ep.16 矜持
暗闇のなかで、石の罵倒や揶揄いを黙って聞いていた弥切は、その背後に居る血の気の多い舎弟達を抑えるのに苦心していた。
余りにやり返さないと、舎弟達に臆病者と侮られ、自分の面子を失う可能性もあるが、今日は石という男を見たかっただけで、争うつもりはない。
キレた無鉄砲な一人が、飛び出そうとするのを羽交いじめにして、組み伏せる。
『今日は、様子見だ。お前の気持ちは分からんでもないが、我慢しろ』
けらけらと、石が嘲る声が聞こえた。
「元気なチ●コロ抑えんのも大変だな。若いとすぐおっ立って先走るもんだ。我慢できねえのは仕方ねえさ、お前さんらはイキがっても、ただのチ●コロだからな
様子見なんて、爺くせえ事はやめて、若えんだから勢いに任せて突っ込んで来いよ
「なあ、声からすりゃ、みんな若そうじゃねえか? 坊や達、みんな一緒に天国に連れてってやるぞ」
そう言って、またケラケラと笑っていた。
ガリガリ! と弥切が歯ぎしりする。
血の気が上るのを感じたが、同時に、押し殺した微かな声でさえ石が拾っていることに驚いた。
...どんなに小さな声でも石には筒抜けだ、どんな耳をしてるんだ
「歳は幾つくらいか? 三十(才)といったところか、おや、お前さんよく考えりゃ、どっかで聞いた声だな? ありゃ何処だったかな?」
月明かりの下、目の前で、腕組みして考えている石。
暗闇に隠れた上に、目には見えてない自分の正体に、少しづつ近づいている事にゾっとした。
...この化け物が
弥切は、息をするのも慎重にした。
それからも挑発は続いたが、弥切は舎弟に睨みを効かせながら暗闇に潜んだ。
時間が過ぎ、「・・・帰る。こいつらの面倒はお前らがしろ」と言い残して、石は背中を向けた。
その背中に舎弟達がいろめき立つが、弥切の威圧が勝り、どうにか抑え込んだ。
そして、石の背中が完全に消えたのを確認して、弥切は暗闇から月明りの下に現れる。
「あの男だ、間違いない」
倒れている三人を前に、仁王立ちする弥切。
握りしめた拳が、小刻みにわなわなと震えている。
「代貸し」
背後から、自分を呼ぶ声がした。
...まったくどいつもコイツも
肩の力が抜ける。
ふう・・・と、弥切は大きく息を吐いた。
「俺をカシラと呼ぶな、与助。こんな場所でも、誰が聞いてるか分からねえんだぞ」
「すんません」
与助は首をすくめた。
「怪我人を運べ。今日の一件は黙っておけと、念を押しておけよ。それから・・こいつらに与えてやった銭は、ビタ一文取るな」
「分かりました。・・・あの目暗の言ってたように、医者に診せますか?」
真面目な顔で言う与助を、弥切は見つめた。
...つくづく八九三に向いてない男だ。その生真面目な所が信用出来るんだが
「俺たちは八九三だ。弱い奴から毟り取り、負けた奴から奪い取る。そうでなきゃ、生き残れねえ
「こいつらが、医者に診せろと言うなら銭を取れ。所詮は使い捨てだ、気にするな」
「わかりました」
与助は引き下がり、後ろの仲間に合図した。
...この三人には、今回の仕事の報酬は渡してある。怪我をしようが死のうが、それは俺たちに関係ない
仕事も碌にできない三人から銭を取り上げて放り捨てる事もできたが、それをするのは、弥切の矜持が邪魔をした。
...クソ八九三が、役に立たねえ矜持に獅噛ついてるとはな。笑わせる・・・
と思うが、実際そうなのだから仕方ないと自らを嘲った。




