267 新人ローテーション研修 攻略サポート編41
「というわけで、ダンジョンの担当者が謎の鼻痛によって早退したため、メガネ先輩が代わりに、ダンジョン外側からのバックアップを担当することになりました」
「ありえる? そんなこと?」
メガネも思わず突っ込まざるを得ない、驚愕の事態であった。
どういうことかと言うと、現在、攻略サポートに向かう筈だった中級ダンジョンがダンジョンマスター不在の状態になり、その代役としてメガネに白羽の矢が立った。
というのが正しいイメージだろうか。
これまで説明してきた通りに、ダンジョンには基本的に管理者が存在する。
管理者がどんな仕事をしているのかと言えば、文字通りダンジョンの管理、今までのお問い合わせで見て来たような、ダンジョンに関わるありとあらゆることの管理だ。
とはいえ、全てのダンジョンをダンジョンマスター一人が、かぶりつきで監視しているわけはない。
人間を辞めた怪物が全力を注げば可能かもしれないが、普通はそこまでのことはできない。睡眠を必要としない生物はこの世界でもそう多くない。
それ故に、大抵のダンジョンは複数の管理者を立てたり、不在の時にも管理できるシステムを構築したりする。
ダンジョンマスターが不在になった途端、崩壊するダンジョンというのは可用性が乏しいと言わざるを得ないだろう。
だが、それはあくまで完成したダンジョンの話。
運用のための人員配置を完了し、サービスを開始してからの体制の話である。
まだ作製途中のダンジョンで、その検証のために人間が入るというなら、いろいろと話は変わってくる。
作製途中のダンジョンとは、まだバグ取りが終わっていないゲームのようなもの。
そこに人間を投入してデバッグをさせるのなら、当然ながらバグに遭遇する可能性が高い。
これがゲームだったら、進行不能バグに遭遇したとて電源を落とせば良いだけだが、人間が入るのなら、何かあった時に外側から助け出せる仕組みは欲しい。
入っている人間ごとダンジョンをリセットしました、では済まないのだ。そんなことをして良いのはデスゲーム目的のVRMMOくらいだろう。
そういう意味で、攻略サポート中はダンジョンマスター不在というのは厳しい。不測の事態に対応できないと困るのである。
……正式運用開始した後のダンジョンであってもバグが出ることはあるが、それはまぁ、その時はその時だ。
というわけで、バックアップの必要性が分かった所で、翻ってこの中級ダンジョン。
そもそも、前任者からの引き継ぎもまともに出来ておらず、責任者不在になった時の対応も決まっておらず、開発を行っている者達も横の連携が上手く取れておらず。
そして何より、Solomonの知識が微妙と来ている。
はじめから終わりまで、徹頭徹尾チグハグなダンジョン開発プロジェクトであった。
カワセミがその話を聞いたときに、思わず素で「まじか……」と言ってしまうレベルである。
この時点で、本来だったら『ちょっと契約に問題がありそうなので、一度本社に戻って改めて確認させてもらいます』と言って帰る場面だったが、今は微妙だ。
何故ならこれは、新人研修の皮を被ったメガネによる監査みたいなものだったから。
この時点で『問題有り』と判断してしまったら、このあからさまに何か埋まってそうな会社から、本社の某かの不正を掘り出す機会を損失してしまう。
そんなメガネの立場を考えた上で、カワセミが提案したのが『代理の担当者を出す』という離れ業である。
「だってメガネ先輩しか居ないじゃないですか。一切の引き継ぎなしでもダンジョンの大枠を把握できて、責任者なんか居なくても即座に判断できて、しかも開発方面の知識があって、Solomonのことを隅々まで把握している人材が」
「問題はそこじゃないと思うんだよな」
カワセミの言っていることはもっともであったが、問題はメガネが所属している会社がここではないことだろう。
だが、カワセミの提案自体が、相手方にとっても渡りに船であったのは事実である。
恐らく自分たちがなんのダンジョンの設計をやらされているのかも知らない技術者達は、突然の攻略サポート到着、及び不祥事でこう思ったはずだ。
この提案に乗れば、自分達の責任で取引先に不信感を与えるのを回避できる。しかも何かあった時の責任も、相手方が多少受け持ってくれる。
とあらば、カワセミの提案に乗るのもやぶさかではないというもの。
そして、立場上突っ込まざるを得ないメガネであっても、カワセミが内心で何を考えているのかもまた分かる。
あえて心の会話を表記するならこういうことだ。
(メガネ先輩を情報にアクセスしやすい場所に配置できますよ!)
