表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第四章 最後の会話

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/61

ep.4 憂鬱

本格的な梅雨(つゆ)に入り、工事の作業が(とどこお)る日が続く中、定吉(さだよし)助五郎(スケゴロウ)に呼び出された。


屋敷内の部屋で飾られた掛軸(かけじく)を背に、上座(かみざ)に助五郎が座り、前に定吉が正座をしている。

ここは、助五郎が取るに足りない小者(こもの)と会うのに使っている場所。


水茶屋(みせ)(かせ)ぎで、母娘(おやこ)の食事は(まかな)えてます。ソの郷はみんな互いに助け合いますし、不都合があれば皆で解決します。そういえば、(たえ)はずいぶん言葉を覚えてきました」


助五郎は(あご)をさすりながら、話を聞いている。


「たまに我儘(わがまま)を言って大人を困らせることも有りますが、物心(ものごころ)がついたからじゃないでしょうか?


まだ(つたな)いので、伝えたい事が分からない時も有りますが、よく話すようになったのは、自分の考えが出来てきたからだと。日々の成長を感じています」


助五郎は、顎ひげを(つま)みながら退屈そうに言った。


「わがままか、やっぱり女親(おんな)では、(しつけ)が行き届かんのだろうな」


助五郎との会話はいつも、()み合わない。

ただ、それにも慣れた。


こうやって、助五郎の気まぐれで屋敷に呼び出される。

そこで助五郎が聞きたい事は、ソの河の橋梁(きょうりょう)工事の進捗(しんちょく)よりも、(よし)親子の様子についてだ。


...この男は、幕府から直々に拝領(はいりょう)した大仕事に興味がないのか?


今日も呼び出され、小雨(こさめ)が降る中、仕事を職人達に任せてやってきたのだが、こんな事なら仕事をしていた方がマシだと思う。

唯一の楽しみは、屋敷をじっくりと観察できる事くらい。


この屋敷は、元は和久(わく)家の別宅(べったく)という噂だったが、確かに腕の良い職人が良い木材を選んで建てたのが見れば分かる。


江戸でもお目にかかれないような、手間暇と金をかけた素晴らしい造りのものだ。

惚れ惚れする建物で、来るたびに感心している。


それ以外は、憂鬱(ゆううつ)な事しかない。


「あの、旦那」

「あ、なんだ?」


「ソの河の、作業のことなんですが」

「それはお前に任せてある。好きにしろ」


そう言われて言葉に詰まった。

だが、話を通しておかないと後でマズイ事になる。

定吉は、「実は・・・」と話を切り出した。


助五郎の顔色を(うかが)いつつ、ソの河の工事の進捗について話す。


「長雨の続きで、橋脚(きょうきゃく)を建てる作業は進んでません。職人達は、他の出来る作業をやって雨が止むのを待っています


「無理に、増水した川で作業を進めれば職人達の命に関わります。雨の降り終わりが来たら急ピッチで進めますので、しばらくの間、作業を中断したいと思うんですが・・」


「・・仕方ねぇな。少しぐらいなら良いが、死人が沢山(たくさん)出るのは駄目だ。御上(うえ)からも、今回の事は祝い事だから、不要な死人は出すなと言われてる。分かった、良いだろう」


「ありがとうございます」


定吉は、深々と頭を下げた。

『なにが何でも作業をしろ!』と言われることも覚悟して来たのだが、助五郎があっさりと受け入れたので安心した。


定吉が必要以上に安堵(あんど)してるので、助五郎は不思議がった。


「おかしな奴だな。職人の命を考えるのは当たり前のことじゃねぇか? ただし、夏までには『必ず』完成させろよ」


「分かってます」


助五郎にとっては何気ない一言だろうが、定吉の背中に緊張が走った。


「それより、よしだがな。変な(むし)がついたりしてねぇだろうな?」

(むし)? ですか」

「男だ! 言い寄って来る野郎や、よしが惚れた相手がいるなんて話はねえだろうな?」


(けわ)しい顔でにらむ助五郎。

定吉は、(あき)れてすぐに言葉が出ない。


...俺たち職人が命を賭けて造ってる橋よりも、ひとりの女に男がいるかどうかが大事なのか?


定吉は、ガックリ肩を落として言った。


「よしさんは、たえを育てることで精いっぱいで、そんな暇なんてありませんよ」

「居ねぇかどうかを聞いてるんだ!」

「・・・俺が見る限り、男のカゲなんてありません」


「おお。そうか」と、助五郎は頬をゆるませた。

定吉はもう少しで、口から本音が出てきそうなのをぐっと(こら)えた。


...なぜこんな話をする為に、仕事を中断してまで屋敷に来なければならないのか?


雨続きの悪天候が一番の原因だが、工事が遅れている一因(いちいん)には、助五郎が気まぐれで、定吉を呼び出す事もある。


棟梁の定吉が現場を離れれば、作業のスピードが落ちる。

馬鹿馬鹿(ばかばか)しいとは思うが、子毛に依存しているソの郷という小さな村では、子毛で表も裏も力を持つ助五郎の意向には逆らえない。


ずっと以前(まえ)のことだ。


定吉が頻繁(ひんぱん)に呼び出され、そのたびに仕事が停滞する事に(ごう)を煮やした(てつ)が、助五郎に直談判(じかだんぱん)しに向かった事があった。


その事を、みんな後で知ったのだが、その日、哲は家族や仲間にも何処(どこ)に行くとも言わず、ただ妻に「今日は帰りが遅くなるから」とだけ言って家を出た。


そして数日間、帰らなかった。


ソの郷のみんなが、ほうぼうを探したが見つからず、家族は途方(とほう)に暮れ、諦めかけてた頃。

家の前で裸同然で倒れていたのを、晢の妻が見つけた。


酷い怪我(けが)で、ボロボロの体には拷問を受けた後があり、背中に刃物で犬畜生(いぬちくしょう)との文字が、はっきり分かるように切りつけられていた。


妻の必死の看病で晢の命は助かり、(さいわ)一ヶ月(ひとつき)もすると、起き上がることができるようになったが、帰って来なかった数日間の事はいまだに話そうとしない。

おそらく、しゃべれば家族に危害を加えると脅されたのだろう、ソの郷の者達も、自然とその話を避けるようになった。


今も、背中に文字が残っている為、どんなに暑くても人前で、裸になることは無い。『生きて帰れただけ儲けもの』と陰ではみな話している。



今日は満足したのか、助五郎は興味無さそうに、言った。


「もうこんな頃合いか、わしはまだ人に会わなきゃならん。お前にだけ、かまけているわけにいかんのだ。もう帰っていいぞ」


そして外を指差す。


いつもの事なので、定吉は黙って部屋を出る。

帰り際、屋敷の(はり)(はしら)を眺め、触りながら歩き、裏口から屋敷を後にした。


雨は()んでいたが、見上げるとすぐにでも雨粒が落ちてきそうな空模様で、どんよりと曇っている。


まるで定吉の心の内を、(うつ)してしているかのようだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