ep.38 カタテ使い
ぱちぱちぱちぱち!
目の前で、石の口上を心から讃えるように、助五郎は満面の笑みで手を叩いた。
……拍手じゃねえんだよな。やっぱり口上を引き取らねえか? これじゃただの見世物だ
石は、顔を伏せ怒りを堪えた。
渡世人への礼儀のカケラもない、目の前の八九三と、上手くやれないのは当たり前だと思った。
隣では、口をあんぐり開けて珍種の生き物を見るような顔で石を見る八助がいる。
……八助はこの世界の表裏が分かってない、世間知らずのボンクラだ。こいつらまとめて、親分がオヤなら子分もコだな
助五郎は、笑みを絶やさず石を褒めそやす。
「いまでは、こんな立派な口上は全く聞けなくなった。石、お前は相当な場数を踏んできた奴だな。…… それだけじゃねえ」
ご機嫌で頷いたと思えば、助五郎は最近の若い奴らは礼儀が分かってねえと、あれやこれやと例えを出して、ひとりで嘆き始めた。
石は、その愚痴を黙ってやり過ごした。
「わしのことは親分じゃなく、多の屋か町代と呼んでくれ。子毛では、堅気として通してるんだ。裏での稼業もあるが、一度は引退した身だ。ワシを慕って集まった、昔の子分の食い扶持を稼ぐためにやっとるようなもんだよ」
助五郎は笑顔で言い、石は黙って頷いた。
「そうだ、ちょいと小耳に挟んだ噂なんだが、聞いてくれるか?」
「どんな話でしょう?」
助五郎が身を乗り出してきた。
「実は、畿内の裏界隈から流れて来た噂なんだが、"カタテ"を使う兇状持ちの暗殺者が、誰かを追って旅をしているらしい。そいつは滅法腕が立つ男で、鞘から抜いた刀の刃先すら見えないほどの早業なんだそうだ。旅先でそんな男の話を聞いたことがないか?」
「さあ……士官にあぶれて銭に困った侍が、金で殺しを請け負ってるんでしょうかね? あしは、もう渡世を離れて久しいので、そんな話を耳にする事もありませんが」
石は、何食わぬ顔で答えた。
助五郎は、その顔色の変化を窺っている。
「それがな。……どうやら、その男は目が見えねぇって話なんだ」
ケラケラと石は、助五郎を前に声を上げて嗤った。
「ご冗談を。目も見えねぇのに刀なんぞ振り回してたら、いずれ自分の腕どころか首を斬り落とすのがオチですよ。あしは、そんな話を今まで耳にしたことはございません。揶揄うのは、よして下せえよ、旦那」
「まぁ、確かにそうなんだがな」
石の言葉に納得しつつも、まだ凶状持ちの"カタテ"使いの話を、助五郎は信じてるようだ。
……何の話だ、こりゃ。助五郎は何を言いたいんだ?
石は、助五郎の真意が分からない。
パチン!と、助五郎が自分の首すじを平手で叩いた。
「いや、子毛にな、新しい村が増えることになってから、面倒な事が増えてな。これまでは、こんな山ん中のちっぽけな宿場町、誰も見向きもしなかったんだが、二つ合わせて総家で百十軒、延べで五百人以上が住むとなれば、数で言えば、あの箱根の宿の半分だ。これだけの規模になれば、周辺から好からぬ輩が近寄ってくる。其奴らを追い払うとなると、ワシの子分だけでは足りないんだ」
助五郎は、石に顔を寄せた。
「戦争となった時のために、人手が必要だ。腕の立つ奴が欲しい。一人で、十ニ分の働きをしてくれるような奴なら、尚更だ。こんな山の中まで、噂が届いてる奴なら、腕は相当のものだろう。そんな奴なら、いくら銭を積んでも惜しくないとワシは思ってる」
石は黙って俯くのみ。助五郎は目線を落とし、石の腰に差してるモノを見る。
「そいつは、長さ1尺8寸(約54㎝)の脇差しで、暗殺をやるって話だそうだが、あんたの腰差は……煙草か」
石は面を隠したまま、上げようとしない。
……まいったな、あしを疑ってるのか
「その輩ってのは、旦那には誰だか宛てがあるんでしょうかね?」
助五郎の眉が跳ねた。
「何だと?」
「あしの古い知り合いが言うには、此処から少しばかり言ったところに、その知り合いが旧知の親分さんが居るそうでしてね。あしにも顔見せに行かないかと誘われたんですが『これからの事もある、今日の所は子毛の親分さんに挨拶に行かないと』と断って来たんです」
石は面を上げた。
「冗談はここまでに致しましょう、親分さん。あしも若え頃は、渡世の青二歳にありがちな怖いもの知らずの大バカ野郎で、裏界隈を我が世の春と、風切って歩いた事もありました。ですがね、上には上がいるもので、それが身に染みて堅気で生きる事に致しました。もう怖い思いはこりごりです」
助五郎は、腕組みして石の表情を探る。
……コイツ、本当は八屋と
石が八屋と何らかの繋がりがあるとなれば、おいそれとは手出し出来ない。鬼造を杖ひとつで抑えつけた所を見ると、腕が立つのは間違いない。
あの鬼造をあそこまで無様にさせたのは、ただの偶然じゃないはずだ。石の底知れなさを、助五郎は内心で過大評価していた。
……こいつの言ってる事が本当なら、まだ八屋と客分どうこうと云う話じゃ無さそうだが、下手な事をして、この男が八屋側に付けば厄介な存在になる。ただの堅気だと言ってるが、もしかしたら"カタテ"使いかもしれん、今はまだ分からんが
「お前は堅気だと云うが、ワシはお前の力を借りたい。どうだ、ワシと客分の盃を交わす気はないか?」
石は、困ったように首を傾げて、首筋をポンと叩く。
「あしは、とうの昔に足を洗って、すっかり堅気の暮らしに馴染んでしまいました。もう、旦那のお望み通りには、お役に立ちやしません。どうかご勘弁を」
「……そうか、無理強いはしない。残念だがな」
助五郎は、スッと首座へと戻る。
……えらくあっさり引き下がりやがったな
それは、石が拍子抜けするくらいだった。
それから助五郎は昔話を語り始め、いつしか"カタテ"使いの話は、隅に追いやられていった。
石は、これで話が終わりなら良いと愛想笑いを浮かべて、相槌を打ちながら話を聞いていた。
助五郎が若い頃に経験したこと、くぐり抜けた修羅場、武勇伝を一通り語り終えると、助五郎は酒を運ばせるよう八助を使いに走らせた。
八助が部屋を出て、渡り廊下から消える。
二人きりになると、助五郎は独り言のようにつぶやいた。
「なあ…おい、石よ。お前はその"カタテ"使いと違うのか?」
石は知らぬ顔で、バサバサと木々を揺らし庭を駆け抜ける風の音に耳を澄ましていた。




