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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第三章 子毛の町

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ep.21 戸口

それから二時(ふたとき)(約四時間)ほど経った。


人が動く気配を感じて、(いし)はそちらの方へ意識を向けた。

少し離れたところで、小さな人影が起き上がっている。


(よし)と一緒に寝ていた、(たえ)だけ起きたようだ。

石は身を起こすと、妙の様子を(うかが)った。


... (かわや)(トイレ)かな? 父親でもねえ、大した仲でもねえ。あしはどうすりゃ良いんだ?


(つる)を起こそうか? よく寝てるようだ。..昨日は遅かったし、まだ起こすのは可哀想だ...


頬を触ると、貼り着いた和紙が乾きカサカサと音がした。

弦が皮膚が削げた傷口に、何か処置をしてくれたのだろう。

手にも薬草の匂いがする。


石がどうしようかと考えてるうちに、由が目を覚ましたようだ。


由は妙を抱き寄せた。


「おしっこ?」

「うん」


石が気付かないふりで、横になろうとしていると、由に声をかけられた。


「石さん帰ってたの? 全然気づかなかったわ」


石は、また体を起こして、恥ずかしそうに頭を下げた。


「つるだけじゃねえ。結局、あしも一晩休ませてもらった、すまねえ


(ねえ)さんには感謝する事ばかりだ。本当に、有難てえと思ってる」


と言って、また頭を下げた。

薄暗い部屋に、かすかな光が差し込んで、禿げた頭頂部を照らす。


「頭を下げないで、石さん。そんな風にされたら、あたしも困るわ。つるちゃんが遊び相手になってくれるから、たえも喜んでるし


「あたしもつい甘えて、家の手伝いをしてもらって、こちらがお礼を言いたいくらいよ」


「そうかい、少しでも助けになってるんなら良かった。寝泊まりさせてもらってるんだ、気にしねえでコキ使ってくれ。それから・・・」


石は首筋に手を当て、口をモゴモゴと、なにやら言いにくそうにしている。


「旅の...路銀(ろぎん)が心細くて、ここらで稼いで置きてえんだ。それで、あの、しばらくの間、つるを家に置いてやってもらいてえんだが、良いだろうか?」


「もちろん、良いわよ。あたしも有り難いし、たえも喜ぶから。でも、石さんはどうするの? あたしは、石さんも一緒に家にいると言うなら、それでも良いけど」


石の顔が、ぱっと明るくなった。


「あしは良いんだ。子毛(こげ)按摩(あんま)の仕事を見つけたから、これからは町に泊まる事にするよ


夜中最中(よなかさなか)だって、客に呼ばれりゃ行かなきゃならねえんで、町に(ちけ)えほうが便利だしな。ともかく、つるを頼む」


石は、由に向かい手を合わせた。


「もう、今度は手を合わせて。そんな(おが)まなくたって、大丈夫よ。あたしの方が、つるちゃんに助けてもらえる話だから


「それより石さん。その按摩(あんま)の仕事って、もしかしたら、多の屋の紹介じゃ...」


由の言葉を(さえぎ)るように、妙が、由の着物に(すが)りついた。


「お(かあ)ちゃん...」


見下ろすと、もう我慢できない様子で『早く連れて行って』と妙がねだっている。

由は話をやめて妙を抱き上げると、石にお辞儀してから、家の外へと出ていった。


石は一人腕組みする。


...嗚呼は言っても、アテは()


按摩(あんま)の客の話はウソで、町で泊まる所も見つかってない。

昨日は屋敷から逃げて、暗闇の連中から逃げて、頭のイカレた人殺しから逃げただけ。


つまりは、今のところは何も決まって無い。


良かったのは、弦の朝夕の飯と寝泊まりできる家が、確保出来た事だ。

今はそれで十分。あとは、干上(ひあ)がる前に、自分の宿と飯のアテを見つければ良い。


安心したら、少し寂しい気持ちが湧いてきた。


「しばらく離ればなれだなぁ、つる。・・まあ、今生(こんじょう)の別れでもねえか」


ヒヒヒ、と笑う。

此処(ここ)の所、野宿や農家の納屋を借りたり、(ほこら)で寝泊まりしたりと、離れる事が無かった。

そのせいか、そんな心持ちになったようだ。


石は早速、身支度(みじたく)を始めた。



朝日がかすかに差し込む中、身支度をする石に背を向けた弦は、目を開いてじっとしていた。


...さて、いつ起きよう? いっさんの支度(したく)は手伝わないと・・・


由の家にしばらく居るのは良いが、昨夜、子毛(まち)で何があったかが気になる。


...この人は聞いても、まともに答えないだろうし


背後でバタバタと身支度をする石の要領の悪さに、イライラしながら考えようとするが、気になってまとまらない。


...この人は、私一人を置いて行ったりはしない。いつか、大事なことは話してくれるだろう・うるさいわ


旅に出るわけでもないのに、身支度一つで、どうしてこんなに騒々(さわが)しいの...


弦は、ゆ っ く り と身体を起こした。


...ともかく、私はこの家で過ごせば良いんでしょ


自分にそう言い聞かせ、石を振り向いた。


五月蝿(うるさ)い! もう少し静かに、身支度できませんか?」


ビクッ! として、石が固まった。


「それを渡して下さい。ともかく荷物を小分(こわ)けにしましょう。持って行く物なんてそんなに無いのに、どうしてこんなに散らかすんですか? まず持って行く物と、置いていくものを分けて下さい」


石はバツが悪そうに頭を掻いた。


「つる、あしはしばらく留守にするが、お前が寝てる間に、よしさんに此処(ここ)に置いてもらえるよう頼んだから」


そう話す石は手に、弦の巾着袋(きんちゃくぶくろ)を握りしめている。


...私の巾着を何処(どこ)に持って行くつもりなの?


「私の心配は必要ありません、何とでもしますから。それより、怪我のほうはどうですか? 痛みはありませんか? 


「それと、まだ寒いでしょうから厚着して、洗い替えも一つは必要です。放って置くと、いつも同じ物を着てるんですから、ちゃんと洗って、使うんですよ」


弦はブツブツ言いながら、そばに置いてあった網袋(あみぶくろ)から、(たた)まれた下着の替えと、手拭いを取り出した。

自分と離れた後、困らないように石の暮らしに必要なものと不要なものを小分(こわ)けしていく。


...あの間に、何があったのかしら?


由が妙を連れて(かわや)から戻ってくると、項垂(うなだ)れた石が、一人で仕分けする弦の後ろで、正座で終わるのを待っていた。







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