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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第三章 子毛の町

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ep.12 "カタテ"使い

ばちばちぱちぱち!


目の前で、(いし)の口上を(たた)えるように、助五郎(スケゴロウ)は手を叩いた。


...拍手じゃねえんだよな。やっぱり口上を引き取らないか? これじゃただの見世物(みせもの)


石は、顔を伏せ怒りを堪えた。


...まったく礼儀なんてありゃしねえ


目の前の八九三(ヤクザ)とは上手くやれなかったのは、当たり前だと思った。

その隣には、まだ口をあんぐり開けたまま、珍種の生き物を見るような顔で、石を見ている八助(ハチスケ)がいる。


... 親分(おや)がオヤなら子分()もコだ


「いまでは、こんな口上は聞けなくなった。それだけじゃねえ」


助五郎は、最近の若い奴は礼儀がなってねえと、例えをあげつらねて、ひとりで(なげ)いていた。


石は黙って(うなず)き、やり過ごす。


「わしのことは親分じゃなく、多の屋か町代(まちだい)と呼んでくれ。堅気人で、子毛(ここ)では通してる


裏での稼業もあるが、一度は引退した身。ワシを(した)って集まった、昔の子分の食い扶持(ぶち)を稼ぐためにやっとるようなものだ」


助五郎は笑顔で言い、石はまた黙って頷いた。


「そうだ、ちょいと小耳に挟んだ(うわさ)なんだが聞いてくれるか?」

「どんな話でしょう?」


助五郎が身を乗り出してきた。


「実は、畿内(きない)(京都中心の関西地方)から裏界隈を流れて来た噂なんだが、"カタテ"を使う兇状(きょうじょう)持ちの暗殺者(ひとごろし)が、誰かを追って旅をしているらしい


そいつは滅法(めっぽう)腕が立つ男で、(さや)から抜いた(かたな)の刃先すら見えないほどの早業(はやわざ)なんだそうだ


「旅先でそんな話を聞いたことがないか?」


「さあ・・士官(おやくめ)にあぶれて(かね)に困った(さむらい)でもが、金で人殺(しごと)を請け負ってるんでしょうかね?


「あしは、もう渡世(とせい)を離れて久しいので、そんな話を耳にする事もありません」


石は、何食わぬ顔で話に耳を(かたむ)けていた。

助五郎は、その顔色の変化を(うかが)っている。


「それがな、・・どうやら、そいつは目が見えねぇって噂があるんだ」


石は、助五郎を前に声を上げて(わら)った。


「ご冗談を。目も見えねぇのに刀なんぞ振り回してたら、いずれ自分の腕どころか首を斬り落とすのがオチですよ


「そんな話、今まで耳にしたことはございません。揶揄(からか)うのは、よして下せえよ、旦那」


「まぁ、確かにそうなんだがな」


石の言葉には納得しつつも、まだ凶状(きょうじょう)持ちの"カタテ"使いの話を、助五郎は信じてるようだ。


...何の話だ、こりゃ。助五郎は何を言いたがってる?


石には、助五郎の真意が分からない。


パチン!と助五郎が自分の首すじを平手で叩いた。


「いや、子毛(こげ)にな、新しい村が増えることになってな。それまでは、こんな山ん中のちっぽけな宿場町、誰も見向きもしなかったんだが


二つ合わせて総家(そうか)で百十(けん)、延べで五百人以上が住むとなれば、数で言えば、あの箱根の宿(しゅく)の半分だ


「これだけの規模になれば、周辺から()からぬ(やつら)が寄ってくる。其奴(そいつ)らを追い払うとなると、ワシの子分だけでは足りない」


助五郎は、石に顔を寄せた。


戦争(あらごと)となった時のために、人手が必要だ。腕の立つ奴が欲しい。一人で、十ニ分の働きをしてくれるような奴なら、尚更(なおさら)


こんな山の中まで、噂が届く奴なら、相当の腕だろう。いくら(カネ)を積んでも惜しくないと思ってるんだがな」


石は黙って(うつむ)くのみ。

助五郎は目線を落とし、石の腰に差してるモノを見る。


「そいつは、長さ1(しゃく)8(すん)(約54㎝)の脇差しで、暗殺をやるって話だそうだが、あんたの腰差(それ)は・・煙草、か」


石は顔を上げない。


「その(やつら)ってのは、旦那には誰だか宛てがあるんでしょうかね?」


助五郎の眉が跳ねた。


「何だと?」


「あしの古い知り合いが言うには、此処から少しばかり言ったところに、その知り合いが旧知の親分さんが居るそうで


「あしにも、顔を見せに行かないかと誘われたんですが『これからの事もある、今日の所は子毛の親分さんに挨拶に行かないと』と断って来たんですが」


石は(おもて)を上げた。


「冗談はここまでに致しましょうや親分。あしも若え頃は、渡世(とせい)青二歳(あおにさい)にありがちな怖いもの知らずの大バカ野郎で


裏界隈を我が世の春と、風切って歩いた事もありましたが、上には上がいるもので、それが身に染み、堅気で生きる事に致しました。もう怖い思いはこりごりです」


助五郎は、腕組みして石の表情を探る。


...コイツ、本当は八屋(ハチや)


石が八屋と何らかの繋がりがあるとなれば、おいそれとは手出し出来ない。

鬼造(オニゾウ)を、杖ひとつで抑えつけた所を見ると、腕が立つのは間違いない。


言ってる事が本当なら、まだ八屋と客分(きゃくぶん)どうこうと云う話じゃ無さそうだが、下手な事をして、この男が八屋側に付けば厄介な存在になる。


...ただの堅気だと言ってるが、もしかしたら、片手使いかもしれん、今はまだ分からん


「あんたは堅気だと云うが、ワシはあんたの力を借りたい。どうだ、ワシと客分の(さかずき)を交わす気はないか?」


石は、困ったように首を傾げて、首筋をポンと叩く。


「あしは、とうの昔に足を洗って、すっかり堅気(かたぎ)の暮らしに馴染んでしまいました。もう、旦那のお望み通りには、お役に立ちやしません」


「・・そうか、残念だな」


助五郎は、下がって首座へと戻る。


...えらくあっさり引きやがったな


石が拍子抜けするくらいだった。


助五郎は、それから思い出すように昔話を語り始めた。

いつしか"カタテ"使いの話は、隅に追いやられていった。


しばらく、助五郎の一人語りが続く。

石は...これで話が終わりなら良い、と愛想笑いを浮かべ、相槌(あいづち)を打ちながら話を聞いていた。


自分が若い頃に経験したこと、くぐり抜けた修羅場、武勇伝を一通り語り終えると、助五郎は酒を運ばせるよう八助を使いに走らせた。

八助が部屋を出て、渡り廊下から消える。

その後、二人きりになると、助五郎は独り言のようにつぶやいた。


「石、あんたはその"カタテ"使いと違うのか?」


石は知らぬ顔で、バサバサと木々を揺らし、庭を駆け抜けた風の音に、耳を()ましていた。





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