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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第三章 子毛の町

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ep.20 小言

...ありゃなんだ? 相手が悪過ぎる。我ながらよく逃げられたもんだ


興奮して、(いし)に襲いかかる可能性もあった(いち)(ばち)かの犬笛(いぬぶえ)だったが、運良く野良犬は全て俵永(ヒョウエ)に襲いかかり、その隙に逃げることが出来た。

ただ足はもつれ、すっ転んで、這々(ほうほう)の体で逃げたので、手足は()(きず)だらけになっている。


俵永は、今まで相対した奴らの中でも五本の指に入るほど、振り斬る(かたな)のスピードが早かった。

まるで爪楊枝(つまようじ)を振るかのように、楽々と刀を(さば)く、その筋力はどれほどのものか。

あの時に闘ったら、間違いなく生き残れなかっただろう。


息も絶え絶えに此処まで走って来たが、もう息が切れて動けない。

石は草むらに飛び込み、そこで身を(ひそ)める事にした。


...あいつを、(よし)の家に連れていくわけにはいかねえ


息を整え、追っては来ないか耳をそば立て、じっとする。


...追って来るなら、ここで差し違えてもやるしか無い



それから、月は見た目にも分かるくらいに動いた。

石は、時間が経ち、ソロソロと草むらから出て来た。


「追っては来ねえ、助かった」


フウ...と安堵(あんど)の息を吐いた。

あれだけ五月蝿(うるさ)かった、野良犬の鳴き声も今はピタリと止んでいる。


深い溜息(ためいき)を一つ吐き、石はトボトボと歩き始めた。

疲れ切った体を引きずるように歩く。

途方なく時間が過ぎた気がした。

そして、ようやく由の家へと辿(たど)り着くことが出来た。


...やっと眠れる


最後は()いつくばって、家の玄関の前へと行き、体を丸めて座り込む。

戸に、体をもたせ掛けようとしたら。


スゥっと戸が開いた。


「そこに居るのは、ウチの午前様(ごぜんさま)でしょうか?」


「...」


石の体は、動かなかった。


...まったく気配に気付かなかった、今日はもうダメだ


声の主は、よく知ってる。

顔を向ける気力がない。

ただ、項垂(うなだ)れて(ひざ)を抱えた。


戸口に立って、(つる)は、うずくまってる石を見ている。


()(こく)(深夜前後)までには、必ずお帰り下さいと申したはずでしたのに、随分(ずいぶん)お帰りが遅いようです。一里(いちり)先の針の音でも拾えると、ご自慢のお耳には、私の声は聞こえませんでしたか?」


...必ず、なんて言ってたっけかな?


