第20話 ラッキーではないスケベなら罪に問われないという超理論
百歩譲って、百歩譲ってだ。俺が音遠を仕方なく家に招き入れたところまでは善しとしようじゃないか。それがだ――。
「どうしてこうなった……」
俺の根城である家賃二万円の安アパートの四畳半になぜ女子が二人もいるのだ。
なぁ、君もそう思うだろ? ミモちゃんこと樺山三森さん。
「お泊り会なの」
「可愛いパジャマまで用意してノリノリですね……」
俺は涙目になりながらミモちゃんにツッコミを入れていた。
音遠が俺の家に泊まると言い出したことを機に、何故かミモちゃんまでも付いてきた。俺は狭いから無理だと説明したにも関わらず、彼女は頑なに帰ろうとしなかった。宗介に迎えに来てもらおうと電話したが『楽しそうじゃないか、僕も行っていいかい?』などとほざいていたので即座に通話を切ってやった。
「それより桜庭君、物置小屋ではなくそろそろ御自宅に案内してもらいたいのですが」
「お前はケンカ売ってんのかッ!?」
これだから常識の無い金持ちは嫌いなんだ。
「ていうか、よく考えてみればホテルにでも泊まればよかったじゃねえか。金あんだろ?」
「それが……そうしようとしたのですが」
音遠が顎に手を当て真剣な顔で考え込んでいた。
「制服では駄目だと顔の見えない受付の方に止められまして、何故でしょうか?」
「それ絶対ラブホだよね!?」
「ら、らぶほ? ホテルにも種類があるのですね。それは存じませんでしたわ」
くっ、ビジネスホテルとラブホテルの区別もつかないとか、こいつ本当に世間知らずを通り越して単なる阿呆なんじゃないのか……。
その後、腹が減った俺は宅配ピザを注文。当然、代金は音遠に払わせ、狭苦しい部屋の中でピザを三等分して食べた。ピザとコーラ、それは人類が生み出した究極の組み合わせである。
「さてと、それでは行きましょうか。ミモさん」
「ちょっと待て。どこへ行く」
立ち上がり玄関の方へ向かおうとした音遠の肩を俺は掴んだ。嫌な予感がする。
「どこって、お風呂をお借りしようかと」
さすがに図々しいにもほどがある。
俺は口角を引き攣らせながら、怒りの表情を露わにしてみせる。しかし音遠には俺の怒りがまったくもって伝わっていないようで、キョトンと顔を傾けていた。
よーし分かった。どうせ言っても通用しないのなら俺にも考えがある。等価交換だ。俺の部屋の水道料金に代わる対価を支払ってもらう。
音遠はミモちゃんと共に浴室へと入っていった。
俺は考える。
ラッキースケベというのは偶発的な覗き行為の総称である。だから俺は敢えて自らの意思で覗きに行く。そうすることで、逆説的に罪に問われないという超理論が成立する!
俺は浴室前の引き戸を少しだけ開くと、シャワーの流れる音が聴こえ、湯煙が曇りガラスの向こうに見える。
やっべぇ、心臓バックバクしてきた。この薄いガラス戸一枚の向こう側に桃源郷がある。しかし迂闊に近づけばシルエットで簡単にバレてしまう。
こちらスネーク、匍匐前進による接近を試みる。このミッションは全人類(男子)の願いでもある。故に失敗は許されない。俺はそっと引き戸を開き前進を始めた。今は衣擦れの音すら細心の注意を払わなければならない。
そして俺は知っている。この浴場の中折戸は古くなっているせいで完全に閉まり切らないことをッ! 浴室内部と外部の温度差によって膨張した空気が戸を押し、一センチほど隙間ができることを俺だけが知っているのだ!! 等価交換による真理の扉がいま開かれん!
――み、みえ……。
「あれ?」
俺の視界に入ってきたのは、屈んだ状態で水鉄砲の銃口を向けていたミモちゃんだった。
「ぴゅー」
「ッ×△※○――――――――ッ!!」
熱湯が装填された水鉄砲の放出を目に喰らい、声にならない叫び声をあげて悶絶する。まるで予想だにしなかったカウンターアタック。現実世界でも反響定位の能力を使っているかのような正確無比な索敵に、俺の全霊を懸けたミッションはあえなく失敗に終わった。
「桜庭君、覗きは犯罪行為です。それは悪の所業ですよ」
「ま……待て、これは若さ故の過ちだ。話せば分かり合えるはずだ。サイコフレームの輝きが見えるはずだ」
「あなたはそれを表現してくれるモビルスーツに乗っていません」
風呂から上がり、仁王立つ音遠の前で俺は正座をさせられていた。蒸気した肌がほのかに桜色に染まっており、シャンプーの良い香りが部屋に漂っている。
「コガネも一緒に入りたかったなら言えばよかったの」
ミモちゃんの純粋さが俺の心を抉っていく。
「申し訳ございませんでした。二度といたしませんので、どうか許してください」
結局、俺は罪を認めて土下座していた。
「……はぁ、まぁ泊めていただいている恩もありますし、今回は不問にしましょう」
「しかし、本当にそんな服でよかったのか?」
音遠は俺が貸したTシャツとスウェット姿だ。一見するとそこらのコンビニでたむろしている不良みたいに見えなくもない。
「動きやすくていいですね、これ」
「それならいいんだけどよ」
一応、男物のシャツのはずなのだが、音遠の誇る豊かな双丘のせいで胸元がぱつんぱつんになっている。しかもノ、ノーブラとは恐れ入ったぜ。
「じゃあ俺はレベル上げするから、二人は適当に寝てていいぞ」
当然ながらパソコンは一台しか無い。宗介の家なら人数分ありそうなもんだがな。
「それなら私もお手伝いします」
「は?」
音遠は鞄からごそごそとタブレットとUSB付のHMDを取り出し、テキパキとした手際でゲームの準備を始める。そして、その横ではミモちゃんもすでにHMDを装着し準備を終えていた。お二方とも用意周到ですね。
「……そんじゃログインしますか」




