第41話 それから……。
裏ヘッズベルの決勝戦が終わってから一週間が経過した。
その一週間で俺が何をしていたかと訊かれれば、別に何もしていない。普通に学校に通い、バイトをして、ゲームをしての日常が続いている。
そして今日は音遠に呼び出されて、学校帰りに皆で集まることになっていた。
集合場所は以前も行ったことのある喫茶店・ベローズ。
音遠は今日、学校を休んでいたこともあり、俺は宗介と連れ立って喫茶店に向かっていた。
店内に入ると、隅の四人掛けの席に音遠がいた。
「おっす」
「やぁ、天驚院さん」
「お二人共、ごきげんよう」
どうやらミモちゃんはまだ来ていないようだ。
俺と宗介は席に腰を下ろして音遠と向かい合った。
「そんで、親父さんの様子はどうだった?」
「そうですね。憑き物が落ちたみたいに晴れやかな顔をしていました」
「ふぅん、なんだかなぁ……」
決勝戦が終わった翌日、なんと驚くことに音遠の親父さんは裏ヘッズベルを公にした。
当然のこと違法だった大会の関係者は、親父さんを含め警察の取調べを受け、税務署やら何やらの査察で財閥の関連会社はてんてこ舞いのどったんばったん大騒ぎ状態らしい。
「にしても、まさか親父さんが自分で公表しちまうとはなぁ」
「きっかけが……欲しかったと言っていました」
親父さんがヘッズベルの裏を知ったのは、半年ほど前だったという。しかし俺にも話していた通り、その頃には裏社会の顧客は想像を超えた規模になっており、進退窮まった状況に陥っていたようだ。それこそ俺の想像を超えた葛藤があったのだと思う。きっとその踏ん切りをつける為に、音遠との約束にあっさり応じたのだろう。
それが親父さんの言う、きっかけとやらだったのか。
無論のこと、親父さんは経営者としての管理責任を問われて辞任することになった。
「でも結局、賞金もパァだもんね。僕らの苦労が水の泡か」
宗介がしょんぼりしながらアイスラテを啜る。俺もまったくの同意だ。ちなみに裏大会参加者の借金は、賞金が出なかったことで親父さんが全員分を肩代わりした。
「ホントそれな。何のために大会に出たんだよ。くそっ」
今でこそ不貞腐れた態度でいる程度だが、賞金が出ないと分かった時は本気でブチ切れそうになった。ただまぁ、切れたところで出ないモンは出ないと諦めたわけで。
「そ、そのことに関してなのですが」
音遠が何かを言いかけた直後に店内の鐘が鳴り、ミモちゃんが店の中に入ってきた。
「おっ?」
店内をキョロキョロと見渡し、俺たちを発見したミモちゃんが近づいてくる。
その後ろには同じくランドセルを背負った可愛い幼女が二人いた。
「よう、学校の友達か?」
「ガクシとファンなの」
「へぇ、そっか。――って、へぇっあぁ!?」
ガクシとファン!? この二人の幼女が、あのガクシとファン!?
「ミ、ミモちゃんの友達だったの?」
「べ、別に友達じゃないわい。たまたま同じ学校だったのを、たまたま最近知っただけだし。にしても、この冴えない男がアンチーターとはのう」
「おいコラ」
このツインテールの口が悪い感じは、確かにあのファンだな。
リアルでもそんな喋り方してんのかよ。
「ってことは、そっちの眼鏡でお下げの子がガクシ? いやでも声が……」
俺が視線をガクシに向けると、彼女はミモちゃんの背後にサッと隠れてしまった。
「嘘でしょ……。全然ゲームと違うんだけど」
「ガクちゃんはリアルだと人見知りで、ゲーム中はボイチェン使ってるの」
ていうかこの三人の幼女が三人とも、プロ級の腕を持ってるゲーマーとか世も末だな。
「お前らは何の用なんだ?」
「再戦を申し込みに来たのじゃ! 今度はちゃんと四対四でのう!」
「いや再戦たって、ヘッズベルまだサービス休止中じゃねえか。再開時期だって未定だぜ」
やれやれ、宗介といい面倒なリベンジマッチがまた増えたぞ。
「ちょうどその事で、今日は皆さんに集まってもらったのです」
「再戦のことでか?」
「いいえ。そうではなく、ヘッズベルの今後に関してです」
音遠の話では、ヘッズベルのサービスは他の運営会社に委託して続ける方針らしい。まぁゲーム自体に罪は無いし、多くのユーザーもそれを望んでいることだろう。そして、それは俺自身も望んでいたことだ。
その後、音遠の話を聞き終えた俺達は、見せたいモンがあるとかで、何故か友奈ちゃんが入院している療護センターに足を運ぶことになった。
「なっ……なんじゃこりゃ?」
西日が射し込む病室のベッドで、いまだ彼女は眠り続けている。
しかしそのベッドの周囲に見たことの無い機器類が並び、友奈ちゃんの頭には一昔前のような大型のVRゴーグルっぽい物が被せられていた。
「音遠、どういうことだ?」
それは傍目から見れば、友奈ちゃんが何か良からぬ実験に使われているようで印象が悪かった。俺は猜疑の眼差し音遠に向ける。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。あれは開発中の次世代型VRマシンなんです」
