ep.19 俵永
俵永は紺の着流しの裾を短く断ち、腕を使いやすくして、その上から陣羽織を羽織っていた。
頭は月代を剃らずに放置している。
体は、鬼造ほどてはないが、背が高くガッシリしていて、刃の長さが三尺(約90㎝)の大太刀を片手で軽々と持っている。
その上腕に、田亀のような形をした黒いアザがあった。
ヴヴヴ、グルグルグル、ウオ、アオーン!。
苛立つ野良犬たちが、何頭も二人の周りに群がって来た。
ウロウロと辺りを徘徊し、隙を伺っている。
月明かりから、身体を隠せるような場所はないかと、石は後退りする。
...こいつはイカれてる。だが、おそらく踏んだ修羅場は片手じゃ効かないだろう。今まで、殺してきた相手も
疲れ切った、いまの状態じゃ相手に出来ない。
なんとか逃げる方法を考えなければ、ここであの世行きが決まってしまいそうだ。
俵永は石が退がるのに合わせるように歩を進めてくる。
俵永の目に映る街道は月に明るく照らされて、視界は開けている。
その先に石が隠れる場所は、用意されていなかった。
石は覚悟を決めた。
...懐に飛び込んでみるしかない
ゥゥゥウオウ、ゥオオウゥォオー!!
石が覚悟を決めたその時、一匹の野犬が、ススキ野から飛び出して俵永に襲いかかった。
牙を剥いた野犬を、慌てる事なく斬り捨てると、二つに別れた胴体の下腹部を、俵永は蹴り飛ばした。
「ええい!小五月蝿い!! ケダモノ風情が人間様に襲いかかるとは
「小賢しいケダモノを、一匹、二匹斬り捨てたからといって、俺を恨むのか!」
...そりゃ、恨むだろう
「おい! 貴様、逃げられると思うなよ」
石が背中を見せ、逃げる素振りをすると、俵永が追いかけて来た。
石は背を向けて両手を合わせ、隙間に息を吹き込んだ。
即興の犬笛だ。
取り囲んでる野良犬を思う通りに動かすのは無理でも、人に聞こえない犬笛の音は、野良犬たちを強い興奮状態に導いた。
ウワウ、ワウ、アオウ! ウオウ、アオウウ、ヴヴオオウゥォオーン!!
野良犬たちが一斉に吠え始めた。
狂ったような鳴き声に、俵永が驚いて足を止める。
野良犬たちは、俵永を取り囲み吠えながら、グルグルと周りを回っている。
また一匹、俵永に喰らいつこうと野良犬が飛び掛かる。
ギャン! と鳴いたその一匹は、俵永の大太刀に胴体をパックリ斬り裂かれて生き絶えた。
俵永は、今度は自分から野良犬に襲い掛かる、ススキの間を駆ける一匹を串刺しにした。
そして、また飛びかかってきた一匹を斬り捨てる。
この野犬の頭が、道をコロコロと転がっていった。
「この狂った野犬ども! いい加減にしろ!」
鳴き声が聞こえなくなるまで、俵永は刀を振るう。
やがて生き残った野犬は、散り散りに逃げていった。
「ようやく居なくなったか、この畜生共が、クソッタレ!
「おや、あいつも消えたか? まあいい。殺しを見られたわけじゃ無し。散々切り刻んで川に流してやったから、バレるわけも無いだろう」
俵永は帯に吊るしてあった瓢箪を取ると、口に当て、なかの酒を煽った。
「酔ったせいで、柄の握りが甘かったかもしれん。俺が二撃も打って殺し漏らすとはな
「暗殺帰りの余興に、耳障りな歌を唄う男を始末しやろうと思ったんだが・・まあ、良い。楽しみが増えたと思おう。次は、必ず殺す」
俵永は誰も居ない街道を眺めて、愉快そうに笑った。




