第35話 ダブルホルダー
ファンは大きく跳躍し、上空を飛び回る車の天井部に乗った。そのまま車を足場にして飛び石のように逃げる。
俺もすかさず同じルートを辿りファンを追いかけた。
『コガネ君! 今の状況は!?』
『スフィアは確保した。今はファンを追ってる!』
ソウスケからのボイスチャットに対応しながら、一〇メートルほど先を往くファンの背中に狙い定める。だがさっきからその差は縮まらない。
ガクシと合流される前に仕留めたいが、ファンも伊達にプロゲーマー集団に属していない。普通に追跡をしていても間に合わないな。かといって新宿の地理に詳しいわけじゃねえから先回りもできん。
――だったらこの手しかねえッ!!
俺は前方へ右手をかざし〝磁力念動〟を発動させた。
「こっちに来やがれ!」
「なッ!?」
ファンの跳び乗った飛行車が、俺の発動させたヴンダーによって引き寄せられる。
「こんなのでぇ!」
さすがに進行方向とは逆側に引き寄せているせいで遅いか。
ファンはすぐさま別の飛行車へと移ろうと跳躍体制に入った。だがそうは問屋が、そしてこの俺が許さない。
「ぬぁッ!?」
「ハッハァ――!!」
跳ぼうとした直後、横合いから突っ込んできた別の飛行車が、ファンの足場だった飛行車に直撃。そのまま体勢を大きく崩し、宙空に体が投げ出された。同時に衝突した二台の飛行車が墜落していく。
あの状態なら距離さえ詰めれば捕球はできないはずだ。
「もらったぁ!」
俺はファンとの距離を詰めるべく、墜落する飛行車に移ろうと跳んだ。
だがこの瞬間、俺の背筋にざわりとした悪寒が走る。そして落下していくファンが小悪魔めいたニヤけ面を浮かべていた。
「ごふッ!! ッ!?」
何か、視えない何かが空中にいた俺の横から突っ込んできた。
理解不能の衝撃に見舞われ、手元からスフィアが零れ落ちる。
「何が……起きた!?」
ヘッズベルはキャラクターにHPという概念はなく、ダメージをいくら受けたところで行動不能になることはない。ただ物理的衝撃には相応のレスポンスがキャラクターに反映される。
格闘ゲームなどと同様に、衝撃に対してノックバック(仰け反り)効果が発生する仕様だ。
しかしこのゲームはプレイヤーからの直接攻撃はシステム上できない。
つまりファンは俺と同じタイプのヴンダー能力者だということだ。
この状況で俺にぶつけてきた物は、やはり飛行車の他にない。だが車体は視えなかった。
「お前の能力、物体を視えなくする能力かッ!」
「にひひっ、正解! 〝物体不可視〟という能力じゃ」
策にハマったように見せかけ、不可視化させた飛行車の軸線上に俺を誘い込んだ。
こいつアホかと思ってたら意外にキレる。舐めてたわけでもないし、能力についても警戒していた。だがそれでも俺の行動を読み切られたのは想定外。
「猫かぶってやがったな、テメェ!」
「にゃ~ん、可愛いじゃろ?」
あざとすぎて可愛くねえんだよ。
「はっ! したり顔で勝ち誇っちゃいるが、状況はいまだ五分なんだぜ!」
手から離れたスフィアは、地上へダイブ中の俺とファンの頭上にある。勢いで五分だとか言ったが、実際には俺の真上。ファンと同時に着地した場合は、俺の方が先にスフィアを確保できる。
「アンチーター、貴様は確か〝ダブルホルダー〟じゃったな」
「ダブル……ホルダー?」
「物体を引き寄せる〝磁力念動〟に、ショットの飛ぶ先が視える〝軌道〟。貴様のように能力が二つ使える奴のことを〝ダブルホルダー〟と呼ぶんじゃ」
逆さまの状態で落下しながら、余裕の態度でファンがそう語る。こいつのこの余裕は――。
「まさかお前も……!?」
これは後で調べてわかったことだが、〝ダブルホルダー〟は希少なプレイヤーだった。
能力を二つ習得できる確率はおよそ〇・〇三パーセント。
確かに、まだ初めて二ヶ月ちょいだが、二つ能力を使っている奴は数えるほどしかいなかった。チュートリアルで能力を得た時に、自分を天才だとか言った記憶が残っているが、あながち間違っていなかったようだ。才というより運なわけだが。
「その通り、この状況を打破できるもう一つの能力が我にはあるぞ」
猫のような吊り眼を細め、冷たい声音でファンが告げてきた。そしてそれは決してハッタリや虚勢の類ではなかった。
「消えたッ!?」
共に落下していたはずのファンが目の前から忽然と消えた。
「ここじゃ」
背後から囁くように聞こえた声に焦って振り返る。そこには爛々と目を輝かせ、口を三日月型に歪ませたファンがいた。
「いつの間に!?」
「我の第二の能力は〝短距離転移〟」
瞬間、またも姿を消したファンは頭上にあるスフィアを掴み取っていた。この状況は最悪の一言に尽きる。逃げ場のない空中で、しかも死角を取られた。
「くっそがぁ!!」
さすがにゲームじゃ空中で満足に姿勢を制御することはできない。捕球はままならない上に回避はもっと無理だ。
「終わりじゃ!」
勝ち鬨を上げ、ファンが投擲態勢に入った。
放たれたスフィアが迫る。その距離が三メートルまで迫った時、不意に割って入ってきた飛行車が盾となり俺を護っていた。
「なぬぅ――!? ぶひっ!」
飛行車に弾かれたスフィアは、そのまま急降下中のファンへと跳ね返り顔面にブチ当たったようで、豚の鳴き声みたいな悲鳴が車体越しに聞こえてきた。
「た、た……助かったぁ。あっぶねぇ……」
窮地を脱した心臓が馬鹿みたいに早鐘を打っている。
決勝戦に来てまでコントみたいなイレギュラーが発生したのは笑えないが、九死に一生を得た事実。掴み損ねた勝機がまた戻ってきた僥倖だと言える。
およそ高度六〇メートルから地上へ着地し、衝撃がアスファルトに伝わる。普通の人間なら両足骨折レベルだが、これはゲームであるが故に視界が衝撃に合わせて揺れる程度だ。
二秒ほど遅れてファンも落ちてきた。
――スフィアは!?
青白い光の玉の行方を捜そうと上空を見上げる。しかし俺より先に始動したファンの姿を横目に捉え、自分がまったく見当ハズレの場所を見ていたことを悟った。
ファンの顔面に直撃したスフィアは、俺のいる位置から後方へ放物線を描くように落下してきていた。
助かったと思ったのも束の間だ。先に動かれたら追いつく術がない。
同数値の敏捷性を持つ二者間の距離は、目標物に到達するまで決して縮まることはない。だがここまでのファンとの争いで確実に時間は稼げていた。
「遅えぞ!」
「お待たせしました!」
雷光を迸らせ、鋭く風を切って現れたのはネオンだった。
「また貴様か!」
忌々しげに舌を打ったファンの脇をすり抜け、ネオンがスフィアを奪取。大会前のバトルと同じ状況でファンを追い詰めた――そう錯覚していた。
「…………なっ」
「そんな」
俺とネオンがほぼ同時に驚愕の表情を顔に張り付けて声を漏らした。
ほんの数瞬、ものの数センチの差でスフィアは奪われていた。
それは他の誰でもない、〝赤き制裁〟のマスターによって奪われていたのだ。
紫電をその身に纏い、撫でつけられていた艶髪を逆立たせたガクシがそこには佇んでいた。




