第15話 眠り姫
今回から更新は隔日になるます。
「ここから歩いて一五分ぐらいだ。そう遠くない」
喫茶店から出た俺が振り返り、音遠とミモちゃんにそう告げる。向かう方向を確かめた音遠が俺の横に並んで歩き出した。
「それで、さっきの話の続きですけど」
「あぁ、分かってるよ。ただ、その前に俺の昔話からだな」
気がつくとミモちゃんも俺の横に並んでいた。
「俺の両親は、俺が八歳の時に交通事故で死んだんだ」
「い、いきなり重い話からきましたね」
「そうか? まぁよくある話だろ」
それからのことを、俺は歩きながらポツポツと話し始めた。
事故は全面的に俺の両親側に非があって、その自動車事故で死んだのは、両親を含めて六人。賠償金や慰謝料はそりゃとんでもない金額だった。ただ両親は保険にも入ってたし、小学生だった俺に返済能力なんてあるわけもないので当然のごとく免責になり、お金を支払う必要もなかった。
「そこからは親戚の家をたらい回しだな。これもよくある話だ」
「よくはないでしょ……というか、そんな壮絶な過去をよく飄々と語れますね。でもそれならどうして守銭奴みたいになったのですか?」
「お前に言われるとすげー腹立つのな!」
音遠が悪戯っぽく微笑む。こいつでもこういう冗談言うんだな。まぁ変に気を使われるよりはいいけどよ。
「さてと、着いたぞ」
「ここは……」
俺たち三人は、とある施設へと来た。
正面口から入り、いつものように面会の受付を済ませて目的の個室へと向かう。
ここへ来るのは一週間振りだ。
個室へと入ると、そこにはいつもと同じ光景が広がっていた。
「友奈ちゃん、今日はな……俺の友達も一緒に来てくれたんだ」
俺は真っ白なベッドに横たわる少女に声をかけた。八年間、こうして声をかけ続けてきたものの、彼女がそれに応えたことなど一度もない。醒めない夢の中で一体何を見ているんだろうか。これも八年間ずっと考えてきたことだ。
「妹さん……?」
「まったくの他人だよ。秋吉友奈、歳は今年で一〇歳になる」
この療護センターは、交通事故などで治療や介護が必要になった患者が収容される施設だ。彼女は八年前、俺の両親が引き起こしてしまった交通事故の被害者の一人だった。
「あの事故で、この子の両親も亡くなった」
「じゃあ、桜庭君がお金を貯めている理由は彼女のため? 医療費を支払うために……」
半分正解で半分ハズレ。俺は心の中で音遠にそう返し、眠り姫の頭を優しく撫でる。
「目覚めないんだ」
「え……?」
彼女が今の医学で意識を取り戻す可能性は限りなくゼロに等しい。その事実を知ったのは三年前のことだった。こうして面会に来ていた時に、たまたま看護士の人達がそう話していたのを聞いてしまった。
「それでも八年間、この子は成長してる。背も伸びてるし、顔も女の子らしくなってる」
時間は残酷だ。何もしなくても、こうして眠っているだけで当たり前のように過ぎ去っていく。見たいもの、触れたいもの、やってみたいことなんていくらでもあったはずなのに。
「天驚院、コールドスリープって知ってるか?」
「それって、よくSFとかに出てくるものでしょう?」
「いや、もう技術は確立されてるんだ」
今から三年前の二〇二七年、アメリカの研究機関で冷凍睡眠の実験が成功し、懸念されていた細胞壊死の問題もクリアし実用化が進んでいる。
「俺も詳しいことは解からないが、金さえ用意できれば彼女を……」
「た、他人のあなたがそんなこと……無理よ! この子の親類の方々が許さないわ」
「事情は全部話してある。金も俺が用意すると約束した」
友奈ちゃんの親類は、このまま医療費を払い続けるよりはと納得した。しかし問題はやはりその費用だった。
「遺体を冷凍保存するクライオニクスと違って、生きている人間を冬眠状態にするには莫大な金が掛かるんだよ」
「いくらですか?」
「…………一〇〇万ドルだ」
現在のレートで言えば日本円にして一億三千万円程度。
「でもそれは基本料。そこから何年間契約するかで費用も変わってくる。一〇年以上の契約なら軽く六〇〇万ドルはかかるらしい」
「なるほど、それであなたが賞金を全て欲しがった理由がわかりました」
そう言った音遠の表情はどこか複雑だった。
「何か不満でもあるのか?」
「……桜庭君、気持ちは解からないでもないですが、そこまでする事はないでしょう? 事故の責任はあなたには無いんですよ?」
「そう思うなら、お前が俺の代わりに金を出してくれよ」
「そ、それは……」
「冗談だよ」
無茶なことなんてわかってる。でもこうすることでしか、俺がこの子に報いることができないのなら俺はやる。それを決めたのが三年前だ。
「コガネのやりたいこと。それを手伝えばコガネは嬉しい?」
俺の制服の袖を掴みながらミモちゃんが訊いてきた。
「……ワガママを言えば、そうしてくれると嬉しい。何より、勝つためにはミモちゃんの力が必要だ」
「わかったの」
「天驚院、目的はお互い違うけど……俺は全力で勝ちにいく」
「当然です! それと、今後は私のことは音遠と呼んでください。苗字で呼ばれるのはあまり好きではないので」
「お、おう」
そうして差し出された彼女の手を握り返し、俺たち三人は二ヶ月後に迫る裏ヘッズベル大会へと臨む。
俺のやろうとしていることは自己満足だ。
でもそれを成さなければ、きっと俺は前に進めない。目の前にそのチャンスがあるのなら、俺には迷う余地なんてない。




