第19話 天驚院音遠とのラブコメ展開はありえない
今日も今日とてバイト終わりの疲れた体に鞭を打ちながら、俺はヘッズベルにログインをしていた。裏大会まで残すところ二〇日。レベリングは順調で現在115。この調子なら明日にはカンストである120に到達できるだろう。
俺はオンゲではソロ専門みたいな人間だったが、このゲームはチーム戦であるが故にどうしたって仲間が必要だ。そこで、俺とミモちゃん、音遠、そして宗介の四人で時間を合わせて対戦を行っていたのだが――。
「……って誰だお前」
「音遠です」
オケアノスでネオンと待ち合わせをしていた俺の前に現れたのは、あのゴツい出で立ちをしたテンゴウではない美少女キャラクターだった。
現実の音遠と同じ綺麗で長い黒髪。胸元の大きく開いた桔梗色の着物に紅い和傘を背負ったその和風アバターは、この未来然とした世界観には一見そぐわない姿だった。
「〈テンゴウ〉はセカンドキャラで、こちらの〈ネオン〉が私の本当のキャラなんです」
ネオンの話によれば、この和服アバターはサービス開始時に開催されたイベントで入手できたアイテムらしい。俺もちょっと欲しいと思ってしまった。
ゲームにも関わらず、その美貌は現実の彼女をかなりの精度で再現している。俺はそんな彼女の姿に思わず見惚れてしまった。
「そ、そんなに見つめられると……少し恥ずかしいのですが」
「べ、別に見つめてねえし! 勘違いすんじゃねえし!」
何度も言うようだが、俺は金持ちが嫌いだ。しかし、しかしだ――ッ!!
美少女は大好物です。
「ま、まぁ……似合ってるんじゃねえの。知らねえけど」
などと頬を掻きながらほざく、前時代的なツンデレを演じる道化がそこにはいた。
「ふふっ、有り難うございます」
さすがに周囲の人間からもてはやされているだけのことはあってか、俺の渾身のツンデレにもまったく動じず彼女は微笑んでいた。ラブコメ展開が始まるなどと、ちょっぴりでも期待していた自分を呪いたい。
「そういえば、桜庭君」
「おい、ゲーム内で本名を呼ぶなって何度言えばわかるんだ」
「あっ、ごごめんなさい。つい癖で」
「それで?」
「そろそろ登録用のチーム名を決めておきたいですが」
「あぁ、適当でいいぞ」
ネオンはやはりどこか常識が欠けている節がある。まぁ、だからこそ正義のヒーローになりたいなどと愚直な志を持っているわけだが。俺はそれが少し不安だった。
自らの力ではどうしようも出来ない非情な現実に直面した時、この少女は一体どうなってしまうのだろう。俺はそんな未来を思い浮かべて心が冷えていくのを感じていた。
真っ直ぐで、誰にでも分け隔てなく優しく、凛としている天驚院音遠という少女はどこまで強く正しくあれるのか――。
俺はそんな事を考えながら、ゲーム内に広がる払暁の空を見上げていた。
それから三日後の金曜日。
俺は学校の授業を終えてバイト先に向かうため、下駄箱で靴を履き替えていた。
「桜庭君」
「……どうした?」
校舎の出口で俺を待っていた音遠が話しかけてきた。以前に校内の衆目が集まる場所ではあまり話しかけてくるな、と念を押しておいたはずなのに。
「ちょっと、あの、その……」
音遠にしては珍しく歯切れの悪い態度だ。目を合わせようとしない。俺はそれをいいことに制服の釦がはち切れそうなほどデカい胸を見ていた。ふひひ、ゲスここに極まれり。
「バイトに遅れるだろ。はよ言えって」
「えっと、き、きょ今日ってアルバイトなんですよね?」
「あ? だからそう言ってるじゃねえか」
音遠の様子がおかしい。なぜか目が泳いでるし、心なしか顔も紅潮している。まるで告白する直前の女子みたいなイジらしさを感じる。俺はこういうシチュエーションに慣れてないので、どんな応対をしたらいいのか分からん。
「やぁ、コガネ君に天驚院さん! 今から帰りかい?」
