第36話 試合終わったらぜってぇ乳揉んでやる
「そろそろ……僕も混ぜてもらおうかな」
〝帯電強化〟か。
ネオンと同じ能力を発動させたガクシは、すべてを見透かすようなアルカイックスマイルを湛えていた。その仏の様な表情は逆に、俺達の焦燥を駆り立てるに十分なプレッシャーを感じさせるものだった。
「ガクシ……」
大会前のバトルの最後でガクシが発動させた能力は、正しくこれだった。
人間の反射神経の限界を超えた速度。
だが腑に落ちないことがある――。
ネオンと同じ能力だとしても、直前までその姿すら視認できなかったのは何故だ?
俺とファン、そしてネオンはスフィアの落下点を直前にしか把握できなかった。だとすればスフィアを奪取するのは、始動順で言えばファンが、速度順でいえばネオンが最速でなければ道理に合わない。
ガクシはまだ他に何か手を隠している。
そしてその予測は間違っていなかった。
「ネオン後ろだ!」
「え……?」
またも一瞬にして姿を消したガクシがネオンの背後に立っていた。
完全にワープ系の能力だった。ファンの能力と同様、消える瞬間に燐光が迸っていたのを俺は見逃さなかった。
「さて、攻撃開始だ」
ネオンは背後から告げられた攻撃宣言にまるで反応できていない。故に投擲されたスフィアを回避することも不可能。
「ッ!?」
完全に虚を衝かれたネオンを救ったのは、ソウスケの〝交換転移〟。
「ぶほぉ!」
「ソウスケぇ!」
ガクシが至近距離から放ったスフィアの直撃を受け、派手に吹っ飛ばされたソウスケがビル壁に叩きつけられた。
「順番が変わってしまったね」
「ぐぅ……コガネ君、あとは頼んだよ」
無駄にカッコつけたソウスケが光となり空に昇っていく。以前もミモちゃんを庇ってアウトになっていたが、今回ばかりは仕方ないだろう。実際にソウスケよりもネオンの方が戦力としての重要度は高い。この犠牲はむしろファインプレイだといえる。
『プレイヤー・ガクシが敵一体を撃破しました』
リバウンドしたスフィアは当然のようにガクシの手元に戻っている。
動けなかった。動いたところで奴より先にスフィアを確保できないという予感があった。
ガクシは少なくとも二つの能力を有している。〝帯電強化〟と〝短距離転移〟。だが謎なのは常時発動型能力の〝帯電強化〟と、任意発動能力である〝短距離転移〟を持っていることだ。
〝短距離転移〟はともかく、レア能力の〝帯電強化〟も習得しているとかチートにもほどがある。
チュートリアルで審判ロボのベルも言っていたが、二つの能力を有するのは、一つ一つの能力が単体では弱いからだ。事実、俺もファンの能力もそうなっている。
なのにガクシは…………まさかっ!。
ここで俺の脳裏に浮かんだ推測が、このバトルの勝率を大きく引き下げてしまった。
『ネオン! 一旦退くぞ!!』
俺はガクシに悟られないようチームチャットで退くよう命じる。
『で、でも!』
『ダメだ! このままじゃ勝てねえ!!』
ネオンの〝帯電強化〟はチャージ中でしばらく使えない。だがそれは走って溜めてきた距離を考えればガクシも同じはずだ。とにかくこの場から離れて作戦を練り直す。
『ミモちゃん、C6で合流しよう!』
『わかったの』
逃げる俺達を追ってきたのはやはりファンだった。
しかしファンでは同じ速さの俺を簡単に捕捉することはできない。狙うとすれば必然的にネオンに限られるが、〝投擲力〟が初期値じゃ仕留めることはできない。
「追いついたぞ」
「っ! 受けて立ちます!」
ファンに接近を許したネオンがスフィアを捕球するべく立ち止まる。正面から受ければ捕球できる自信があったんだろう。その選択は能力値の関係上、間違ってはいない。
だがそれはあくまでネオン対ファンでの状況だ。
「バカ野郎ッ!! 逃げろって言っただろう!!」
俺の怒声が耳に届いた直後、ネオンがファンの手元を見て異変に気づく。
「スフィアが……ない!?」
時すでに遅く、ファンの姿が陽炎のように揺らめき消えた。
代わりに現れたガクシが、大きく右腕を振りかぶっているのが先を走る俺の位置からも見えた。
「これはソウスケ君の――〝交換転移〟!!」
「ごきげんよう」
『プレイヤー・ガクシが敵一体を撃破しました』
ガクシのショットがネオンを捉え、ソウスケのアウト後、ものの二〇秒もしない内に四対二だった戦況がイーブンまで持ち込まれていた。
「クソッ!!」
これで時間を稼ぐ手段も使えなくなった。
ネオンがアウトにならなければタイムアップ勝ちも狙えたのに。あの単細胞、試合終わったらぜってぇ乳揉んでやる……。
心の中でネオンに毒づいてはみたが、俺がすぐにガクシの能力について説明していればよかったという反省もある。
冷静になれ――呪詛のように唱え続けて俺は思考を切り替えた。
本当の勝負はここからだ。