「次世代型?」
「えぇ、トリニティに続く次世代型VRマシン〈ネオ〉です。私はその手の事に明るくないのですが、開発している方の話によれば、人間の脳は一種の量子コンピュータであり、意識、つまり人の心と密接な関係を持つらしく、その量子過程から生じる信号をマシンで観測して拾い上げることで――」
「なに言ってンのか解からねえよ。日本語でオーケー」
「えっと、つまり感知した脳波を電脳空間上に再現できるんです」
「この子に……会えるのか……?」
俺は信じられないといったような表情で、音遠に問いかける。
「会えますよ。ぬか喜びさせないように、先に試させていただきました。今日、桜庭君が会いに行くこともお伝えしています」
音遠はまるで自分のことのように喜び、優しい笑みを浮かべてそう言った。会えると、会って話ができると言ってくれたのだ。
そして――、
「これでいいのか?」
俺は音遠が用意してくれた普通のノートPCと、いつものHMDを装着してヘッズベルのゲームを起動させた。
「ログインしたら、まず専用のテストサーバーに入ってください。パスワードは先ほどお伝えしたものです」
「了解」
一週間振りにログインしたヘッズベル。そこは以前と何も変わらない未来都市・オケアノスの風景が広がっている。と言ってもテストサーバーなので、NPCしかおらず街は閑散としていた。
ログインしておいてなんだが、正直なところ俺は迷っていた。
会ってどうするんだ?
彼女と何をどう話せばいい?
君の将来と両親を奪った親の子だとでも説明するのか?
そう考えると怖くなってきた。
「……っ」
その時、転移エフェクトが俺の目の前に出現し、ミモちゃんが姿を現した。
自分のノートPCで同じサーバーにログインしてきたのか。
「ミモちゃん」
彼女は何も答えないまま、その場で〝反響定位〟を発動させた。
そして共有されたプレイヤーの位置情報が表示され、中央広場に一人プレイヤーがいることが判った。
ヘッズベルはバトルフィールド以外でもヴンダーを使用できる。俺の持つヴンダーなどは特に使用する意味はないが、移動・転移系の能力は街中を移動するのに便利だったりする。
「頑張ってなの」
そう言いながら、ミモちゃんは現実で震える俺の手を握ってくれた。
「……ありがとう。俺、行ってくるよ」
そうして俺はマップに表示されたプレイヤーの下へ向かった。
噴水が設置された中央広場に少女が一人立っていた。
そのキャラクターは現実の友奈ちゃんと本当にそっくりだった。
「はっ、ははは初めまして! 秋吉友奈です!」
「あ……えっと、初めまして。桜庭黄金です」
少し慌てた様子で友奈ちゃんが挨拶をしてきた。何とも垢抜けた感じで、眠った状態の彼女しか知らない俺は少し戸惑った。勝手な想像でしかなかったけど、もっと大人しい子なのかと思っていたのだ。
「あの、色々と話したいことはあるんですけど、先に言わせてください! ごめんなさい!」
「なっ、何で君が謝るんだ?」
謝らないといけないのは俺だ。どれだけ謝っても許されることじゃないはずだ。
なのに――、何でこの子はこんなに嬉しそう笑っていられるんだ。
「桜庭さんがずっと苦しんでたこと知ってます。毎日お見舞いに来てくれてたことも……来すぎて迷惑がられちゃってたことも知ってます」
彼女の言葉通り、中学の時は本当に毎日のように通っていた。そのせいで看護士の人にちょっと嫌味を言われたこともある。
「学校であった事とか、面白かったゲームの話とか、たくさん、本当にたくさん聞かせてくれたことも知ってます」
「どうしてそれを……」
「夢の中にいるみたいな感じですけど、でも確かに声が聞こえてたんです」
それまで明るく話をしてくれていた彼女の声がわずかに震えだしていた。
「聞こえていたのに……私、いつも何も応えてあげられなくて」
ゲームの中で見えないはずの涙が、彼女の頬を確かに流れているように見えた。
「あれは俺が好きでやってたことだ」
「だとしても嬉しかったんです。だから今日、会ってお話できるのをすっごく楽しみにしてました! それはもう寝られないぐらいに、ってずっと寝てるんですけど」
「わ、笑えないよ……それ」
「あっはは! ってことで私、今日という日を記念して決めたことがあるんです!」
「何を?」
「そう遠くない内、絶対に自分で起きてみせます。何となく分かるんです。もう少しで光に届きそうな気がするんですよ! だから、もしそうなったら是非一緒に遊んでください!」
友奈ちゃんはそう言いながら、とびきりの笑顔を見せてくれた。
それは俺が八年の間、ずっと見たかった顔だった。
彼女の言葉が例え何の根拠もないものだったとしても、俺はずっと胸の内に抱えていた錘が軽くなっていくのを感じて、目から勝手にボロボロと涙がこぼれだした。
「わかった。俺、待ってるから――」




