ep.11 口上
「来たな、お前は約束を守る男だと思っていたぞ、ワシの目に狂いはなかった」
部屋に顔を見せた助五郎は、開口一番、石にそう話しかけた。
...嘘つけ、血の果てまで追うって言ったのは何処の阿呆だ
「親分さんのご厚意に甘えて、敷居を跨がせて頂きました」
石は、皮肉を抑えて頭を下げた。
「オジキ、この目暗を連れて来るのには苦労したぜ。こいつは、来た途端に町中をうろついて、まったく話しになんねえんだよ」
...お前さんが、あしの後をずっと尾けてただけだろ
「そうか、八助もご苦労だったな」
「へへ、」と、嬉しそうに八助が指で鼻頭を掻く。
助五郎は、悠々と歩いて、石と八助の前を通り、ドサリと首座に座った。
手枕を引き寄せ腕を乗せると、石を真っ直ぐ見やる。
「さて、ようやく聞かせてもらえるかな、あんたの名前を」
「大層な名前じゃ御座いませんが、あしの呼び名は」
「おっと、待ってくれ」
意地になって言わなかっただけで、たいした名前でもない。
石が言おうとしたら、助五郎が手で制した。
...?
「これだけ時間をかけさせられたんだ。普通に挨拶されたんじゃ面白くねえ
「・・そうだな、渡世の仁義を斬ってもらおうか? 口上を聞かせてくれよ」
...はあ? ・・・敷居を跨がせて、仁義を斬るなんて聞いたことがねえ。こりゃ、昼間の腹いせじゃねえか?
石は、イライラを抑えるために、 ふう と静かに息を吐いた。
そして、ゆっくりと大きく吸って気持ちを落ち着ける。
...やだなー
「分かりました。では、改めまして・・・」
石は、姿勢を正し座り直した。
「こ度のお迎え、親分さまのご配慮いたみ入ります。玄関口を跨ぎましてからのご挨拶、前後取り違えての非礼を、お許し頂きたく存じます
御無礼を承知の上、親分さまにもご納得頂いたということ。これより、この場に縁あってお集まりの皆さま、この不肖の流れ者が、挨拶させて頂きます
「お控えなすって」
石は左手を膝に、右手の平を見せるように前へ突き出した。
手の先の助五郎は、手枕に体を預けたまま。
・・・ニヤリと笑う。
助五郎一家の此処にいる唯一の若衆、八助は、初めて見る口上に、口をあんぐり開けて目を見開いてる。
...やだなー。受ける相手が居ねえのに、仁義を斬るってなんだよ
と思うが、ここでまたトラブルを起こすわけにはいかず、グッと堪える。
...しゃあねえ、筋道も仁義もクソもねえが、道化を続けようか、助五郎を喜ばせるのが今日の仕事だからな
「早速のお控え、有難うございます。粗忽者ゆえ、前後のこと間違いましたる節は、ご容赦願います。
子毛の親分さんには、初お目見えと心得口上をあげさせて頂きたく存じます
「手前、生国と呼べる故郷なく、産まれ落ちて間もなく里子に出され、物心ついた時には筑前にて(福岡県地方)潮風の香りを嗅いで育ち、引き取った養父母より貰った名を、石と申します
盲目ゆえに先々困らぬようにと、養父の計らいで当道座より、『座頭』の位をもらい得たことより、しがない者は『座頭の石』と呼ぶ事もあります。
が、この身は生来、産まれ落ちた時から只の石っころ。親分、子分さまには、石と呼んで頂きたく存じます
育ての親はこの世になく、死に水をとり、九州を後にして山陽道を、風の吹くまま気の向くまま、空を屋根、草を枕にと旅を続けて参りますれば、これと定める家業なし
「かつては、浮世から渡世を、ふらふらと行き帰り、今は世間のはぐれ者に御座います。
御当家の皆様には、しばらくの間のお目汚しとなりますが、万事万端、何卒、宜しくお願い申し上げます」
石は一通りの口上を並べると、助五郎の返しを待った。




