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座頭の石(ざとうのいし)  作者: 遠野影踏
第四章

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ep.38 カタテ使い

ぱちぱちぱちぱち!


目の前で、石(いし)の口上を心から讃(たた)えるように、助五郎(スケゴロウ)は満面の笑みで手を叩いた。


……拍手じゃねえんだよな。やっぱり口上を引き取らねえか? これじゃただの見世物(みせもの)だ


石は、顔を伏せ怒りを堪えた。


渡世人への礼儀のカケラもない、目の前の八九三(ヤクザ)と、上手くやれないのは当たり前だと思った。

隣では、口をあんぐり開けて珍種の生き物を見るような顔で石を見る八助(ハチスケ)がいる。


……八助はこの世界の表裏が分かってない、世間知らずのボンクラだ。こいつらまとめて、親分(おや)がオヤなら子分(こ)もコだな


助五郎は、笑みを絶やさず石を褒めそやす。


「いまでは、こんな立派な口上は全く聞けなくなった。石、お前は相当な場数を踏んできた奴だな。…… それだけじゃねえ」


ご機嫌で頷いたと思えば、助五郎は最近の若い奴らは礼儀が分かってねえと、あれやこれやと例えを出して、ひとりで嘆き始めた。

石は、その愚痴を黙ってやり過ごした。


「わしのことは親分じゃなく、多の屋か町代(まちだい)と呼んでくれ。子毛(ここ)では、堅気として通してるんだ。裏での稼業もあるが、一度は引退した身だ。ワシを慕(した)って集まった、昔の子分の食い扶持(ぶち)を稼ぐためにやっとるようなもんだよ」


助五郎は笑顔で言い、石は黙って頷いた。


「そうだ、ちょいと小耳に挟んだ噂(うわさ)なんだが、聞いてくれるか?」

「どんな話でしょう?」


助五郎が身を乗り出してきた。


「実は、畿内(きない)の裏界隈から流れて来た噂なんだが、"カタテ"を使う兇状(きょうじょう)持ちの暗殺者(ひとごろし)が、誰かを追って旅をしているらしい。そいつは滅法(めっぽう)腕が立つ男で、鞘(さや)から抜いた刀(かたな)の刃先すら見えないほどの早業(はやわざ)なんだそうだ。旅先でそんな男の話を聞いたことがないか?」


「さあ……士官(おやくめ)にあぶれて銭(かね)に困った侍(さむらい)が、金で殺しを請け負ってるんでしょうかね? あしは、もう渡世(とせい)を離れて久しいので、そんな話を耳にする事もありませんが」


石は、何食わぬ顔で答えた。

助五郎は、その顔色の変化を窺(うかが)っている。


「それがな。……どうやら、その男は目が見えねぇって話なんだ」


ケラケラと石は、助五郎を前に声を上げて嗤(わら)った。


「ご冗談を。目も見えねぇのに刀なんぞ振り回してたら、いずれ自分の腕どころか首を斬り落とすのがオチですよ。あしは、そんな話を今まで耳にしたことはございません。揶揄(からか)うのは、よして下せえよ、旦那」

「まぁ、確かにそうなんだがな」


石の言葉に納得しつつも、まだ凶状(きょうじょう)持ちの"カタテ"使いの話を、助五郎は信じてるようだ。


……何の話だ、こりゃ。助五郎は何を言いたいんだ?


