ep.22 暫しの別れ
もう外は、穏やかな陽が差していた。
陽光は届いているが、朝の空気はまだ肌寒い。
「じゃあ、行くよ」
石は、見送る弦を振り返った。
暫く離れることが無かったので、弦は少しだけ寂しい気がした。
だが、石の世話をしなくて済むと思ったら、気が楽になった。
...此処に居るのを知らないわけじゃないし、たまには顔を見せに来るでしょう。まあ、その時は旅に出る時かもしれないけど
数歩、進んで石は戻って来た。
「あら、お早いお帰りですね?」
「こいつを持ってた。置いていくから、大事に仕舞って置いてくれ」
「・・」
弦は眉をひそめた。
渡されたものは、尺八。
弦の顔には、荷物の仕分けの時に尺八は必要ですか? と聞いたら「これは必要もんだ」って引ったくったんじゃないんかしら? と書いてある。
石は弦の不穏な様子を感じとり、「じゃあ」と手を上げて早速さと背を向けた。
聞いた事は無いが、養父母さまの形見なのだろうか?
楽器として使えないものを、なぜ取っているかは分からないが、石が大事にしてるのは知っている。
...それより、何故?こんなに重いのかしら
竹で出来ているはずなのに、やたらと重い。
これ以外の管楽器を持った事はないが、普通よりは重い気はする。
「石さん、ちょっと待って」
由が家から出て来て、石を引き留めた。
そして近づくと、持っていた笹の包みを手渡した。
「これ、今日の朝ご飯に持って行って」
それは、夕べ残して置いたご飯を、握り飯にして笹で包んだもの。
石はその包みを手で触り、中の物が何か知る。
「こいつは、もらえねえ」
石は、由に包みを返そうとした。
二人とも昨夜は泊めてもらい、弦が今日から世話になる。
幼い子供も居て、生活は大変なはず。
そんな家から、飯をもらうのは忍びない(申し訳ない)。
「気にしないで、こんな冷えた残りもので悪いけどね」
由は、冗談まじりに笑って言った。
「これは、妙ちゃんに食事やってくれ。あしは、こんな上等なもんは貰えねえよ」
「大丈夫、今日のウチの分はあるし、昨日から、つるちゃんにも御世話になりっぱなしで、あたしも心苦しいから、石さん貰っておいて」
そう言って、返そうにも由は受け取らない。
石は困って頭を掻く。
弦は、困っている石に助け舟を出した。
「いっさん、今日のところは素直に、よしさんのご厚意に甘えて置きましょう。また、お返しする時も来るでしょうから」
弦にそう言われ、石は大事そうに握り飯の包みを懐に仕舞った。
少しバツが悪そうな顔の石に、弦が声をかける。
「ちゃんと、戻ってください」
「当たり前だろ」
石の去って行く姿を、少し強くなった朝の日差しが照らしている。
弦は、石の姿が見えなくなるまで見送った。
それから、弦と由の二人は、水茶屋を開くための準備と、朝食の支度に追われることになった。
妙は普段は聞き分けの良い子なのだが、今日に限ってむずがって、わがままを言う。
いつもより、朝が騒がしかったせいかもしれない。
妙は由にしがみつき離れようとしなかった。
由が、妙の面倒にかかりきりになったので、弦が教えて貰いながら饅頭作りと、朝ごはんの支度を平行して行う。
慣れない台所で朝食の用意に、饅頭作りという初めての作業。
弦も手こずり、由は妙を抱きかかえて手伝う。
その作業に、二人とも疲れ果てた。
進まない、終わりの見えない、朝の始まりに二人とも途方にくれている。
「良い天気だなあ」
今朝は天気も良く、雨の心配はなさそうだ。
スッキリ目覚めて、足取りも軽く由の家に、定吉はやって来た。
家の中から、ガタガタと不思議な音がしているが良い匂いは外にまで漂っていた。
「よしさん、起きてるかい?」
定吉は戸口から声をかけた。
弦と由は玄関の向こうから、光明が差した気がした。
二人は互いに顔を見合わせる。
...定吉さんに
お互い口にせずとも、何が言いたいのか分かった。
由は、妙を抱え玄関口に向かった。
ガラッ! と勢いよく戸を開けると、そこには定吉が立っていた。
驚いて目を丸くしている。
「お、..はよう」
過ごしやすく快適な今日の始まりに、不似合いの眉間に皺寄せ険しい表情の由。
定吉は顔を引きつらせて、笑顔を作る。
「もう支度は・・・」
「お願い!」
ビシャ!
定吉の返事は、戸で遮られた。
そして腕には、妙が残る。
疑問しかないが、なせか玄関の戸を開いて、疑問を口にする事は許されない気がした。
定吉は、抱えている妙を見下ろした。
ゆびを咥えた妙も、不機嫌そうに定吉を見上げている。
「元気かな?」
定吉は、今日の陽気のように出来るだけ明るく、妙のご機嫌を窺ってみた。
「...げんき、ではない」
...エエ・・・
妙は、見た通りに、ご立腹の様子。
定吉は、起きた時からの気持ちとは一転して、気が滅入っていた。




