第32話 買収
一分後、単独で敵陣へ乗り込んだネオンからボイスチャットで連絡が入った。
「捉えました!」
すぐさま宗介は〝交換転移〟を発動させる。入れ替わって姿を現したのはダルマの様な髭面をした敵プレイヤー、キャラネームはベンケイ。分かりやすく山伏の様な和服を纏っている。
「ぬっ!? これは!?」
状況に混乱しているようだが、声を聞く限り先ほどトキを助けにきた暗闇能力者か。
「おっと、ヴンダーを使うな。少しでもおかしな行動をすれば、即座にスフィアを叩き込む」
俺は完全に悪役染みた台詞を口にしていた。
「ぐっ……」
通路の後方はミモちゃんに阻まれ、ベンケイに逃げ場はない。このままスフィアを当てればそれでこいつを仕留められる。だがここからが作戦の肝となる交渉だ。
俺はチャットリストからベンケイを選択し、彼にだけ聞こえるように話しかけた。
「ベンケイさんよ……あんた借金いくらだ?」
「は?」
「だから借金はいくらあるんだ?」
ベンケイは俺の顔をしばらく見つめ続けた後、疑惑の表情を崩さないまま口を開いた。
「…………八〇〇万だ」
「俺がその金を肩代わりしてやる」
「な……なんだと?」
オンゲにおいて交渉というのは重要なテクニックの一つだ。
手に入れた稀少アイテムが必ずしも自分の欲しかった物でない場合もある。職業的に装備が不可能であったり、レベルやステータスが不足していたり、属性が合致しなかったりと様々なケースがある。そうした時には必要としている者になるべく高値で売却したり、自分の欲しているアイテムと物々交換をすることで望む物を得るのだ。
そしてそれには、損をしない為の知識と交渉術が必要だ。
知識とは主にゲーム内の相場。これは攻略サイトや匿名掲示板から情報を収集することで得られる。だが交渉術は誰も教えてはくれない。
自身がどこまで譲歩し、相手にどこまで妥協させるか。これに尽きる。
「俺がこの裏大会で優勝し、その賞金であんたの借金を肩代わりしてやると言ってるんだ」
「そんな馬鹿げたことを小生が信じるとでも? 大体、お主らが優勝できる保証がどこにある」
当然の反応だ。さてここからが腕の見せ所。
「そんな保証はない。だが今の戦況、そして負けた場合の事をよく考えてみろ」
戦況的にはすでにベンケイはチェックメイトで実質、四対二であり、残り時間もそう多くない。
ここからベンケイ達が逆転する確率は低いことは言わずもがな。さらに負ければ地下強制労働行き確定。
「ぬぅ……小生に何を望むのだ」
「なに、あんたは残った二人を適当な場所に呼び出してくれればいい。『スフィアを奪ったから作戦を立てよう』とか、そんな理由でいい」
「小生に仲間を売れと申すか!?」
「そもそも借金抱えて無理矢理組まされたチームだろ。仲間意識なんてあるのか?」
「……ないな。これっぽっちも」
あっさり認めやがったぁ!!
「じゃあ交渉成立だな」
俺がそう口にした直後、ベンケイは顔の前で人差し指を立てていた。
「一〇〇〇万でどうだ?」
「てんめぇ! 自分の立場をわきまえろや!!」
「冗談、冗談だって。わははっ!」
それからの展開はあっという間だった――。
ベンケイがチームチャットで呼び出した場所で俺とミモちゃんが待ち伏せ。のこのことやってきた二人の敵プレイヤーを撃破し、最後にベンケイを仕留めて波乱無く準決勝は終わった。
「こんな勝ち方……二度とゴメンですよ」
ネオンはバトル後に戻った待機ルームで俺にそう言った。向けられたのは軽蔑の眼差しというやつだ。
「俺だって気分が良いわけじゃない。賞金も減るしな」
「こんなのゲームとは呼べません!」
どうやらコイツはまだ理解していない様子だ。
俺はボリボリと頭を掻きながら、ネオンの考え違いを正そうと立ち上がった。しかし俺より先にミモちゃんが口を開く。その声音は珍しく怒気を孕んでいた。
「ネオン……これはゲームじゃないの」
「ど、どういう意味ですか?」
「ネオンの目的はこの裏大会を潰すことなの。コガネは賞金を手に入れることなの」
ミモちゃんは俺の言いたい事をモノ凄い簡潔に伝えてくれているが、それじゃあネオンには伝わらないだろう。言葉足らずなので俺が補足しよう。
「目的を果たすことが最優先なんだ。ルールさえ守れば正々堂々と戦う必要はないし、ましてやゲームを楽しむなんてのは論外だ。もしこれが公式大会なら『楽しみながら勝つ』っていうスポーツマン思考でも構わない(まぁそれでも俺は勝ちに拘るけど)。それに俺はミモちゃんと宗介を巻き込んだ以上、勝たせる義務と責任がある」
先の試合、仮にあのままベンケイを倒しても俺達が勝つ確率はかなり高かっただろう。だけど確実に勝てる保証なんて無かった。残った敵二人の能力も不明だったし、もしかしたら俺達四人が全力で戦っても勝てない凶悪な能力を持っていたかもしれない。
「…………ごめんなさい。確かにコガネ君の言う通りね」
ネオンは納得こそできないが、理解はできたというように謝罪の言葉を口にした。彼女の性格からして、完全に受け入れることは難しいだろう。
「私はコガネともっとゲームがしたいの。だからこの大会で負けないように助けるの」
「ミモさん……」
「ネオンともしたいの。優勝して全部終わればそれが叶うの」
「僕もそうさ! 全員の夢が叶えば、それでまた楽しく一緒に遊べるんだから!」
宗介の言う通り、俺はこのヘッズベルというゲーム自体は気に入っている。だから全部片付いたら、このメンバーでワイワイ気楽に遊びたいとか思っちまってるよ。恥ずかしいから宗介みたいにストレートには言えないけどな。
「次も必ず勝つ――、それで最後だ」
この勝ち方に納得できない人も中にはいるでしょう。
ただ目的の為に最善を尽くすコガネの思考が「こうするべき」だと作者である私の手を動かしましたので許してください。




