ep.18 狂犬
芯太が、弥切と家路についた頃のこと。
石はまだ休む事が出来ず、大汗を掻いて由の家に向かっていた。
...ざまあねえや。宿なんて何とでもならあ、遅くなりゃ子毛で寝転んで過ごせば良いやとか思ってた。これが、そのザマか!
ウオウ、オウオウ、ウオオン!
盛んに聞こえる獣の遠吠えに怯えながら、石は小走りで必死に山道を進む。
「クソー、あしはエサじゃねえ。寄って来るんじゃねえぞお!」
疲れ切った今、野犬に襲われたら、ひとたまりもない。
石は、深夜の街道で一人叫んでいる。
「なかなか、喧しい男だな。良い月夜だ。静かに月を眺めることはできんか?」
カサ っと音がして、ススキ野から石の前に男が現れた。
手に長く光るモノを持ち、薄笑いを浮かべている。
その手に持つモノの先から半分ほどは、ドス黒く何かで染まっている。
男は、血に染まった長い刀を肩に背負い、石をゆっくりと眺める。
石は恐ろしい緊張感に包まれて、後退った。
ヒュッ!
「?!」
石は、勢いよく街道を転がった。
「まだ遠かったか?」
無造作に、男が横に薙ぎ払った刀の刃は、石の頭の上を掠めていた。
一瞬、遅れていたら、首は胴についてなかったかもしれない。
石は、転がり這いつくばって、誰かも分からない敵から離れようとした。
「逃げるな、下衆!」
男は素早く近づいて、石の背中に向けて大太刀を振り下ろした。
ガツン!
杖を頭上に担ぐようにして、腕を伸ばし刃を受け止めた。
だが、振り下ろした刀は重く。
腕が折れ曲がり、肩で担ぐようになるまで押し込まれる。
石は、力の限りを振り絞り、刀を跳ね除けると、そのまま身を前に投げた。
男は、追い縋って来る。
石は、後ろに杖を突き出した。
正確に喉を突いてきた杖に、男はのけぞり、石から離れた。
...杖で受けなきゃバッサリ殺られてた。なんて重てえ一刀だ! 両手がまだ痺れてる
顔がひりひりしている、手で触ると、刀が掠めて頬の肉が浅く削げていた。
「面白い! 二度も俺の太刀を躱したな。久しぶりに、手応えがありそうな奴を見たぞ、名は何と言う」
...うるせえ、もう挨拶はご免だ
男は、ニヤリと嗤っている。
石は杖を真っ直ぐ男に向け、腰を据えた。
道中合羽のフードが頭を覆い、男にはその顔は見えない。
いまの石に、さっきの襲撃の時のような余裕はない。
「退屈してたが、お前のおかげで随分楽しくなった。俺の名は花嚢俵永
「殺される前に覚えて置け。ああ、貴様の名前は・・もう、どうでもいい。どうせ殺した奴の名前など覚えちゃいない」
俵永は、刀を肩に担ぎ楽しそうに笑った。
...マズイな。コイツからは、あしの姿は丸見えだ
石は、足元に月明かりを感じ焦った。
俵永は、空を見上げ月夜を楽しむ余裕を持ち、石が進む道を塞いでいる。
...せめて、月が隠れてくれりゃあ
石はそれを願った。




