ep.13 酒
御膳に乗せた酒とつまみが運ばれてきて、一緒に八助が部屋へと戻ってきた。
小さな宴は進み、手酌で飲んでいた八助が、気になっていたことを助五郎に尋ねた。
「オジキ、その"カタテ"ってのは、どんなモンなんですか?」
「お前みたいな若い奴は知らんかもしれんが、"カタテ"ってのは、これよ」
助五郎は、箸を取り小脇に抱えると、箸を刀に見立てて抜き、八の字を書くように回して、鞘に収めるように小脇に戻した。
「居合い抜きよ」
そう言って箸を置き、銚子に持ち換えて石に酒を勧めてきた。
...こりゃ酔えねぇな
酒が穏やかに喉を通らないのが残念だった。
久方ぶりの酒なのにもったいねぇと、石は心の中で舌打ちする。
だが、助五郎がすすめると両手に持った杯で受けて、注がれた酒をぐいぃっと一気に呑み干した。
...でも、やっぱり美味え
何日かぶりに喉を通る酒の旨さに浸る。
「朝夕の飯は出す。普段は、何処にいようが構わねえ、好きにすれば良い。うちは、腕の立つ奴が他にも居るが、そいつらも気ままにやってる
「こっちが頼んだ仕事さえしてくれれば問題ない。どうだ、日割りで銭も出すぞ」
酔いが回り、赤くなった顔で助五郎が言った。
「いやいや、あしなんて、とてもとても」
...もとから厄介になるつもりはねえが、住処と銭まで世話されりゃ義理を返さないわけにはいかねえ。そうなりゃ、どんな汚え仕事をさせられるか分かったもんじゃねえな
助五郎は、それから何度もしつこく誘ってきた。
石は、それをのらりくらりとかわし続けた。
そのうち、石の盃を持つ手が覚束なくなり、助五郎もしたたかに酔って、この場はお開きとなった。
...やれやれ、やっと退散だ
と石は腰を上げようしたが、助五郎が思ったより執拗だった事を、そこで知った。
「そんなに酔ってるなら、野犬がうろつく夜道を返すわけにはいかねえだろう。心配するな、部屋は用意してあるから泊って行け。朝飯を食った後で、誰かに宿まで送らせる」
助五郎は、用意した部屋に案内するようにと八助に言いつけた。
そして部屋を出て行く。
最初から、石をこのまま帰すつもりは無かったようだ。
残された石と八助。
だが、八助は酔い潰れる寸前、座っているのもやっとで、立ち上がるとすぐにふらふらと、座り込んだ。
それでも、助五郎の言いつけに逆らえない。
なんとか立ちあがろうとするが、やはり、ふらふらと倒れ込んだ。
ついに八助は、起き上がるのを諦め、声の限りを振り絞って叫んだ。
「誰かあ! らんの部屋・・・来いぃ!」
しばらくすると、その声を聞いた奉公人がやって来た。
「その、めくらぁ、はや(部屋)につれて(い)け」
八助は、その言葉を振り絞ると、部屋にすっ転びイビキをかきはじめた。
石はスッと立ちあがり、部屋の入り口に居た奉公人に尋ねた。
「悪いが、飲み過ぎて腹が痛え、下しそうなんだ。厠(トイレ)がどこか教えてくれ」
「こちらです」
可愛い声がした、錫の声だった。
...マジかよ
石の厠に行く振りをして逃げる計画が狂ってしまった。