思っても石には、言い返す気力が無い。


...寝たい


弦の声を聞いた事で安心してしまったのだろう、力()きた。


「つる、あしはもうダメだ。寝かせてくれ」

「いっさん、わたしの問いには、まだ答えてらっしゃいませんが?」

「休みてえよう。説教は明日にしてよう」

「なんです? いい大人が甘えた声を出して」


石の身体から、酒の匂いが(ただよ)う。


「お酒を飲まれたのですか?」

「へへ」

「お酒に呑まれて、ご機嫌で深夜にお帰りですか?」

「、・-。」


「はい?」


モゴモゴと口籠(くちご)もりながら小さく呟く、石の言い訳が、弦の怒りに油を注ぐ。


「眠いのはお互い様です。あまりに遅いので、もしや何かあったのでは? と心配で寝ずに待っていたんですが、その頃、いっさんは、呑気にお酒を飲んでいらしたんですね」


石はカチン! とキて振り向いた。


...ノンキとは何だ! あしの苦労も知らねえで


どんなに疲れていても、怒りはエネルギーを産むらしい。


「あしは、お前が先に寝てると思ってたけどな、もう五つ六つの子供(ガキ)じゃねえんだ。あしは、おまえに待っとけ、なんて言ってねえだろう?」


勝手に待ってただけじゃねえか...と小声でブツブツ文句を言ってる石を、見下ろすように弦は、


「じゃあ、誰がこの家の戸を開けるんですか?」


と言った。


「・・...」


言葉に詰まった(いし)は、また(ひざ)を抱えて座り込んだ。


(よし)さんも(たえ)ちゃんも、もう就寝(おやすみ)です。二人を起こすわけにはいかないでしょう」


弦が落ち着いて、理由を話す。


「あしは、朝まで外で寝たって大丈夫なんだから、お前は家でゆっくり寝てりゃ良いだろ!」

「大きな声を出さないで、二人とも寝てるんですから」


弦が、家から出て来て後ろ手で、スッと戸を閉めた。

石の前に屈むと、物わかりの悪い子供を(さと)すように言う。


「良いですか? 私たちは、他人様(よそさま)のお家にご厄介(やっかい)になる身です。まだ(いつ)つの子供もいますし、世間の常識を分かって下さい。


「深夜に帰って来るなんて、非常識なんです。それに、お家の前で見知らぬ男が寝ているなど、近くにお住いの方々が見たら。この集落でどんな(うわさ)になるか? いっさんは、きちんと考えていらっしゃいますか」


ぐうの音も出ない。

石は、ダウン寸前のサンドバッグ状態で、弦に正論で殴られる。


「それにです。外で寝られると聞きましたが、まだ春先で外はお寒い事でしょうね? 風邪をひくこともありますよね


「そういえばこの前、いっさんが風邪を引いたとき、わたしがどれほどお世話したか、もう忘れました?」


...この前って、それ一年くらい前の・・・


「元気になられたら、今度はご(はん)が喉を通らねえとか、なんで茶がこんなに(にげ)えんだとか、散々我儘(わがまま)をおっしゃいました。覚えておられますか?」


弦は、日頃の石への不満をぶちまけて、勝手に自分の怒りにさらなる火を注ぐモードに入ろうとしている。

『こりゃ(たま)らん』と石は弦の着物の(そで)を掴んで訴えた。


「いや、あんまり五月蝿(うるさ)いと、みんな起こしちゃうよ。落ち着けって、あしが悪いのは分かってるんだから」

「そうやって、とりあえず謝れば許してもらえると・・」


雲間から出た、月明かりが石の顔を照らす。


石の顔が、はっきり見えると、顔に生々(なまなま)しい傷跡(きずあと)が、いくつもある事に気付いた。

特に皮膚が(めく)れ、肉が剥き出しになっている(ほお)の傷が痛々(いたいた)しい。


弦は顔に手を伸ばして、その傷を見ようとしたが、痛かったのか? 石は顔を(そむ)けてしまった。


「何があったんですか?」


よく見ると、手足も傷だらけ。着物は土と草にまみれている。


「いっさん・・話して下さい」


真剣な眼差(まなざ)しで、弦は石に問いかけた。


「大したことはねえ。酔っぱらって歩いてたら、土手に落っこちたんだ。()い上がるのに苦労したよ」


ヒヒヒ、石は、そう言って自嘲(わら)った。

弦は、それに取り合わず(ほお)の傷をじっくり見た。


...刃物(はもの)で肉を(こそ)げ取った跡だ


言いたいことはあったが、ともかく手当をしなくてはならない。

弦は、石を無理矢理に立たせる。


外で待つように言って、弦は家の中に入ると、水を移したタライを持って出て来た。

嫌がる石の道中(どうちゅう)合羽(がっぱ)を剥がして、着物についた土や草は払う。

濡らした手拭いを渡して顔を拭かせてる間に、タライで足を洗ってやり、家の中へ連れて行く。

親子が起きないよう、注意深く静かに歩いた。


そして、手を引いて寝床(ねどこ)へ座らせた。


「いっさん、横になって」


石は言われるまま横になると、すぐにイビキをかき始めた。


弦は荷物から、清潔(せいけつ)な手拭い取り出して石の首に巻いてやり、巾着(きんちゃく)から膏薬(こうやく)を取り出して和紙(わし)に塗ると、頬の傷口に当てた。

石が巻いていた手拭いは洗い、もう一枚の手拭いを出して、薬草で揉んで傷が残る手足を拭く。


半刻(はんとき)ほどその作業を続け、周りを片付けると、石の隣に横になった。

向かい合わせだと酒臭い息がかかって嫌なので、寝返りをうち、弦は石に背中を見せて眠る事にした。


...少し悪いことをしたかも?


そう考えているうちに、弦も眠りに落ちていた。






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