(別にそこまで気を使ってもらわんでも、こっちでいくらでもどうにかするけどなぁ)
ということで、色々な人間の思惑が混ざり合い、そういうことになった。
ありえない人間とありえない職場とありえない人材が重なって起きた奇跡である。
実際、Solomonの知識が微妙な人間が、外部バックアップを行うというのは中々にスリリングなことでもあるのだ。
だって、知らない奴が適当に弄って『アバター再生成式ダンジョン』から設定を変更でもしてしまったら、簡単に人死にが出てしまうのがダンジョンなのだから。
まぁ、そうならないために、そのあたりの設定変更は、かなり厳重なロックが掛かってはいるのだが。
「まぁ、事情は分かった。相手方が受け入れてるって言うなら仕事はしよう。それで良いなカワセミ?」
「はい。ご迷惑おかけしますがよろしくお願いします」
事情説明を受けた所で、メガネは凄まじく微妙な表情をしながら提案を受けた。
一緒に研修に来ていた新人達も『えぇ? この会社大丈夫?』という心情を全く隠さぬ表情をしていたものである。
まぁ、その新人のうち一人はこんな感じだったが。
「つまりアレっすか? 私達が詳細も知らないダンジョンを汗水流して攻略するっていうのに、メガネ先輩だけは快適な部屋で優雅にウォッチングと?」
「お前だけアバターの再生成切ってやろうか?」
「ナチュラルに人殺し!」
なお、ドラ子は別にアバター再生成式が切られたところで、数ある命を一つ消費して復活するだけだ。
とはいえ、それはあくまで異常値なだけであって、この世界でも普通の人の命は一つである。
「ええと、話は分かりました。ただその、研修は? 大丈夫なんですか?」
「いや、なんとなく先輩が新人研修受けるレベルじゃないってことは分かってる、ますが」
マイマイとビッグ天丼は、ドラ子と違って少しだけ不安そうである。
短い付き合いだが、このメガネが新人の研修を受けるレベルでないことは分かっている。
だから、どちらかと言えば、慣れない研修先で頼れる先輩が一人消えることに対する不安のようなものを見せていた。
さらに言うと、何かあった時に使えるヒーラー兼タンク兼スカウト兼バッファー兼アタッカーという、十徳ナイフばりに汎用性の高い手札を失うことに対する、残念感のようなものだろう。
それに対して、メガネはドラ子に見せたのとは違う柔らかな苦笑いを返した。
「そう不安そうな顔をするなって。もともとカワセミがお前らの担当なんだぞ。俺はただのオマケだ。新人は目の前のことを必至にこなしておけば良い」
そして、チラッとカワセミに視線を流せば、彼女は頷いて胸を張る。
「はい。メガネ先輩の仰る通り、私がしっかりと皆さんを指導しますから、心配しないでくださいね」
「……はい!」
「わかりました」
ということで、ひょんなことから思わぬ展開を見せた此度の『中級ダンジョン攻略サポート』は、メガネ不在の四人で突き進むことになるのであった。
「ていうかメガネ先輩がダンジョンの情報見れる立場になったなら、私達別に今日ダンジョンに突っ込まなくても良くないですか?」
「それを言ったらおしまいだろうが」
ドラ子がぼそっと言ったことは、かなり芯を貫いていたが、流石にこのイレギュラーな状況で、即座にそう方向転換するのもどうかと思えた。
とりあえず、今日の冒険が失敗したら助け舟程度は出そうとは、メガネも思ったが。
こいついっつも出先で仕事してんな……
PS.いつの間にか100万文字を超えてました。
あらためてこんなニッチな作品を読んでくださってありがとうございます!




