第13話 ヘッズベル・エヒト
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「どうしてこうなった――ッ!」
俺がミモちゃんの待つテーブル席へと戻ると、当然のように天驚院音遠が座っていた。
「コガネ、おかえりなの」
「あぁ、ただいま……じゃなくて!」
俺はテーブルに手をついてミモちゃんへ抗議する。
「――なんでコイツがここに座ってるんだ!」
ミモちゃんはキョトンとした顔で、俺と優雅に紅茶を啜っている音遠の顔を交互に見ている。
「それは私が答えます、桜庭君。いえ、コガネ君と呼んだ方がいいかしら?」
ティーカップをソーサーへと置いた音遠は蟲惑的な微笑みを浮かべてそう言った。
「天驚院……お前まさか」
「はい、私がテンゴウです」
うっそだろ……こいつがあのゴツいアバターのリアルプレイヤーだってのかよ。
俺は席に置いてあった学生鞄を掴んで肩に掛ける。
「そんじゃ、帰るわ」
「ちょ、ちょっと! ここまで来ておいてそれはないでしょう!?」
有無を言わさぬ俺の言動に音遠が慌てた様子で立ち上がる。
「俺はお前とは関わりたくねえ」
「ッ! 桜庭君! あなたが私の事を嫌っているのは自覚しています。でも話ぐらい聞いてくれてもいいでしょう? その為にここへ来てくれたのではないんですか?」
俺は音遠の言葉を無視して立ち去ろうとした時、制服の袖をミモちゃんが握っていた。
「コガネ、帰っちゃダメ」
その言葉はどこか真剣で、袖を握っていた手も力強いものだった。
「ミモちゃん……」
俺は仕方ないとばかりにドカっと席に腰を下ろす。ただし視線は音遠に合わせず、ガラスの向こう側にある町並みを眺めていた。
俺の不躾な態度に嘆息しつつ、音遠も座席へと着く。そしてしばらく沈黙が続いた。
このまま黙って時間が経つのは勿体無い。タイムイズマネーで、言いたいことも言えないポイズン状態じゃ、金が稼げないので仕方なく俺が切り出す。
「それで、話ってなんだよ」
俺はジトっと視線を音遠に向ける。
「そうですね……どこから、いえ何から話せばいいのかしら」
「馬鹿にしてんのか?」
いちいち勿体つけるんじゃねえよ。イライラすんなコイツ。
「そういうつもりはないのですが、あなたもその喧嘩腰な態度は少し遠慮してくれないかしら? あまり気分のよいものじゃないです」
俺と音遠の間に視えない火花が散っていた。
「へいへい」
「はぁ……話を続けましょう」
音遠は脇に置いていた鞄の中からタブレットを取り出した。それをテーブルに置き、画面が俺とミモちゃんに見えるようこちらへ向ける。
その液晶に映っていたのは、見覚えのあるウェブサイトだった。
「神滅のヘッズベルの公式サイトです」
「見りゃわかる」
「ですよね」
言いながら音遠は会員用ログインページを開き、メアドとパスを入力した。
「なっ!?」
その直後、ヘッズベルの公式サイトが黒く染まっていく。
無駄に禍々しく変貌を遂げた公式サイトに、新たなタイトルロゴが浮かび上がった。
〈神滅のヘッズベルecht〉
「神滅のヘッズベル……エ、エチット? なんだこれ読めん」
ロゴの下部にサブタイトルのようなアルファベットが追加されていたのだが、それは俺の知らない単語だった。
「エヒト……ドイツ語で『本物の』とか、『真』という意味なの」
俺の横でミモちゃんが訳してくれた。
「またドイツ語かよ」
このゲームの開発者は、どうしてこう厨二臭い感じが好きなのかね。
「このページは特別な人間しか存在を知らないものです」
「有料会員限定とかか?」
「いいえ、むしろ大半は逆です」
俺は音遠の言っている言葉の意味が解からなかった。有料会員の逆は無料会員のはず、しかしヘッズベルは基本無料、一部課金システムを採用しているオンラインゲームだ。
ではこの〈ヘッズベル・エヒト〉とは何なのか?
「それで、このエヒトと俺がお前に協力することに何の関係がある?」
「このエヒトは、いわゆる裏のヘッズベルなのです」
裏ってなんだよ……アダルトビデオかよ。
「つまり、このエヒトからログインしたプレイヤーだけが参加できる賭け試合が存在する。私はそれを裏ヘッズベルと勝手に呼んでいるのですが、このトーナメントにあなたとミモさんの二人をチームメイトとして迎え参加したいのです」
えらく神妙な面持ちで音遠はそう言った。
「賭け……試合?」
「えぇ、ちなみに優勝賞金は一〇億です」
「はあぁ――ッ!? 一〇億!? そりゃ日本円でか? ドルか? それともジンバブエドル?」
「……なんでジンバブエ? 日本円です」
音遠は俺の食いつき様に若干、顔を引きつらせて答える。
ゲームで優勝するだけで一〇億円もの大金が手に入る。いまだに信じられないが、目の前にいる天驚院音遠は確かにそう言ったのだ。
「ってそんな美味い話があるわけねえだろ」
確かに世の中には、賞金の出るゲームの大会がいくつも存在する。それらに出場して生計を立てているプロゲーマーと呼ばれる人達もいることは知っている。しかし海外ならともかく、日本ではまだマイナーな職業だし、稼げる金額も一部のトップクラスプレイヤーでもなければ、目を見張るような金額ではないはずだ。ましてや一大会の優勝賞金が、億を超えるゲームなんて聞いたことがない。
「信じられないのも無理ないですが、私があなたに嘘をつくメリットがないでしょう?」
「単なる嫌がらせという可能性もある」
「私のことをなんだと思ってるんですか……」
音遠はこめかみに手を当てて深い溜め息を漏らす。
そんな彼女の様子を見て、俺はいい加減に話が進まないのが面倒なので核心を突いた。
「仮にだ――」
俺は前置きをひとつ入れる。
「……?」
「仮にその話が本当だとして、なぜ俺をチームに誘う? 目的はなんだ?」
僅かに下がった俺の声のトーンで音遠の表情が曇る。
「お前はそれを俺に説明する義務がある」
俺はさらに言葉を付け加えて回答を促した。
お互い目を逸らさずに訪れた沈黙。俺の方が質問をしたにも関わらず、音遠の眼差しは俺を品定めするかのように真っ直ぐ向けられていた。
「私の目的は、この裏ヘッズベルを潰すことです」
今更ですが、ヘッズベルとはドッジボールの原型となったドイツの室内競技が名称の元ネタです。




