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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第三章 子毛の町

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ep.8 案内人

(すず)に連れられ現れたのは、新橋色(しんばしいろ)の浴衣を着た男。

胸の前で腕を組み、屋敷の玄関の取次(とりつぎ)の上から(いし)八助(ハチスケ)を見下ろしている。


組んだ二の腕から(じゃ)の入れ墨が見える。

賭場の仕事を舎弟の捨八(ステはち)に任せ、石を見るために屋敷へと戻って来た弥切(やキり)だった。


弥切は、八助と会話しているが、視線は石に向けている。

八助は、オドオドしながら弥切を見上げた。


「あ、アニキ、俺はこれからどうしたらいいすか?」

「その男を渡り廊下の一番奥、(ラン)の部屋に連れて行け。後で助五郎(ダンナ)が行く」


弥切は冷たく言った。


(ラン)の部屋すか? 俺はあの部屋に行ったことがなくて、よく分かねーかもしんねぇ・・」


最後のほうは消え入りそうになって、口をモゴモゴしていた八助。

弥切は、冷ややかに一瞥(いちべつ)して言った。


「案内をつけてやる、すず、お前が連れて行け」


弥切の後ろに居た錫は、ビクッと体を硬直させて、コクリと(うなず)いた。

その後も、弥切は何か言いたそうにしばらく石を眺めていたが、くるりと背を向けると去って行った。


「じゃあ、頼むぜ。すず」


弥切が去り、ホッとした八助はニタリと笑って話しかけたが、錫は、顔を強張(こわば)らせて、視線を合わせないように目を伏せた。



空に月が上り、外は明るい月夜となっている。

屋敷の中といっても、部屋に繋がる廊下は外にある。


暗い廊下を、行燈(あんどん)を手に持って照らしながら錫が先頭を歩く。

その後ろに八助、最後に石、と縦に並んで歩いていた。


「なあ、つれなくすんなよ。俺は多の屋の主人(あるじ)と血が繋がってるたった一人の(おい)なんだぜ。俺に良くしとけば、この先、ここでの暮らしは安泰(あんたい)なんだからさぁ」


錫の尻を追うように歩く、八助の一方的な会話が続いている。


...ずいぶん、でけぇ屋敷だな


いつまで歩くのかと思う長い廊下は、(きし)みも少なく、柱も(ふし)くれのない良い木材を使っていて、(カネ)をかけた屋敷だ。


五街道(ごかいどう)に置かれた、徳川お墨付(すみつ)きの宿場の屋敷なら分かる。

だが子毛(ここ)は人目を気にする者がひっそり通り過ぎる、全国的に名も知られてない脇街道(わきかいどう)の宿場町。

 

