第14話 受諾
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普段、品行方正で金持ちのお嬢様らしく振舞っている音遠の口から、「潰す」などという荒々しい言葉が出たことに俺は少し驚いた。
「……いまいち要領を得ないんだが」
「ヘッズベルというゲームを開発、運営している株式会社スピーシーズは、天驚院財閥のグループ会社。つまり私の父親が経営している会社の一つでもあるんです」
「……」
株式会社スピーシーズ。日本では五指に入る大手ゲームメーカー。
コンシューマからアーケード、遊技機、パソコン用と多くのヒットタイトルを抱え、日本のみならず海外でもファンが多い。
そして、俺の親父がかつてプログラマーとして勤めていた会社でもある。
テーブルの上で握られた音遠の手が僅かに震えていた。それでも彼女は話を続ける。
「裏ヘッズベルは賭け試合と言っても、参加する人達自身がお金を賭けているわけではないの。お金を賭けているのはモニター越しに試合を観戦している裏社会の人間達。国際的な巨大ファンドが絡んでいるらしいのですが詳細は不明です。そしてプレイヤーのほとんどが多額の借金によって、強制的に参加させられている債務者達なのです」
「……マジかよ」
音遠の話が事実なら、その大会は完全に違法だ。
「大会で優勝したプレイヤーは借金が帳消しになり、さらに莫大な賞金を得ることができる。でも……負ければそこで終わり。具体的には知りませんが、国外や地下深くでの強制労働を死ぬまで強いられるらしいです」
「にしても賞金一〇億って凄すぎないか?」
「企業側からすればそこまでの大金ではありません。それ以上の市場価値があるのでしょう」
俺はあまりにも非現実的な話に遠い目をしていると、感情を抑えていた音遠がテーブルを強く叩いた。
「だけど私は! 私はこんな非道で悪辣な行いを許せない!」
「バッ……声でけえって。お前キャラ変わりすぎだろ」
周囲の視線が一斉に俺らのテーブルへ集まってしまい、俺は即座に音遠をなだめる。
ただでさえ無駄に目立つ容姿してるんだから自重しろよ。
「コ、コホン……とにかく、そんな正義にもとる行いをしている父を、私は許せない」
「お前らしいっちゃらしいけどな。でもな、その裏大会で優勝したって何も変わらんだろう? 賞金使って会社の株でも買うのか?」
「いえ、事はもっと単純です。父は優勝すれば私の願いを一つ叶えてくれると約束しました」
「んなバカな……」
「父は超が付くほどの実力主義者で、全てにおいて結果を優先する男。結果さえ出せば約束を反古にしたりしないプライドの高い人なのです」
俺は音遠の話から彼女の父親をイメージした。
あまり認めたくはないが、彼女の父親は俺とどこか考え方が似ているのかもしれない。欲しい物は己の力で手に入れることを信条とし、それを決して曲げることはない。ただ、似ているだけだ。借金を肩に人生を賭けたゲームをさせるなんて悪趣味なのはノーサンキュー。そういう意味では、音遠の暑苦しい正義心に共感できなくもない。
「事情は大体わかったが、もう一つだけ質問だ」
「何でしょうか」
「負けた場合はどうなる? 俺達は借金なんてないからノーリスクで参加できるのか?」
俺の問いに音遠は少しだけ躊躇ったように目を背ける。そして言い淀みながらも彼女は口を開いた。
「…………今大会の参加者。その全員分の負債を肩代わりすることになります」
大体予想はしていたが、改めて聞くとげんなりする条件だ。だが俺の腹はすでに決まっていた。それに負けた時のことは、考えていても仕方ないのでどうでもいい。
「分かった。ただし、お前の依頼を受けるには条件がある」
俺は音遠の顔の前で一本指を立てた。
「条件?」
「大前提として、優勝した時の賞金は全て俺が貰う」
「なっ……さすがにそれは駄目ですよ!」
「お前は金なんて要らないんだろ?」
「私は確かに必要ないですが、それじゃミモさんはどうするんですか! それに一〇億円ですよ? あなたとミモさん、二人で分けても一人頭五億もあれば多すぎるぐらいじゃない!」
再び声を大きくして音遠は俺に訴えかける。
俺はそんな彼女の言葉に眉根を上げて答えた。
「お前、一般人が一生で稼げる金がどれくらいか知ってるか?」
「え……えっと」
音遠が言葉を詰まらせるのも無理はない。彼女は一般人とはかけ離れた生活水準、上流階級のお嬢様だ。庶民の暮らしが分からない以上、その総所得など知る由もない。
「平均して二億から三億円ぐらいだ」
「だったら五億も貰えれば十分じゃないですか」
「馬鹿かお前は。確かに五億といえば大金だ。俺が身を粉にして一生働いても得られるかどうか分からん。ただ社会的に抹殺されるリスクを考えれば、人生二回やり直した程度で稼げる金額じゃ、割に合わないと言ってるんだ」
俺の回答に戸惑った音遠が、横に座るミモちゃんを見やる。
「お金は別に要らないの」
ミモちゃんは無表情のままそう答え、ストローでカフェウインナーを啜る。
「本当によろしいんですか? それだと参加してもリスクしかありませんよ?」
どうでもいいけど、小学生相手に敬語って違和感あるわー。
「コガネに付いていく。それだけでいいの」
「すまないなミモちゃん。でもこれだけはどうしても譲れない」
「そう……ですか、ではお二人は大会までレベル上げをしてください。大会は二ヶ月後の六月六日の深夜一二時からです」
「ふむ。そういえば、ヘッズベルのレベル上限ていくつなんだ?」
「現在の仕様だと120レベルでカンストですね」
まぁ二ヶ月あれば問題ないか。そこまでレベル上げが難しいゲームじゃないのはやってみて分かった。とにかく試合数をこなせば自然と上がっていくだろう。むしろレベル上げよりも戦略とかヴンダーの研究に時間を費やすべきか。
そんなことを考えている途中、音遠が怪訝な視線を俺に送る。
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「ん?」
音遠は少し改まったように姿勢を正す。
「負ければ五億でも一〇億でも関係ないじゃないですか。本当にリスクを考えるなら参加自体しない道を選択するはず。そうまでしてお金が必要な理由はなんですか?」
音遠からすれば当然の疑問だ。
俺はスマホを取り出し時刻を確認する。そしてそのままテーブルの端にあった伝票を掴んで立ち上がった。
「寄りたい場所がある。歩きながらでもいいか?」
「え……?」
音遠は狐につままれたような顔をしていた。
「どうした?」
「あ……あ、いえ、まさか素直に話してくれるとは思わなかったものですから」
音遠が珍しく挙動不審な態度で俺から視線を逃がした。
「理由はどうであれ、チャンスを貰えたことには感謝してるんだぜ? それに隠したところで一文の得にもならんしな」
俺はそう言いながら鞄を肩に掛けてレジへと向かった。
外へ出ると、夕日が沈みかけ、空は徐々に藍色へと染まりつつあった。




