ep.2 最後の会話
あれは例年より秋が短く肌寒く、子毛の家々が冬支度を早めに始めた頃の事だった。
「わしへの当てつけか? それとも、今日、死んでくれるって事か?」
奉公人を通して何度も呼ばれ、迷惑でしか無かった。
『今日はどうしても』と懇願されて仕方なく部屋に来てみれば、陶は部屋の中央に敷かれた蒲団に仰向けになり、首まで掛蒲団をして顔に布を被せていた。
遺体にしか見えない。
助五郎は、嫌々部屋に入ると、陶から離れた所に腰を下ろした。
...この女、なんのつもりだ?
陶が息をするたび、布が上下するのを見るだけで怒りが沸いてくる。
しばらくの沈黙の後、助五郎が話を切り出した。
「話ってのはなんだ? ワシは、一日中寝てるだけのお前と違って忙しいんだ。用件を言え!」
顔にかけた布が、かすかに動いた。
「あなたに 言って、 おきたいこと、がある の」
「なんだ?」
「これ からの、こと」
嗤いが、腹の底から込み上げて来た。
陶と二人きりのこの部屋に充満する、耐えがたい緊張感の反動かもしれない。
「ひ、ひ。 おまえ、 何を言い出すかと思えば・・」
もうすぐ死ぬこの女に、『これから』なんて関係ない。
...ついに、毒で頭がイカレちまったか・・
「あのな、誰も口にしねえから言って置いてやる。この家にとっちゃ、お前が生きてるだけで迷惑なんだよ
「早く逝ってくれりゃ、皆せいせいする。役立たずでも、飯は食わしてやるから、余計な事は考えずに黙ってあの世にいけ!」
...バカバカしい! くだらねえことで、ワシを呼び出しやがって。この馬鹿女ともこれでオサラバだ
助五郎は立ち上がり、陶に背を向けた。
「たん・・・がん、しょ」
廊下と隔てた戸に手をかけた瞬間、聞こえた言葉に助五郎は立ち止まった。
「御上に宛てた嘆願、書を 書き残し たの」
助五郎は、全身の血液が一気に逆流するのを感じた。
... 嘆 願 書
「あな たの知らない、ところへ 隠し た。あなた には、見つか らない」
助五郎は、深く後悔した。
『もっと早くに殺しておくべきだった』
「どういう・・ことだ。お前は、ワシと約束したはずだ。ワシが子毛の住人に危害を加えないなら、大人しく死ぬ。そう言ったんじゃなかったのか?」
部屋の温度が、一気に冷たくなった。
助五郎は、いまにも陶を殺しそうな狂気を、その目に灯している。
「あなた 、私の死後、きっと心変わりする でしょう。だ から あなたにも、毒 を盛ったの・・・よ」
長い沈黙の間、助五郎は己れを自制することに必死だった。
...この女は、この手で殺す!
だが、その前に聞いておかなければならないことがある。
それは、嘆願書の行方と、書いてある内容。
それを聞き出さないと、殺すわけにはいかない。
ゆっくり息を吸い、ゆっくり息を吐く。
こんな当たり前の動作すら難しいほど、助五郎は怒りに震えていた。
「嘆願書は、 ・・・どこにある」
助五郎は、陶にゆっくりと近づいた。
そばに立つと、布のかかった陶の顔を見下ろす。
...このバカ女の、顔を踏み潰してやりたい
助五郎は鬼の形相で、必死に殺意を堪えながら陶を見つめている。
...ともかくこの女に、嘆願書の場所を吐かせないと始まらない。クソ! その中身次第では
この辺りの主となり支配する事も武士として生きる事も、ワシの夢が、全て水の泡になってしまう
クソったれ! 簡単に騙せた世間知らずのバカ女に、死に際になって追い詰められる事になるとは思わなかったぞ
脳裏に、陶と出会った日の事が思い出された。




