266 新人ローテーション研修 攻略サポート編40
まるまる講義一つ分の時間を費やした転移の後、さらに中継点を挟んで辿り着いた今回の研修先。
初回のゴブリンダンジョンの所と比べて、大分規模が大きいダンジョン運営グループであることは、案内された先がダンジョンのコアルームとは関係ない、時空の狭間に設立された社屋であることから分かった。
先のダンジョンが、コアルーム前のオフィスの一室規模であったことから、その違いは明らかであろう。
会社の規模と仕事ぶりが一致しないのはよくあることだ。
Solomonの攻略サポート、および新人研修のグループであることを受付に伝え、しばらく待った所で現れた担当者(比較的若い男)に案内されて辿り着いたミーティングルーム。
その一室にて開口一番に担当者が告げたのが、次の一言である。
「ま、とりあえず。なんか良い感じにお願いします」
「……はい?」
さすがのカワセミをして、思わずそう尋ね返していた。
それから数秒の、いかんとも形容し難い間を置いて、カワセミが続ける。
「ええと、それだけでしょうか?」
「え? はい」
「何か、貴社の側からの説明や、ご要望などは?」
「そういうのも、こう、全部おまかせな感じでお願いします。しゃす」
カワセミは眉間に皺を寄せたくなるのを、必至で堪えた。
言うまでもないが、攻略サポートを始める前のミーティングは、それなりに大事な場である。
相手の要望の確認と、こちらの予定の擦り合わせ。
先のゴブリンダンジョンでは、担当者の『しろべこ氏』に、依頼内容から読み取れた意図を確認しつつ、要望の再確認等を行った。
攻略サポートはタダではないのだから、見当違いの攻略サポートをして時間と金を無駄にしないために必要な措置である。
円滑に仕事を進める上でも、両者のコンセンサスを取って作業に臨むのは、当たり前どころの話ではない。
ないのだが、今回の研修先はこうであった。
そりゃ、全く中身のないダンジョンの情報を送ってくるだけのことはあった。
「い、一応ご確認なのですが、頂いた案件の情報は『中級ダンジョン』であること以外一切無く、重点確認項目も無しなので、こちらとしては単純な結果報告しかできない可能性も高いですが、よろしいのでしょうか?」
「ま、とりあえず? その辺もそちらが上手くやってくれるって前任者から聞いてますんで? いつものように上手くやってもらえれば?」
清々しいほどの丸投げであった。
そもそも、本当に前任者から担当ダンジョンの話を聞いているのかすら怪しいレベルである。
というか、担当者が変わったんなら、その顔つなぎくらいはしろよ、とカワセミが心中で悪態をつくレベル。
むしろ前任者飛んだか? と心配になってくるレベルである。
(メガネ先輩。ちょっと良いすか?)
(なんだ?)
そんな様子を横で見ていた新入社員一号が、目の前でやや困っているカワセミを尻目に、何やら違う事に集中していたらしいメガネにアイコンタクトを試みる。
(この世界って、舐めた奴殺したら罪に問われる世界っすか?)
(それが罪に問われない世界はそうそうないなぁ)
(惜しい)
今回の担当者があまりにも『しろべこ氏』と違い過ぎて、ドラ子の瞳孔は開きっぱなしであった。
もはやその目は温度を感じさせぬ爬虫類のそれとなっていたが、辛うじて残った理性が凶行に待ったをかけていた。
いざとなったら力付くで止めないとかぁ、とメガネが考えていたところで、この担当者と話していても時間の無駄と判断したカワセミが話を切り上げに入った。
「……承知しました。今回のサポートに関してはこちら側で自由に行わせて貰います。ダンジョンの案内と、一部権限、及び一時滞在許可を頂けますか?」
「あ、ダンジョンの案内は出来るんですけど、他のことはちょっと分かんないんで待ってもらって良いすか?」
「…………どうぞ」
カワセミの表情は、だんだんと苛立ちが抜けて綺麗な笑顔に近づいていた。
この担当者と話をしていても、有意義なことは何一つないという判断からであろう。
前任者やっぱ飛んだか? と疑惑がそっちの方に傾いていた。
普通、そういう諸々の許可などは、取引先がやってくるまでに用意しておくものであって、こちらがくれと言って出てくるのはおかしい。
ろくに仕事の準備もできてないのは、何も教わってないからなのでは、と一欠片くらいの同情も感じはじめるレベル。
なのだが、自分の担当でない分野への連絡を終えたあと、担当者は『あっ』て顔をして、ようやく言った。
「申し遅れました。今回の中級ダンジョン担当者の『アカハラ』っす。よろしくお願いします」
「……──攻略サポート部の『カワセミ』です。よろしくお願いします。後ろの者達は今回研修をしている新人です、今自己紹介を──」
「あ、良いっす。新人ってことは、多分俺と関わりないんで。関わった時で良いっす」
「…………」
カワセミの笑みから、更に色が抜けていく。
あえて言葉にすることでもないが、良い訳がない。
たとえ自分と関係無さそうな相手でも、失礼に当たらないように行動するのは普通のことである。
この会社のコンプラはどうなっているのか、見ているメガネは呆れを通り越して心配になっていた。
「それよりもカワセミさん」
そして発生した待ちの時間。
カワセミが目の前の担当者を無視して、研修の報告書を脳内でまとめ始めていたところでアカハラが唐突に言った。
「良かったら、今晩食事でもどうすか?」
「攻略サポート中はご遠慮させてもらいます」
「じゃ、仕事終わったら良いってことっすよね?」
「しばらく予定があるので難しいです」
カワセミが、ついに微笑むのをやめて無の表情になっていた。
誰がどう考えても言葉にするようなことではないが、取引先の異性に向かって初対面で仕事関係無しに食事に誘うのは、コンプラを通り越した問題である。
それが許されるのは、運命の相手と出会ったときくらいだろう。残念ながらカワセミの中では許される行為ではなかった。
これが接待目的であった方が、まだ心証的にはマシなレベルである。
「まま、そう言わず、俺この辺で美味い店し──いてっ!?」
「?」
そんな問題児が何か言おうとしていたところで、唐突に叫ぶ。
カワセミ、マイマイ、ビッグ天丼の三人が不思議そうな顔をしていたところで、ドラ子とメガネだけは素知らぬ顔をしていた。
「どうしました?」
「え? いえ、なんか急に鼻がいでぇっ!?」
「あっ」
担当者『アカハラ』が鼻を押さえたあたりで、カワセミ他二名も遅れて気付く。
メガネとドラ子は、相変わらず素知らぬ顔をしていた。
ちなみにではあるが、バレたら大変不味いことになるのは言うまでもない。
言うまでもないので、何が起きているのかを説明するものは誰もいない。
「ちょっ、なんこれ、あでっ」
「大丈夫ですか? 急病でも?」
「いや病気ってか、だぁっっ!?」
カワセミは、またほんの少しだけ笑顔を取り戻していた。
まぁ、優しそうな笑顔と言えるかは諸説あるところではあったが。
相変わらず、ドラ子とメガネは素知らぬ顔で、マイマイはカワセミと似たようなほんのり笑顔。
ビッグ天丼だけが、ざまぁ見ろという気持ちと、同情する気持ちを混ぜた複雑な表情を浮かべているのだった。
担当者が不思議なタイミングで鼻を押さえるという奇行は、カワセミが要求した諸々が揃って配布されるまで開催され続けるのであった。
問題はなかった。いいね?




