ep.17 芯太
数人の男たちが、与助の指示で地面に倒れた三人を運んでいく。
その光景を眺めていると、そのなかにチョロチョロと動く小さな影を見つけた。
弥切はその影を引っ掴んで持ち上げる。
「ひっ!」
着物の襟を掴まれた数えで十(才)の子供が、驚きと恐怖で悲鳴を上げた。
「芯太、お前ここで何をしてる?」
襟を引っ張り上げられ、身動きとれない芯太は、宙を走るように足をバタつかせている。
「俺たちの後を尾けたのか?」
弥切の顔が険しくなった。
今回のことは、助五郎に出来れば知られたくないことだった。
芯太が、助五郎に言われてここに来たとは思わないが、ペラペラと不用意に話されては困る。
「ちがうよ、オイラは郷から来たんだよ」
「ソの郷から? この道は一本道だ。お前が向こうから来るのは見えなかったぞ」
ソの郷から子毛の町までは、目の前の子毛山道を通る道しかない。
町から来た自分達の後ろから、芯太は現れた。
「郷から河岸を通って洞窟を抜けて、子毛の入り口に出る、みんな知らない抜け道があるんだ。大人は通れない道だよ」
弥切は、芯太をじっと見る。
嘘は言ってないようだ。
「・・・お前、何しに来た?」
襟を掴んだ手を緩めた。
「オイラ、あいつが行くところが分かるから、カシラに話しとこうと思って」
「?? 誰のことだ?」
弥切が手を緩めたタイミングで、その手を払い、芯太は上手く抜け出した。
「さっきの目暗のことだよ」
「・・・」
「母ちゃんが家で話してた。妙の家に弦って女の人が泊まるんだってさ。郷で噂になってる」
...狭い集落だからな
「それで?」
「だから、あの目暗は、たえの家に戻って来るはずさ」
「お前の話が見えんな。その、つるって女の事と、目暗が何の関係がある?」
芯太は、首にまとわりついた着物の襟を直している。
「芯太、」
「つるって人、目暗の嫁なんだろ? カシラ」
...あの男に女房が居る?
弥切の見た石は、女房が居るような、世俗の人間じゃない。
身も凍るような、冷徹な化物だった。
ぬるま湯に浸かって、生きるような男じゃなかったはずだ。
「カシラ?」
魂の抜けたように立ち尽くす弥切を、芯太が見上げている。
「俺をカシラと呼ぶな」
弥切は芯太の前に座り、目の高さを合わせた。
「その話、誰かに言ったか?」
芯太は首を振った。
「さっき郷から来たばかりだもん。誰にも言ってないよ」
弥切は両手を伸ばした。
芯太の顔を、ガッシリと手の間に挟み込むと、自分に顔を向けさせた。
そして、目暗と嫁がどこに居るか誰にも言うな、他の誰かに知られたら妙の家に悪いことが起きる...と言って、芯太を脅した。
芯太は、弥切が初めて見せる八九三の目に震えた。
...いずれは分かるだろうが、助五郎が知るのを出来るだけ遅らせたい
「俺に話したことも忘れろ。そして、この一件に関わるな」
「え・・でも、」
「分かったな」
向かい合った弥切の目は、今にも自分を食い殺さんばかりの獰猛な野獣の目をしていた。
「だ、誰にも言わないよ。あいつらのことは知らない事にする」
芯太は、震えながら頷いた。
「良し、お前は利口な奴だ」
弥切は笑顔を見せ、芯太の頬を軽くぺちぺちとたたいて立ちあがった。
怖ろしい八九三の一面はもう消えている。
「お前、こんな暗い中を一人で来たのか? 母ちゃんはどうした?」
「母ちゃんは俺が寝たふりしたら、こそっと出ていったよ。たぶん客を探しに行ったんだ」
芯太が何処まで、『客を探す』の意味を理解しているか分からないが、うすうすは感じているだろう。
弥切は、芯太の肩に手を置いた。
「今日はもう遅い。俺の家に泊まっていけ。明日の朝、早く起きて、母ちゃんが家に帰る前に戻るんだ。いいな?」
「えー、カシラんちに泊まるのは嬉しいけど、朝早くは眠いよ」
芯太は唇を尖らせ不満気な様子だ。
生意気なガキだが、素直なこんな姿を見ると、ホッとしてしまう。
「ばかやろう、家に帰った時にお前が居ないと心配するだろう。母ちゃんに心配かけんじゃねえぞ、分かったな」
芯太は、しぶしぶ「分かった」と言った。
弥切は、そのまだ小さな背中に手を置いて、後を押すように歩き出した。
二人の姿は、暗闇に溶けるように消えていった。
その後に、残り香のような、微かな二人の会話が残る。
「オイラ、母ちゃんに楽させてやりてぇんだ。だからさ、早く大人になって稼ぎてぇ。カシラ、俺に仕事をくれよ。ちゃんとやって見せるから」
「・・・その内な。だが八九三が稼ぐ金は、真っ当に生きる奴等を泣かせて造るもんだ
稼せげば稼ぐほど、お前の母ちゃんは泣く。お天道様に背を向けた、後ろめたい銭だ
「お前に、その意味が分かるようになったら・・教えてやる」
...それまでは、子供で居ろ
と思う、弥切の心を隠して、追い打つ夜風が暗闇を走り抜けていった。




