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神滅のヘッズベル  作者: くろえ
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第18話 ミモちゃんの泪

「まぁそんな報酬でいいなら、いくらでも受けてやるぞ」


「決まりだね! そうと決まれば僕はヘッズベルでの準備を整えることにするよ」


 樺山はそう言うと、パソコンを立ち上げてヘッズベルにログインを始めた。


「ちなみにレベルいくつだ?」


「もうとっくにカンスト済みさ。ただステータスの再振りはその裏ヘッズベルに合わせて、いくつかシミュレーションしておかないとね」


 これも意外だったが、樺山はかなりヘッズベルに詳しい奴だった。元々ゲーム自体はそこそこ上手い部類だったし、俺よりは学校の成績こそ下だが頭も良い方だ。まぁ、だからこそ俺はこいつを頼ったわけだが。しかし――。


「まだ対戦相手のチームも判明してないのにシミュしてどうする。愚か者」


「あっ、そうだね」


 やっぱ阿呆だ。


「それで、四人目はどこの誰なんだい?」


「あぁ、四人目は俺の知り合いだ。ミモちゃんていうキャラネームなんだが、お前も知ってるだろ」


 そう、樺山はミモちゃんを知っている。何故なら、そもそもミモちゃんは以前プレイしていたオンゲで、樺山がマスターを務めていたギルドに所属していたからだ。


「っ……!?」


 俺の言葉に樺山が顔面蒼白になり絶句していた。


「ど、どうした?」


「そうか……やはりそういうことだったのか」


 樺山はそう呟くと、真剣な顔をしながら椅子から腰を上げて、部屋を出て行った。


「何なんだよ……」


 しばらく待っていると樺山が戻ってきた。

 扉の前に立ったまま何故か俺の顔を見つめている。黙ったままジーっと見つめていたのだ。その不可思議な視線に俺は背筋がゾワゾワした。こいつ……やっぱりそっちの気があるんじゃねえのか、と的外れなことを頭に巡らせていた。しかし立った場所から数歩右にずれた樺山の背後にいた人物に俺は目を疑った。


「ミ、ミモちゃん!?」


 その場所には紛れもなく小学生の幼女・ミモちゃんが立っていた。

 白いゴスロリ風のドレスを着飾り、眼鏡を掛けているせいで一瞬分からなかったが、確かに以前、河原と喫茶店で出会った少女がいた。


「どうして……ミモさんがここにいらっしゃるのですか」


「樺山 三森(みもり)。僕の妹だ」


 な……んだと――。

 ミモちゃんは俺と音遠に小さくお辞儀をすると、部屋の中に怖ず怖ずと入ってきた。どうやら兄に気を使っているようだ。


「三森、そこに座るんだ」


 普段はうざいだけであまり喜怒哀楽の怒を表わすことのない樺山が、この時ばかりは語気を少し荒げていた。ミモちゃんは言われるがまま、カーペットの上に正座をする。その様は正にちっちゃくて可愛いお人形さんのようだった。きゃわたん! きゃわたん!


「あのさ、どういうことか説明してくれよ?」


 俺は内なる興奮を隠しながら、ソファに腰を掛けたまま樺山にそう尋ねた。


「それは僕も知りたい。三森、兄である僕にも解かるよう説明してくれ」


 俯いたままのミモちゃんが樺山の問いを黙殺する。そうして口を閉ざしたまましばらくの時が流れた。俺も音遠もただ黙って彼女の言葉を待っている。


「ゲボクだから……」


 ミモちゃんはたった一言そう呟いた。それは蚊の鳴きそうなほど小さな声。しかし、その言葉の意味が俺にはやはり解からない。


「下僕?」


「そう、私はコガネのゲボクなの」


 えぇ……すごく誤解を招く表現だよねコレ。確かにミモちゃんには色々と世話になってる。けれど、俺はこの子を自分の下僕扱いしたことなど一度もない。


「三森、まさかまだあの事を気にして……」


 樺山は暗い顔のまま言葉を濁らせる。何このシリアス展開。俺の過去語りでそういうの終わったんじゃなかったのかよ。


「話が見えてこないのですが、桜庭君、恐喝は犯罪行為ですよ」


「コガネ君に自覚が無いのは無理もないことさ」


 樺山がそう言い、音遠のゴミを見るような眼差しが俺に向けられていた。


「俺が恐喝した前提で話を進めるのやめてくれる?」


 自覚がないってどういうことなの。本当に解からん。誰か説明してくれよぉ!


