋にしては肌寒い、冬の手前のとある日。

先代の一人娘で現主人(あるじ)、多の屋助五郎(スケゴロウ)の妻の(すえ)が亡くなった。

その知らせ受けて、ソの郷の職人のひとり定吉(さだよし)は、心にぽっかりと穴が空いたようで(しばら)く放心状態になっていた。


...俺は、あの方に何もしてあげられなかった


後悔が残っていた。


『聞きたいことがある。今日か明日には、一度、屋敷に来てくれ』


助五郎に、そう言って呼び出されたのは、陶の死から一ヶ月ほど経った頃。


それまで助五郎とは、問屋(みせ)で仕事の事やソの郷の分村(ぶんそん)のことで何度か顔を合わせていたが、大まかな段取りを済ませると


「後は、すえと話し合ってくれ」


と言って、助五郎は居なくなった。


結局、細かな金額や詳細なスケジュールなど詰めの話は、陶と話をして決めていた。


その頃の助五郎は、ソの河の橋梁(きょうりょう)工事の話で、接渉(せっしょう)や接待に追われていた。

問屋(みせ)の事は全て、(すえ)に任せていたが、理由は忙しい以外にもあったようだ。


一度、陶が()め息混じりに、ぽつりと言ったことがある。


「あの人が、店に居つくことがないのは、たぶん私がここに居るからなのね」


定吉は、フォローの言葉も見つからず黙っていた。


陶とあまり親しげにしていると、子毛(まち)でどんな噂が立つか分からない。

陶とは、ソの郷の職人の代表として会っているだけ、余計な詮索(せんさく)は困る。


もし、定吉がソの郷に住むよりもっと前に子毛(まち)に来ていて、陶とも会っていたことを助五郎に知られたら、大袈裟(おおげさ)ではなく命は失くなる。


定吉は、急に助五郎からの屋敷への呼び出しに、不安に(おちい)った。


...俺の過去がバレたのかもしれない


ノコノコ屋敷に出向けば、殺されるかもしれない。

その夜は、寝床(ねどこ)に入っても眠れず悶々(もんもん)と過ごした。

あたりが明るくなって、朝が来ても覚悟は決まらなかった。


...どのみち俺には、(よし)さんや(たえ)を置いてソの郷を出る事はできない。陶さまから、二人の()(すえ)を託されたのだから


あきらめて、一睡(いっすい)も出来ないまま町へ向かう。


(かせ)()められたように足取りは重く、屋敷の玄関口に立つ頃には、土砂降りの雨に打たれたように背中はびっしょりと濡れていた。


「おお、ご苦労さま。いい天気に見えたが道中は通り雨でも降ったのか? おい、誰か身体を拭くものを持って来てくれ」


固い表情の定吉と違って、助五郎は拍子抜けするほど明るい笑顔で、玄関口まで出迎えに来た。


「定吉くん、急に呼び立てて済まなかったな。迷惑じゃなかっただろうか?」

「いえ、丁度(ちょうど)仕事がひと段落した所でしたので」

「そうか、それは良かった。まあ、上がってくれ」


屋敷の正面玄関から上がり、大事な客人が通される立派な部屋へ連れて行かれる。

(ふすま)には、椿(つばき)の絵が描かれ、広い部屋の畳のうえには座布団が二つ置かれていた。


「まあ、座ってくれ」


助五郎は一つの座布団を指し、もう一つに自分が座る。

お茶を運ばせると、定吉に勧めて話を始めた。


「話というのは、すえの頼みを聞いてくれたワシからの礼だ」


ガタッと、どこかで音がした。


...終わっ た


・・・


定吉は覚悟した。

助五郎の手下が、部屋に乗り込んで来るのを諦めて待った。

すると、スッと目の前に茶菓子(ちゃがし)が置かれた。


見ると、奉公人(ほうこうにん)の女性が部屋を出ようとしている。


「たわ、戸は開けておいてくれ」

「分かりました」


奉公人の女性は、戸を開けたまま去って行った。


助五郎は、一方的に話を続けている。

まだ手下が乗り込んで来る様子は無い。

定吉は状況が呑み込めずに戸惑っていた。


「定吉くん、君には感謝してる。(あれ)は自分が病気で寝込むようになっても、多の屋の行く末と、よしの親子のことを案じていた」


助五郎は妻を思い出したのか? 心なしか目が(うる)んでいるようにも見えた。


「ふたりの幸せを見届ける事なく逝ったのは、さぞかし無念だったろうと思う。わしは(あれ)の為にも、よしと娘を幸せにしてやりたい」


定吉は全身の力が抜けた。

一睡も出来なかったこともあって、倒れそうになる。


...バレてなかった


安堵で、大きく息を吐いた。


陶の思い出を語る助五郎。

自分で勝手に追い詰められていた定吉は、苦笑いした。


...俺の空回りだったな


ようやく落ち着いて助五郎の話を聞けるようになった。

そして、聞きながら定吉も陶のことを思い出していた。



陶は定吉より年上だったが、歳の差を感じさせないフランクで明るく可愛らしい印象の女性だった。

そして明るく元気なだけではなく、会話の所々に知性を感じさせる利発な人だった。


自分が病気を(わずら)って辛くても、他人を思いやる気持ちを忘れなかった。

多の屋のこと、奉公人の身の振り方、亡くなった多の屋の先代が残した(めかけ)とその子供の将来まで考えるような慈悲深い女性だった。


定吉には、陶という女性がこの世に遣わされた天女(てんにょ)のように見えた。

その陶に頼まれたからこそ、身重(みおも)の由を引き受けて、ソの郷で彼女たちの今後を見届けると誓ったのだ。


陶に妙が生まれた事を話した時、自分の事のように顔を紅潮させて大喜びしていたのを思い出す。


「・・・、すえ・・なにか、あずか・・」


思い出に浸っていた定吉は、ようやく助五郎が、自分に何かを話しかけているのに気付いた。


「申し訳ありません。旦那、いま何を(おっしゃ)ってましたか?」


我に返り、定吉は聞き直した。


「何か、すえから預かったものが無かったか聞いただけだ、それはいい。今日呼んだのは、


(あれ)に話をしていたように、よしと娘の様子を、ワシに伝えて欲しいと言う事だ。忙しいとは思うが、すえの願いでもある。時間が出来た時で良いから、ふたりの様子を報告してくれ」


そう言って、助五郎は定吉の手を取った。

その真剣な眼差(まなざ)しに、定吉も応えようと思った。


「分かりました。新しく人足(にんそく)仕事(人材派遣業のようなもの)も始めたので、子毛(こげ)に来ることも多くなります


その(おり)には屋敷(こちら)に立ち寄って、よしさん親子の様子を旦那にお話することにしましょう」


定吉は頷いて、その手を握り返した。


帰りには土産(みやげ)を持たされ、助五郎が(おもて)まで見送りに来た。

手厚いもてなしに、定吉も恐縮した。


土産(みやげ)の入った風呂敷を手に、ソの郷へ戻りながら、定吉は助五郎が口にした事を思い返した。


...すえさまから預かったものとは、いったい何の事だろう?





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