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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第三章 子毛の町

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ep.9 蘭の部屋

着いた所はこの屋敷の最奥の、三畳(さんじょう)ほどの殺風景(さっぷうけい)(たたみ)の小部屋。

中に入ると、正面左に座布団(ざぶとん)一枚と手枕(てまくら)を置いた首座(しゅざ)があり、奥に燭台(しょくだい)がひとつ、ぽつんと置いてあった。


「ちょっと待って下さい」


(すず)は、(いし)を廊下に(とど)めると、先に部屋に入った。


座布団を探したが、この部屋に座布団は一枚しかない。

その一枚は助五郎(スケゴロウ)が使うもので、客人用のものはない。

そもそも客人を通すような部屋ではないので、当たり前のことだった。


「あの、ごめんなさい。一枚しかないお座布団は、旦那様が使うものなので・・」


申し訳なさそうに、錫が謝った。


「気にする事はねえさ。あしは(かて)え場所は慣れっこだから、冷てえ板の上じゃねえだけ、ここは天国だよ」


すっと、錫が石の手を取った。

小さな手の温もりを感じる。

石は、そのしっかりとした物言いから十五、六(才)かと思っていたが、それよりも錫の手は幼なかった。


...まだ小せえのに、手はこんなに(こまけ)え傷だらけだ


錫の境遇を思うと、胸が痛んだ。


錫に手を引かれ、石は行燈(あんどん)に照らされた薄暗い部屋の中に入る。


「こちらに座ってください」


と云われて石はそこに座った。


ポッと辺りが明るく、少し暖かく感じられた。

錫が行燈(あんどん)の火を、部屋の燭台(しょくだい)に移し替えたようだ。


「寒くはないですか?」


「ああ、大丈夫。お嬢ちゃん、気を付けて戻りな。真っ暗で怖え時は大声を出してやるんだ。そうしたらモノノ()もびっくりして逃げちまう。あしは怖え時は、大声で歌っちまうけどな。ははは」


「はい」


錫は石に頭を下げると、「旦那様を呼んできます」と言って去って行った。


人が居なくなると、この部屋は(さび)し過ぎた。

ここからは屋敷内の様子が全くわからない、まるで幽閉(ゆうへい)されてるようだ。


... (ラン)の言い回し通りの『密談(みつだん)』するには、おあつらえ向きなんだろうな


(ラン)とは、盗人(ぬすっと)などの隠語(いんご)とも言われる。

悪党が悪事を企むための部屋、この部屋にはピッタリ来る名前だ。

しばらくして、八助がやって来た。


「すずはどうした?」


「知らねえ、用事があるなら呼んで来てやろうか?」


そう言って、石は立ちあがろうとする。


「まて、待て! てめえはここから動くな!」


慌てて八助が止める。


「動くなよ。オジキが来た時にてめえが居ねえと、俺が大目玉喰らう。すずはいいから、てめえはそこに座ってろ」


「分かった」


石は澄まし顔で座り直した。


八助は、石が座るの見届けると、自分は真ん中にドンと座り、部屋を見渡した。


湿気(しっけ)臭えし、辛気(しんき)くせえ、シケた部屋だな。ここは」 


八助は、蘭の隠語など知らないのだろう。



しばらく時間が過ぎた。


燭台の油皿(あぶらざら)の火にひかれて、飛び込んだ蚊虫(かむし)が、ヂヂッと燃えて灰になる、その音がやけに大きく響いた。


助五郎(スケゴロウ)は、石が来るのを待っていたはずだが一向に現れる気配はない。

屋敷の何処かに居るのは間違いないが、もう()の刻(夜10時頃)になろうというのに、現れなかった。 


... ()の刻(0時前後)までに帰れって、(つる)に言われたんだがなぁ・・・


いま部屋には、石と八助しかいない。

八助は大の字になって寝そべり「人使いが荒い!」と愚痴(グチ)ってる。

石は黙っていたのだが、暇つぶしに情報収集も兼ねて、八助に話しかけた。


「八助、お前さん、ずいぶんとここじゃ顔が効くようだな?」

「当たり前だろ、俺は、(八九三(ヤクザ)から)足を洗ったオジキを焚き付けて、一緒に一家(いえ)を立ち上げたようなもんだぜ」

「へえ、じゃあ助五郎(だんな)の相棒と言ってもいいくらいだな」

「おうよ」


八助は喜んだ。


おしゃべりで口が軽いこの男はペラペラと、言って良いこと悪い事の区別なく話してくれた。


話によると、この屋敷は元は尾張(おわり)家の代官のものだったそうだ。

その代官とは、この辺りの宿場町を管轄する、旗本(はたもと)寄合衆(よりあいしゅう)和久(わく)家。

屋敷は本陣屋敷(ほんじんやしき)のような豪華さだが、和久家は、避暑地の別宅のような感覚で建てたそうだ。

冬以外の気候の良い時だけ、使っていたというのだから贅沢な話だ。


「和久より格上の、尾張や江戸の役人が来たときは、どうしてたんだ? ここの他に立派な屋敷があるのか?」

「あるわけねえだろ。この屋敷より立派な建物は、この町にはねえよ」


「不思議な話だな。じゃあどこに泊まるっていうんだ?」


「ここに泊まる偉いやつなんていなかったのさ。そりゃそうさ、その昔は、和久の連中が隠してたせいで、ここに町があるなんて御上(やつら)は知らなかったんだからな」


石が不思議そうな顔をしてるので、八助は笑いながら、説明を始めた。





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