ep.12 "カタテ"使い
ばちばちぱちぱち!
目の前で、石の口上を讃えるように、助五郎は手を叩いた。
...拍手じゃねえんだよな。やっぱり口上を引き取らないか? これじゃただの見世物だ
石は、顔を伏せ怒りを堪えた。
...まったく礼儀なんてありゃしねえ
目の前の八九三とは上手くやれなかったのは、当たり前だと思った。
その隣には、まだ口をあんぐり開けたまま、珍種の生き物を見るような顔で、石を見ている八助がいる。
... 親分がオヤなら子分もコだ
「いまでは、こんな口上は聞けなくなった。それだけじゃねえ」
助五郎は、最近の若い奴は礼儀がなってねえと、例えをあげつらねて、ひとりで嘆いていた。
石は黙って頷き、やり過ごす。
「わしのことは親分じゃなく、多の屋か町代と呼んでくれ。堅気人で、子毛では通してる
裏での稼業もあるが、一度は引退した身。ワシを慕って集まった、昔の子分の食い扶持を稼ぐためにやっとるようなものだ」
助五郎は笑顔で言い、石はまた黙って頷いた。
「そうだ、ちょいと小耳に挟んだ噂なんだが聞いてくれるか?」
「どんな話でしょう?」
助五郎が身を乗り出してきた。
「実は、畿内(京都中心の関西地方)から裏界隈を流れて来た噂なんだが、"カタテ"を使う兇状持ちの暗殺者が、誰かを追って旅をしているらしい
そいつは滅法腕が立つ男で、鞘から抜いた刀の刃先すら見えないほどの早業なんだそうだ
「旅先でそんな話を聞いたことがないか?」
「さあ・・士官にあぶれて銭に困った侍でもが、金で人殺を請け負ってるんでしょうかね?
「あしは、もう渡世を離れて久しいので、そんな話を耳にする事もありません」
石は、何食わぬ顔で話に耳を傾けていた。
助五郎は、その顔色の変化を窺っている。
「それがな、・・どうやら、そいつは目が見えねぇって噂があるんだ」
石は、助五郎を前に声を上げて嗤った。
「ご冗談を。目も見えねぇのに刀なんぞ振り回してたら、いずれ自分の腕どころか首を斬り落とすのがオチですよ
「そんな話、今まで耳にしたことはございません。揶揄うのは、よして下せえよ、旦那」
「まぁ、確かにそうなんだがな」
石の言葉には納得しつつも、まだ凶状持ちの"カタテ"使いの話を、助五郎は信じてるようだ。
...何の話だ、こりゃ。助五郎は何を言いたがってる?
石には、助五郎の真意が分からない。
パチン!と助五郎が自分の首すじを平手で叩いた。
「いや、子毛にな、新しい村が増えることになってな。それまでは、こんな山ん中のちっぽけな宿場町、誰も見向きもしなかったんだが
二つ合わせて総家で百十軒、延べで五百人以上が住むとなれば、数で言えば、あの箱根の宿の半分だ
「これだけの規模になれば、周辺から好からぬ輩が寄ってくる。其奴らを追い払うとなると、ワシの子分だけでは足りない」
助五郎は、石に顔を寄せた。
「戦争となった時のために、人手が必要だ。腕の立つ奴が欲しい。一人で、十ニ分の働きをしてくれるような奴なら、尚更だ
こんな山の中まで、噂が届く奴なら、相当の腕だろう。いくら銭を積んでも惜しくないと思ってるんだがな」
石は黙って俯くのみ。
助五郎は目線を落とし、石の腰に差してるモノを見る。
「そいつは、長さ1尺8寸(約54㎝)の脇差しで、暗殺をやるって話だそうだが、あんたの腰差は・・煙草、か」
石は顔を上げない。
「その輩ってのは、旦那には誰だか宛てがあるんでしょうかね?」
助五郎の眉が跳ねた。
「何だと?」
「あしの古い知り合いが言うには、此処から少しばかり言ったところに、その知り合いが旧知の親分さんが居るそうで
「あしにも、顔を見せに行かないかと誘われたんですが『これからの事もある、今日の所は子毛の親分さんに挨拶に行かないと』と断って来たんですが」
石は面を上げた。
「冗談はここまでに致しましょうや親分。あしも若え頃は、渡世の青二歳にありがちな怖いもの知らずの大バカ野郎で
裏界隈を我が世の春と、風切って歩いた事もありましたが、上には上がいるもので、それが身に染み、堅気で生きる事に致しました。もう怖い思いはこりごりです」
助五郎は、腕組みして石の表情を探る。
...コイツ、本当は八屋と
石が八屋と何らかの繋がりがあるとなれば、おいそれとは手出し出来ない。
鬼造を、杖ひとつで抑えつけた所を見ると、腕が立つのは間違いない。
言ってる事が本当なら、まだ八屋と客分どうこうと云う話じゃ無さそうだが、下手な事をして、この男が八屋側に付けば厄介な存在になる。
...ただの堅気だと言ってるが、もしかしたら、片手使いかもしれん、今はまだ分からん
「あんたは堅気だと云うが、ワシはあんたの力を借りたい。どうだ、ワシと客分の盃を交わす気はないか?」
石は、困ったように首を傾げて、首筋をポンと叩く。
「あしは、とうの昔に足を洗って、すっかり堅気の暮らしに馴染んでしまいました。もう、旦那のお望み通りには、お役に立ちやしません」
「・・そうか、残念だな」
助五郎は、下がって首座へと戻る。
...えらくあっさり引きやがったな
石が拍子抜けするくらいだった。
助五郎は、それから思い出すように昔話を語り始めた。
いつしか"カタテ"使いの話は、隅に追いやられていった。
しばらく、助五郎の一人語りが続く。
石は...これで話が終わりなら良い、と愛想笑いを浮かべ、相槌を打ちながら話を聞いていた。
自分が若い頃に経験したこと、くぐり抜けた修羅場、武勇伝を一通り語り終えると、助五郎は酒を運ばせるよう八助を使いに走らせた。
八助が部屋を出て、渡り廊下から消える。
その後、二人きりになると、助五郎は独り言のようにつぶやいた。
「石、あんたはその"カタテ"使いと違うのか?」
石は知らぬ顔で、バサバサと木々を揺らし、庭を駆け抜けた風の音に、耳を澄ましていた。