樺山宗介が朗らかな笑顔と共に現れた。この状況――、邪魔が入ったと思えなくもないが、先日も体験した通り、音遠とのラブコメ展開は起こりえないはず。よって、面倒事を回避したのだと前向きに捉えておこうと思う。
「俺はバイトだよ。ちょうど良かった、何か音遠が相談したいことがあるみたいでよ。宗介、あとは頼んだ」
「あ、ちょっと桜庭君!」
俺は音遠を宗介に押し付けてその場を後にした。
宗介はちゃんと音遠の相談をこなせたのだろうか。そんな事をぼーっと考えながらレジに立っていると、バイトが終わる時刻ギリギリに見覚えのある幼女が入店してきた。
小学生オンゲ廃人のミモちゃんだ。
「コガネ、お疲れさまなの」
「おう、何か買いに来たのか?」
あの樺山邸での一件以降、ミモちゃんはたまに俺のバイト場に寄ってきてくれる。
「コーラ買いにきたの」
またか……、おかしいな。先週1.5リットルボトルを七本買っていったはずなのだが、もう全部飲み干したのだろうか。コーラを一日一本ペースとか恐ろしい。
「もう少しでバイトあがるから待ってな。どうせ一人じゃ持てない量なんだから」
俺は先週もこうしてミモちゃんが大量に購入したコーラを持たされ、樺山邸まで送り届けたのだ。そのせいでビニール袋を持った俺の腕がプルプルと悲鳴を上げ、翌日には運動不足がたたり筋肉痛になっていた。この娘は今までどうやって運んでいたのか不思議だ。
その後、バイトの先輩である大学生と交代し、雑誌コーナーで立ち読みをしていたミモちゃんのもとへ向かった。
「そんじゃあ帰りますか」
俺はこくりと頷いたミモちゃんを引き連れて樺山邸まで歩き出す。時刻はすでに夕方の六時を回ろうとしており、辺りは薄暗くなり始めていた。
ミモちゃんのリアルを知ってからも、彼女は何も語ることはない。ただ俺とゲームがしていたいからだと彼女は言った。しかし、本当にこれでいいのだろうかと俺は自分に問う。
――俺は自分の償うべき罪を増やそうとしているだけなのかもしれない。
裏ヘッズベルの大会が近づくにつれて、そんな罪悪感が胸に広がってくる。今更しなくてもいいバイトをいまだに続けているのは、そんな感情を紛らわす為でもあった。働いている時だけは余計なことを考えなくて済むのだ。
こうして横を歩いているミモちゃんにも、この先の人生、未来がある。俺の両親が奪ってしまった友奈ちゃんと同じ未来が――。
「コガネ……」
「ん、どした?」
俺の制服の袖を掴んできたミモちゃんが後方を見やる。しかしその場所には別に誰も見当たらない。気のせいだ。そう、気のせいだ。電信柱の陰から隠しきれていないデカい胸が見えているのは気のせいなのだ。
「よし、誰もいないな」
「ちょ、ちょっと――ッ!!」
俺が見て見ぬ振りして再び歩き出そうとした直後、隠れていた音遠が猛ダッシュで接近してきた。もう面倒くさい事この上ない。
軽く息を荒げて俺とミモちゃんの前に現れた音遠。学生鞄を肩に掛け、制服を着たままということはまだ家に帰っていないらしい。もしかして、俺がバイト中ずっと待っていたのかもしれない。
「ったく……何か用があるなら聞いてやるから早く言え」
俺は大きく溜め息を吐いてコーラの入ったビニール袋を地面に下ろした。もう腕の筋肉が限界だったこともあり、休憩するついでに音遠の話を聞いてやることにしたわけだ。
「…………桜庭君の家に泊めてください」
「嫌だ。無理」
「即答ですの!?」
理由は知らないが、大方予想通りの相談だった。
「樺山家にでも泊めてもらえ」
その為に宗介を押し付けてやったんだし。
「樺山くんには断られました」
「ほう、理由は?」
「天驚院家のご令嬢が泊まれるような部屋がないとかなんとか」
それを言ったら俺の安アパートの一室とかもっと駄目だろ……。
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