そんな所の(いち)問屋(とんや)主人(あるじ)が住むにしては、立派すぎる建物だ。

広さも、本陣屋敷(ほんじんやしき)(宿場町にある、大名など身分の高いものが止まる宿)かと思えるくらい大きなものだ。


「なあ、返事くらいしろよ。しょうがねえなあ、そうだ(くし)をやるよ。()()でスっカラカンになったオヤジから、利息代わりに巻き上げたもんだが、良いもんらしいぜ


「なんでも、そのオヤジの娘が奉公してる先の主人(あるじ)からもらったモンらしいが、お前にやるよ」


()りません」


若い娘の声がした。


おや? と、石は思った。

玄関口に居た女性は、足音や歩幅から、ふくよかな大人の女性のように感じたが、この声は若い。


考えことをしてたせいで気付かなかったが、耳を澄ますと八助の前を歩く女性は歩幅も小さく足音も軽い、どうやら玄関先にいた女性とは違うようだ。


...あの時、二人居たのか


「あんまり俺を()めんなよ。俺はお前を()いてやってるから、優しくしてんだぞ


「他の奴にこんな冷たい態度をしてたら、(ひで)え目に()わされても文句言えねえ。俺はやらねえが、ただ優しい俺にも、我慢の限界っつうもんがあるからな」


石は(あき)れて、八助を後ろから蹴とばしてやろうと思った。


...口説くのに、脅すバカがあるか


急に、錫が立ち止まる。

一列に並んで歩く渡り廊下の途中で錫が止まったので、八助も止まる。

仕方なく石も立ち往生する。


錫は後ろを向き、しっかりとした眼差(まなざ)しで八助を見上げた。


「舐めてるとかそういうことじゃありません。今はお屋敷での仕事が精一杯で、他の事なんて考えられないんです


「追い出されたら、何処にも行き場がないんです。それが旦那様と血の繋がりのある貴方(あなた)に分かりますか?」


毅然(きぜん)とした態度に完全に気圧(けお)された八助。

錫はまだ数えで十二(才)。

二十五(才)の八助から見れば全然子供だろうが、余りの正論に返す言葉がない。


錫は前を向いた。

行燈(あんどん)を持つ手が震える、もう片方の手を胸の前で握り締め、唇を噛み締め歩き出した。

大人でも恐ろしいのに、まだ幼い娘が八九三(ヤクザ)に面と向かって言い返すのは、どれほどの勇気を振り絞ったのか、誰も想像できないだろう。


その差は開いて行くが、一向に動こうとしない八助。

石は静かにキレて、八助の尻を蹴飛ばしてやった。


「痛ぇ! なにすんだこの目暗(めくら)、殴られてえのか」


八助は、二、三歩よろめいて振り向き、石に向かって来た。

石は、八助が近くに来るのを待ち、股の間に杖を差し込んだ。


そして、八助が掴み掛かろうと伸ばした手を(かわ)し、横から背後に回り込む。

杖で絡まった八助の足は廊下を勝手に斜めに走り、バランスを失って、八助は庭へ転がり落ちた。


石はすっとぼけた顔で、「おい、大丈夫か?」と廊下の上から声をかけた。


「この野郎!」


八助は土がついた顔を払いもせず、すぐ起き上がると廊下に這い上がる。


怒鳴り声に驚いて、振り返る錫。

目の前には杖をついて歩く男の背中があり、その向こうに、顔も着物も土で汚れた八助が、真っ赤な顔で立っている。


錫は、何が起きたのか分からず、身がすくむ思いで立ち尽くしていた。


八助は、石を殴ろうと拳を振り上げた。

石は手に持った杖をガラ空きになった八助の腹に突き出した。

杖は、正確に八助の鳩尾(みぞおち)を捉えた。


「おっ、いっつ・・」


八助は腹を抱え、(かが)み込んだ。


「なあ、八助。お前さんはあしの案内人だろ? ここであしと喧嘩(けんか)するのがお前の仕事か? こんな事じゃ大きな仕事は、一生、任せてもらねえぞ」


石は、八助に近づき、ポンと肩に手を置いた。


「あしは、お前と喧嘩したくねえ。ここまで来れたのは、なにせ、お前のおかげだからな。感謝してんだぜ、な?」


石は、(にこや)かに八助に話しかけた。


目が見えないのに、正確に自分の鳩尾(みぞおち)に杖を当ててきた。

八助の頭に、今日の昼間、鬼造(オニゾウ)を杖だけで抑え込んだ時の光景が浮かぶ。


あれを見たから、棒鼻(ぼうはな)に座り込んでいた石に声をかけれず、しばらく付け回すことになったのだ。


「まぁ・・いい。許してやるよ」

「ありがとよ、お前さんが理解の(はえ)え頭の良い奴で助かるよ」


八助は、愛想(あいそ)笑いと苦笑いの中間のうすら笑いを浮かべて立ち上がった。


「ここまで来たら、分かる。すず、俺の事は心配要らねえ。その目暗(めくら)を、部屋まで案内してやれ、俺は着替えに戻る。まったく、こいつのせいで土まみれだ」


ぶつぶつ言いながら、八助は来た廊下を戻って行く。

その足音が遠くなると、石は、錫の前に杖を差し出した。


(じょう)ちゃん、(これ)の先を掴んで、あしを部屋まで引っ張ってってくれ」


錫は不思議そうに杖を見て、石を見た。


「あしの目はダメでね、お嬢ちゃんの良い目で見て、八助みてえに庭に落ちねえように、あしを連れて行ってくんねえかな」


ポン!と石が頭に手を置いた。


「おっといけねえ、杖には上下があるんだって、お嬢ちゃん知ってる?」


「知るわけねえか」と笑っている石を錫は見上げ、おずおずと杖を掴んだ。


「いい娘だ、じゃあ、連れてってくんな」



石は、錫に引っ張られながら、鼻歌を歌い、機嫌良く渡り廊下を歩いている。


真っ暗な渡り廊下は、吸い込まれそうなほどの暗い闇で、錫が一人だったら、きっと恐ろしかっただろう。

だが、下手な鼻歌を歌う呑気(のんき)なおじさんを連れていたので、不思議と怖さも(やわ)らいで、楽に歩く事が出来た。




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