「二年ぐらい前……」


 俺の心の叫びを察したミモちゃんが話を切りだしてくれた。


「宗介は過去にプレイしていたオンラインゲームで、コガネに何度も対戦を挑んでた時期があったの。でも宗介は結局一度もコガネに勝つ事ができなかったの」


 それは覚えている。本当にしつこいくらい挑まれたもんだ。


「そしてそのゲームを引退することを決めたコガネに、最後の勝負を挑んだの」


「そういえばそんな事あったな」


「その勝負で約束したことをコガネは覚えてる?」


「いや全然」


 俺は過去の記憶を遡ってみた。約束とやらは覚えていないが、俺が引退を決めた最後の勝負ということで、やたらと樺山の気合が入っていたような気がする。というか――。


「あの勝負……いつもよりかなり苦戦したな」


 剣と魔法の世界をテーマにした王道ファンタジーMMORPG『アーステア・オンライン』というゲームにおいて、俺は当時最強の装備とスキルを有し、対人戦に特化したステータスで並みいるプレイヤーキラー(PK)を狩るプレイヤーキルキラー(PKK)としてちょっとした有名人だった。俺をつけ狙う輩の中には、ラグスイッチやステータス改竄などを行ったチーターも多く、そいつらを薙ぎ倒していった結果、付けられた渾名が〝アンチーター・コガネ〟だった。かっこ悪いったらありゃしない。

 それはともかく、話が何となく見えてきた。


「最後の勝負――あの時、樺山のキャラを操作していたのは、ミモちゃんだったんだな。どうりで強かったわけだ」


 ミモちゃんはいつものように無言で頷いた。彼女の言う約束とは、負けた方が勝った方の言う事を何でも聞く。つまり下僕になるというものだった。しかしあの時すでにアーステア・オンラインの引退を決めていた俺にとって、そんな約束など意味の無いものだ。

 俺は対戦に勝った後、樺山にそう告げたんだ。それを今ようやく思い出した。


「それなのに、今の今まで律儀に守ってきたってわけか」


 大体あれは樺山宗介とした約束だ。ミモちゃんじゃない。


「約束は、約束なの」


「三森は僕以上に君にゲームを辞めて欲しくなかったんだ。だから最後のバトルは譲った。僕は散々負けてきたし、勝算も三森の方が高かったからね」


 本当はずっと気になってはいたんだ。ミモちゃんがどうしていつも俺の為に、稼げるゲームを探してきてくれるのか。でも敢えて考えないようにしていた。多分、普通に訊いたところで答えてはくれなかっただろうし、俺も答えを聞きたくはなかったんだ。


「ミモちゃん、君は俺の下僕なんかじゃない」


 俺はミモちゃんの前に立ち、彼女の目線まで腰を下ろした。

 確かに俺は自分の目的の為に、ゲームを楽しんでプレイすることを辞めた人間だ。いかに効率よくレベルを上げ、良いアイテムや装備を揃えるかだけに特化させてきた。いわゆる効率厨というやつだ。でも、本当に本気でお金を稼ごうと思えば、他にいくらでも手段があったはずなんだ。


 ――それをしなかったのは、やっぱりゲームそのものが好きだからだ。そして、その好きなものを一緒にやってくれるミモちゃんという友達がいたからだよ。


「もしミモちゃんがずっとそう思って俺に付き合ってきたなら……俺はそれがすげぇ寂しい」


 これは俺の心からの想いだった――。


「……私は、わた……しは」


 ゲームの中だと当然だが、普段は感情をほとんど見せないミモちゃんの肩が震えていた。小さな唇を引き結び、その先の言葉を口にできないまま黙っていた。そんな少女の肩に、優しく手を乗せた音遠が微笑を浮かべる。


「もっと正直になっても大丈夫ですよ」


 ミモちゃんは音遠の言葉で背中を押されるように、俺の顔を見つめ返してきた。そして大きな瞳から涙を溢れさせて、彼女は口を開いた。


「私もっと……コガネとゲームしたいの。それが楽しいの」


 その言葉を聞いて俺は安心した。本当はこの子を縛りつけてたんじゃないかって、心の隅っこで不安に思っていたから。


「俺もだよ」


 ミモちゃんの頭にぽんぽんと軽く手を乗せ、俺はそう言った。

 これも俺の心からの想いだ。


 その後、俺と音遠は樺山邸を出て、門の前に立っていた。

 用事を終えたが、見送りに来ていた樺山に俺は確認しておかなければならない。


「樺山……あのさ、本当にいいのか? 俺がミモちゃん巻き込んでるんだぞ?」


「甘く見ないでくれ給(たま)へ!」


 遠慮がちに尋ねた俺に対し、樺山は見慣れたうざい態度で答える。


「――三森は僕の妹だ」


 説得力なんてまるで無いはずなのに、不思議とその言葉を何故か認めてしまった。


 音遠も口を手で覆いクスクスと笑っている。


「じゃあ、また明日な。かば……――宗介」


 俺は久しぶりにゲーム仲間の名前を呼んだ気がした。


「あぁ!」



† † †



 その日の夜、俺は夢を見た。

 別に珍しくもないが、見るに耐えないいつもの悪夢だ。

 音遠には俺が飄々と語っているように聞こえたかもしれない。いや、実際にそういう話し方をしたのだが、それはただの俺の見栄で、強がりに過ぎないのだ。

 今でも鮮明に覚えている。

 横転して燃え上がった車体。

 揺らめく炎の中で多くの死体を見た。その中には俺の両親も含まれている。

 あの時に俺は何もかもを失った。

 事故で犠牲になった人々の声が聞こえるんだ。そしてうなされ続けた。

 自分に責任など一切ないことを頭では理解していても、それは拭えない過去の忌まわしいトラウマとなっている。

 その現実と悪夢の中で唯一つだけ、俺と同じように生き残った少女だけが希望だった。

ブックマークと評価してくださっている方々ありがとうございますmm

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミモちゃん良い子すぎて泣いた
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