第39話 バグ技
ガクシはわずかに震えた声音で勝利の言を口にした。
しかしここで、されるべきはずの宣言がされていないことに気付く。
「…………? なぜ……なぜだ……おいッ! 審判! なぜアウトコールを宣言しない!?」
ガクシの訴えも虚しく響くだけで、審判ロボであるベルは沈黙したままだった。
俺は転がっていたスフィアを拾い上げる。
「お、おかしいだろ! な、なぜアウトになってない!? スフィアは確実に当たっていたはずだ!!」
「当たり判定だよ」
「……なに?」
「以前、ネオンにも言ったが、このヘッズベルというゲームは意図して残されているバグが多いんだ。それは開発者の遊び心でもあり、ステータス数値のみで勝負が決まるという前提を、プレイヤー側のテクニック次第で覆せるようにさせるためだ。完璧に組まれたプログラムのゲームは往々にしてつまらない。そこに一切ドラマは生まれず、ただ機械的な作業ゲーになるからな。知識と技術、そして運、これらが重なり合うことで生まれる興奮こそがゲームの醍醐味なんだ。まぁ、これは親父の受け売りだけどな」
あえてガクシに言う必要はないが、チートだのツールアシストだのイチャモンつけられても面倒だ。だから俺は今しがた使った裏技の種明かしをした。
「ちなみ俺が今使った裏技は、ヴンダー発動時の硬直を利用した無敵時間の延長だ。そこそこ練習が必要だし、発動条件も厳しいけどな」
俺はあらゆる操作を試しデバッグを行ってきた。
それこそ何百、何千回と試行錯誤を繰り返し、実際使える裏技は五〇個前後。
「あ、有り得ない。確かにそうしたバグがあることは僕だって知ってる。だが到底実戦レベルで使えるようなものじゃないはずだ! それこそ〇フレームコマンドの操作技術を何度も要求される特殊操作だろ!」
「それがコガネなの」
うろたえるガクシの横でミモちゃんがそう言った。そして彼女は言葉を紡ぐ。
「コガネの本当の力は、戦略や戦術を駆使した頭脳プレイじゃないの。コガネはフレーム単位での操作を精密に行うことができるの」
ゲームのフレームレートは6〇fpsが基本である。それはヘッズベルでも同じ。
1フレームとは約〇・〇16秒。
俺は1フレームまで猶予がある操作なら、ほぼ一〇〇パーセントの精度でコマンド操作をすることができる。格闘ゲームとかなら〇フレームでの操作も要求されるし、プロの世界で活躍するゲーマーなら大抵の奴が持っているスキルだ。
「ちなみに集中力が極まった状態なら、〇フレームのコマンド操作を連続で二五回できる。これが本当の奥の手ってやつだ」
「ふざっ……! そんなの人間業じゃないだろ!」
「んなこと言われたって仕方ねえだろ。出来ちまうんだからよ。それに野良でレベル上げをしている時にだって裏技のいくつかは使ってくる奴はいたぞ。かなり少なかったけどな」
両親の起こした交通事故の後遺症――。それが原因かどうかは不明だが、あの八年前の事故以降、俺は集中力が極限まで高まると体感時間が大きく伸びる。
周囲の人間、移動物、それはVRゲームでバイザー越しに視ている世界でも同じ。まるで俺自身が世界を取り残していくような感覚だった。
「ってことでゲームオーバーだ。ガクシ」
「僕だってプロゲーマーの端くれだ! れ、練習さえすれば……っ!」
「かもな。だがお前はそれをしなかった。手に入れた強力なヴンダーに頼り、ゲームを深く理解しようとしなかったお前のミスだよ」
俺はそう宣言すると、手に持っていたスフィアをガクシへと放り投げた。
「どこまで……どこまで僕をコケにすれば気が済むんだ――ッ!!」
怒りが頂点に達したガクシがスフィアを全力で投げる。何の駆け引きも、小細工もなしにただ真っ直ぐと。
「無駄だっつうの」
ガクシが投げたスフィアを、俺は両手でガッシリと掴み取った。
「なっ!? なぜ捕れる!? 君は俊敏性にステータスを振っているはずだろ!」
「その通りだが、別にこれは裏技でも何でもないぞ。タイミングの問題だ」
ステータスの捕球力は、あくまで捕球確率を上げるための数値でしかない。
仮に敵の投擲力が最大で、自身の捕球力が初期値だったとしても、捕球できる確率は決してゼロにはならない仕様だ。
いまさらガクシには説明するまでもないが、捕球確率は捕球ゲージによって管理されている。投擲されたスフィアに対し、視界内に表示されたゲージを巧く枠内に納めることで捕球の成功率が決まるというシステムが採用されている。
要はそのゲージ速度と枠の大きさが、互いのステータス差によって変わるだけ。
見た目はリズムゲームに近い感じだな。
「そんな簡単な問題じゃないだろ!? どんな動体視力だよ!」
「俺とこのゲームシステムの相性が良かっただけだ」
周囲の移動物がスローモーションに視えるから、別にそこまで難しいことじゃない。
「ぐっ……」
「馬鹿正直に正面から攻撃するからさ。お前は小細工をすべきだった。俺との距離を詰め死角から攻撃するなり、投げたスフィアに変化を付けるなり、もっと小細工をするべきだったんだよ」
言いながら俺は一度ミモちゃんにスフィアをパスし、再度それを受け取った。
負けず嫌いという性格は、プロゲーマーのほぼ全員が持つ資質のひとつ。
だが同時に、不足の事態にも冷静さを失うことのない精神力の強さも必須とされる。
「お前はアスオン時代に俺とミモちゃんに負け、ギルドが崩壊したと言っていたな。だがそれ自体がきっと直接的な原因じゃない」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味さ。お前にはリーダーとしての資質がなかったってことだ。勝つことに拘り過ぎて、色々なものを蔑ろしてきたんじゃないのか?」
「ゲームは楽しくするものなの」
俺とミモちゃんの言葉がよほど響いたのか、ガクシは愕然とした表情を浮かべていた。
「まっ、最良なのは楽しく遊んで、最後に勝つってところだな。ってことで……」
俺は手にしていたスフィアを再びガクシに向かって放り投げた。
「……何のつもりだ。また私を侮辱するつもりか」
「いいや、これでイーブンにしたいだけだ。前回のバトル、メンテが入らなければ実際のところ俺は負けていた。それに今回、実質4対2でのバトルになっている。そこら辺のハンデを加味して、お前に最後のチャンスをくれてやる」
地面に転がったスフィアを拾い上げたガクシの肩が戦慄いていた。
「それを侮辱だと……言っているんだぁ――ッ!!」
ガクシは帯電強化を発動し、超スピードで駆け回りだした。
「来やがれ。ここでケリを着けてやるよ!」




