第21話 グローブデバイスを付けたままポテチを食べるとギトギトになるからやめようね
眼前に広がるメタバース。いわゆる電脳空間的な道の先から、今はもう見慣れたオケアノスの街並みが飛び込んできた。時刻は現実時間にして二〇時三五分――。
ヘッズベルのゲーム内時間はリアルとリンクしており、夜にログインすれば街も夜景になっている。まぁそれもオプション機能で明るさの調整などは可能だ。
やがて転移ポータルからほぼ同時にネオンとミモちゃん姿を現した。
「今日は大会に備えて他チームと練習試合をしましょう」
今までは各々が適当に野良バトルをしたり、音遠、ミモちゃん、そして宗介と二対二でのバトルなどをしてきたわけで、本格的にチームを組んでいる他プレイヤーとのバトルは、初心者狩りをしていたゴリ達以降はしていない。
「そうだな、そろそろお互いのヴンダーの特性や弱点を理解しておく必要もあるし、本戦じゃ連携も必須になってくるか」
案の定、フレンドリストには宗介のキャラ〈ソウスケ〉もログインしていたので予め呼び出しておいた。野良バトルが終わったら来るそうだ。ミモちゃん以外、ほとんど本名でプレイしてるとか逆に珍しいパーティーだな。クラスメイトとかに見られたら一発でバレそうだ。
「対戦チーム探してくるの」
ミモちゃんが俺とネオンにそう告げてアリーナエリアへ転移していった。そして、ミモちゃんと入れ替わるようにソウスケが姿を現す。
「お前、そのアバターやめろ。一緒にいると恥ずかしいんだよ……」
「失敬だなぁ。こんなにカッコイイのに(ファッサー)」
ソウスケのアバターは最早ロボのそれだ。ガチガチにアーマーを着込み、ゲーム中に使えるわけでもない銃火器が身体中のいたるところに装備されている。右腕には男のロマンであるパイルバンカー、背中には二門のキャノン砲、腰周りには六連装のミサイルポッド。お前どこの戦場行く気だよ。
「そういえばよ、このゲームって何か不自然なバグ多いよな」
「え、そう……なんですか?」
俺はゲームのレベリングを始めてからずっと気になっていたことを口にした。しかしネオンは気付いていなかったらしく、小首を傾げている。
ちなみに俺が確認したバグの例を挙げると結構キリがない。そして発見したバグの中には、僅かだがバトルを有利に進められる類の物まであった。
「まぁ、普通の奴には出来ない芸当だし、ほとんどは使い道がないバグばっかだけどな」
俺はプログラマーだった親父からガキの頃に聞かされたことがある。
ゲームには製作者が見落としたバグと、意図的に残したバグが存在すると――。
後者はいわゆる裏技と呼ばれるものである。
このヘッズベルでは、そのどちらかがイマイチ分からない類のバグが多数存在していた。
「私は全然気付かなかったですが、よくそんなの見つけられましたね」
「親父が作ったゲームのデバックによく付き合わされたからな」
そのせいで新しく始めるゲームは、色々な操作を試してバグを探す癖がついてたりする。
そういえばヘッズベルって、親父が作っていたゲームに似ているような。
ピロリンと電子音が鳴り、俺たちのチームチャットにミモちゃんから連絡が入った。
対戦相手が見つかったらしい。
俺たち三人がアリーナへと転移すると、ミモちゃんが受付で小さく手招きをして待っていた。
「ちょっ……!?」
対戦チームが表示されている電光掲示板を見ていた音遠が目を丸くしていた。一体何にそんな驚いているのか俺には分からなかったが、ネオンと同じ反応を示していたソウスケが苦い表情をしながら呟く。
「よりにもよって〝赤き制裁〟とはね……」
「なんだそれ」
「クロノス側のトッププレイヤーが集まる廃人チームだ」
赤き制裁。
それはヘッズベル・オンラインにおいて、上位ランカーを多数有する廃人クラン〝くりむぞん☆〟の中にあるチームのひとつらしい。他のオンラインゲームで名の知れたプレイヤーが多数所属している。とネットの掲示板に書いてあった。
「有償の大会が開かれることを見越して稼ごうとしているプロゲーマー集団てわけか」
所詮は練習試合だし、強い奴等とやった方が学ぶものも多いだろう。ていうかミモちゃん、よくこんな強豪とアポ取れたな。俺たちは無名だし、普通なら対戦を受けてくれないと思うんだが、――んっ? 誰かこっち来るな。
「うぬらが相手か、えっと……ガクシよ、これ何て読むのだ? 横文字はよう分からん」
「それは〝アッセンブル〟と読むのです。日本語で〝集める〟、もしくは〝組み立てる〟という意味を持ちます」
ネオンが決めた俺たちのチーム名は〈assemble 4th〉。
4thは四番目という意味ではなく、部隊を意味するForceと人数の4を掛け合わせたものらしい。ほどよく中二臭くて結構気に入っているのは内緒だ。
で、こいつら誰なんだよ。
「あんたらは?」
俺が愛想悪く尋ねると、ちんちくりんな少女が腰に手を当ててふんぞり返って答えた。
「我は〈くりむぞん☆〉のサブマスターであるファンだ!」
ファンと名乗った少女はミモちゃんと対照的で活発な印象があり、燃えるような赤い髪を短めのツインテールで纏め、猫の様に釣り上がった眼が俺を睨み付けている。ちょっと怖いんですけど。
「へぇ、サブマスの追っかけなのかぁ」
「ち、違うッ! ファンはキャラネームだ! 人をドルヲタみたいに呼ぶにゃ!」
冗談の通じない子だな、しかも噛んでるし。
「てことはあんたらが赤き制裁?」
「はい、今日はよろしくお願いします。僕は〈くりむぞん☆〉のマスターを務めているガクシと申します」
ちっこい方はともかく、こっちのメガネ兄ちゃんは礼儀正しい。
知的さを表すフレーム無しの眼鏡、漆黒のコートに真っ白な髪。今では死語となっているイケメンという言葉がしっくりくる顔立ち。いかにも強豪クランのマスターという感じで、落ち着き払った大人の雰囲気を醸し出している。リアルではどうなのか知らんけど。
「よろしく、でもうちのリーダーはあっちだよ」
俺はガクシが差し出した手をスルーして、腕を組んだ状態のままネオンを指差した。
「それは失礼した。では改めてよろしく」
「よ、よろしくお願いします」
ネオンのやつ、強豪だからってビビってんじゃねえよ。ミモちゃんを見習いたまえ、HMDしてるから音しか聴こえないが、さっきからポテチぼりぼり食いまくってるぞ。
「コガネ、コーラおかわり」
「はいはい」
大物すぎる。でもグローブのままポテチ食べるのやめてね。ギトギトになってるからね。
「それでは対戦フィールドでまた会いましょう」
ガクシはネオンと握手を交わし、自チームの待機ルームへと戻っていく。その時、俺の横をガクシが通り過ぎようとした直後――。
「お手柔らかに頼みますよ。アンチーター」
ガクシが俺の肩に軽く手を乗せてそう囁いた。
――こいつ……。
いや皆まで言うまい。俺はどこへいっても奇異の視線を向けられるオンゲ界のアウトロー。ゴリたちとのバトルで俺の素性はすでにバレている。
「さて、俺らも準備を始めるか」
「えぇ、やるからには勝利を目指しましょう」
「ははっ、僕に任せてくれたまえよ(ファッサー)」
「負けないの」