石は、助五郎の真意が分からない。

パチン!と、助五郎が自分の首すじを平手で叩いた。


「いや、子毛(こげ)にな、新しい村が増えることになってから、面倒な事が増えてな。これまでは、こんな山ん中のちっぽけな宿場町、誰も見向きもしなかったんだが、二つ合わせて総家(そうか)で百十軒(けん)、延べで五百人以上が住むとなれば、数で言えば、あの箱根の宿(しゅく)の半分だ。これだけの規模になれば、周辺から好(よ)からぬ輩(やから)が近寄ってくる。其奴(そいつ)らを追い払うとなると、ワシの子分だけでは足りないんだ」


助五郎は、石に顔を寄せた。


「戦争(あらごと)となった時のために、人手が必要だ。腕の立つ奴が欲しい。一人で、十ニ分の働きをしてくれるような奴なら、尚更(なおさら)だ。こんな山の中まで、噂が届いてる奴なら、腕は相当のものだろう。そんな奴なら、いくら銭(カネ)を積んでも惜しくないとワシは思ってる」


石は黙って俯(うつむ)くのみ。助五郎は目線を落とし、石の腰に差してるモノを見る。


「そいつは、長さ1尺(しゃく)8寸(すん)(約54㎝)の脇差しで、暗殺をやるって話だそうだが、あんたの腰差(それ)は……煙草か」


石は面(おもて)を隠したまま、上げようとしない。


……まいったな、あしを疑ってるのか


「その輩(やから)ってのは、旦那には誰だか宛てがあるんでしょうかね?」


助五郎の眉が跳ねた。


「何だと?」


「あしの古い知り合いが言うには、此処から少しばかり言ったところに、その知り合いが旧知の親分さんが居るそうでしてね。あしにも顔見せに行かないかと誘われたんですが『これからの事もある、今日の所は子毛の親分さんに挨拶に行かないと』と断って来たんです」


石は面(おもて)を上げた。


「冗談はここまでに致しましょう、親分さん。あしも若え頃は、渡世(とせい)の青二歳(あおにさい)にありがちな怖いもの知らずの大バカ野郎で、裏界隈を我が世の春と、風切って歩いた事もありました。ですがね、上には上がいるもので、それが身に染みて堅気で生きる事に致しました。もう怖い思いはこりごりです」


助五郎は、腕組みして石の表情を探る。


……コイツ、本当は八屋(ハチや)と


石が八屋と何らかの繋がりがあるとなれば、おいそれとは手出し出来ない。鬼造(オニゾウ)を杖ひとつで抑えつけた所を見ると、腕が立つのは間違いない。

あの鬼造をあそこまで無様にさせたのは、ただの偶然じゃないはずだ。石の底知れなさを、助五郎は内心で過大評価していた。


……こいつの言ってる事が本当なら、まだ八屋と客分(きゃくぶん)どうこうと云う話じゃ無さそうだが、下手な事をして、この男が八屋側に付けば厄介な存在になる。ただの堅気だと言ってるが、もしかしたら"カタテ"使いかもしれん、今はまだ分からんが


「お前は堅気だと云うが、ワシはお前の力を借りたい。どうだ、ワシと客分の盃(さかずき)を交わす気はないか?」


石は、困ったように首を傾げて、首筋をポンと叩く。


「あしは、とうの昔に足を洗って、すっかり堅気(かたぎ)の暮らしに馴染んでしまいました。もう、旦那のお望み通りには、お役に立ちやしません。どうかご勘弁を」

「……そうか、無理強いはしない。残念だがな」


助五郎は、スッと首座へと戻る。


……えらくあっさり引き下がりやがったな


それは、石が拍子抜けするくらいだった。


それから助五郎は昔話を語り始め、いつしか"カタテ"使いの話は、隅に追いやられていった。

石は、これで話が終わりなら良いと愛想笑いを浮かべて、相槌(あいづち)を打ちながら話を聞いていた。

助五郎が若い頃に経験したこと、くぐり抜けた修羅場、武勇伝を一通り語り終えると、助五郎は酒を運ばせるよう八助を使いに走らせた。

八助が部屋を出て、渡り廊下から消える。


二人きりになると、助五郎は独り言のようにつぶやいた。


「なあ…おい、石よ。お前はその"カタテ"使いと違うのか?」


石は知らぬ顔で、バサバサと木々を揺らし庭を駆け抜ける風の音に耳を澄(す)ましていた。






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