265 新人ローテーション研修 攻略サポート編39
更新一週間遅れてごめんなさいでした。
発言が色々と物議を醸したところはあったが、結局初日とあれば行ってみないことには始まらない。
悩んでいても時間が減るだけでもあるので、今回の研修は先程の新人達の装備で研修先へと向かう事が決定した。
「まぁ、行って初めて足りないものも見えてくるかもしれませんし、実際に見てから考えるのも仕事のやり方ですからね」
とはカワセミの言葉である。
実際の所、様々な状況に対応できるように装備をあれこれ考えはしたが、こんな雑な依頼を投げてくる取引先が、そこまで凝ったダンジョンを作っているとも考えにくい。
過酷な環境──例えば氷山とか砂漠とか──を舞台にしつつ、人類が攻略できるように計算されたダンジョンを作るのは、結構難しいのである。
ましてや、中級者向けのダンジョンとなれば、その調整の難しさは一入だ。
出てくる敵のバランスはもちろんのこと、環境に適応するために必要な道具、消耗具合の見積もり、付近の街の状況から、周囲のダンジョンの難易度。
それらを総合的に見て、中堅くらいの冒険者が攻略可能かつ冒険者が潜るだけの旨みがあり、それでいて上級まで行くと旨みがない報酬。
考えただけでも、発狂しそうなバランス調整が必要なのは目に見えている。
これが難易度など知った事か、と誰にも攻略できないようなダンジョンにするなら、そこまで難しい話ではなくなるのだが。
一応、今回の顧客の要望は中級ダンジョンなのだから。
あくまで、一応。
ということで、中級ダンジョンという区分であれば、普通のオーソドックスなダンジョンにしつつ、モンスターやトラップなどでバランスを取るくらいが一般的だ。
多少テクニカルなトラップを経験させつつ、より難しいダンジョンに挑む為の足掛けになるくらいである。
初心者を抜けて少し稼ぎを増やしたい。
上級ダンジョンに挑むには経験が足りない。
そんなときに背伸びで挑めるダンジョン。
そう考えれば、ある程度のレベルは見えてくることであろう。
そしてそれは、何も冒険者側だけの話ではない。
多少の状態異常モンスターを入れたり、迷路に凝ってみたり、転移トラップや分断ギミックを仕掛けてみたり。
中級ダンジョンは、また、ダンジョン運営側にとっても様々な試金石となる。
どういったトラップをどう仕掛けると有効なのか。
悪辣過ぎて人気が無くなるような仕掛けはないか。
モンスターの種類と数を組み合わせると、どのくらいの戦力になるのか。
初心者向けだと接待の部分が強く試せないようなことも、色々試せるようになるのは中級ダンジョンからだ。
故に、冒険者にとっても、管理者にとっても、中級ダンジョンは難しい存在であり、ありがたい存在になるのである。
ダンジョンを運営する上で一番大切なのは、人類と管理者の利害の一致なのである。
「だからこそ、本来であれば中級ダンジョンにこそ、手厚いサポートを入れて行くというのが正しいと考えられるわけだ」
「ほへー」
「なるほどです」
「ふむ」
ゴブリンダンジョンに向かったとの同じような転移時間中、突発的に始まったメガネの簡単な中級ダンジョン講義を、新人三人とカワセミが一緒になって聞いていた。
発端はドラ子の言った「中級ダンジョンってなんか中途半端ですよね」みたいな発言だったが、中級ダンジョンこそ最も力を入れるべきという持論があったメガネが、そういった解説を始めたのである。
今回の取引先への転移は、先のゴブリンダンジョンがあった世界への転移より時間がかかる。
異世界間の距離を定量的な数字で表すのは難しいが、時間がかかる異世界とそうでない異世界は確かに存在する。
暇を持て余すのは目に見えていたので、いつもは長話と思えば逃げるドラ子も素直に聞いていたわけだ。
「実際、どこの世界でもここが一番難しいんだ。初心者ってのはまぁ、若者が食い詰めるとか数が余る世界なら、わりと入ってくる。だから初級ダンジョンってのは、多少バランスがあれでも人が来ないってことはあまりない」
「近くに強力な競合ダンジョンがなければ、ですよね」
「まぁそうだな。初心者であれ熟練者であれ、旨みを求めて行動するのは変わらん」
たとえば、前回の研修先だったゴブリンダンジョンだろうと、他に初心者向けのダンジョンが全く存在しないのなら、今のままでも需要はあるだろう。
四階層の情報さえ誰かが持ち帰れば『三階層までなら初心者でもなんとかなる』という広まり方をするだけである。
「だが、初心者を卒業したやつが挑むことになる中級ダンジョンは、一歩間違えるとその先のボトルネックになる。何故だか分かるか天丼」
「え? ええと」
メガネはほんの気まぐれで、いつものドラ子にではなくビッグ天丼へと尋ねた。
天丼は急に振られてかなり戸惑いつつ、自分なりに答える。
「ええと、難し過ぎると、挑戦者を減らし続けるから?」
「それはあるな。初心者なんて大抵最初は舐めてかかるもんだ。致死性のトラップを雑に配置してしまうと、冒険者の命を取り過ぎてしまう。蘇生が出来ない世界なら特に注意しないといけない。初心者を上手く教育できるダンジョンは、なかなか難しいからな」
天丼の答えにメガネは頷く。
さっきのバランスの話であるが、致死性のトラップが悪いのではない。
それを考え無しに使うと、せっかく初心者を卒業できた冒険者が、いとも容易く減ってしまうのが問題なのだ。
「マイマイはどう思う?」
「はえ!? えっと……これは私の考えなんですけど」
続いて尋ねられたマイマイも、ゆっくりと答えた。
「初心者の時は、生活って大変だと思うんですよ。でも、中級者くらいになると、きっと生活ってゆとりが出来ますよね? 多分ですけど、中級ダンジョンが快適すぎても、そこで満足する人が多くなって、上級ダンジョンに人は流れない、んじゃないですか?」
「グッド。優秀だな。その通りだ」
「あっ、ありがとうございます」
マイマイのことを素直に褒めてから、メガネは難し過ぎる場合の逆──簡単過ぎる場合の弊害を述べた。
「中級ダンジョンなのだから、当然初級ダンジョンよりも報酬は増やさないといけない。だが、この中級ダンジョンが快適過ぎると、人生に満足してしまうものが多く出る。いわゆる『冒険の中だるみ』というやつだ。世の中、英雄を目指して冒険者になるやつだけじゃない。食い詰めて冒険者になって、初心者の苦しいときを抜けて、余裕ある生活ができるようになると──それだけで満足する人間は、思いのほか多いんだよな」
それは、冒険者としては致命的で、それでいて人間としては決して責められない話だ。
どんな世界であれ、人間にはまず生活がある。
その生活を豊かにするのは、大抵は金か心の充足が必要だ。
そして、人というのは、ある程度満たされた時に二通りに別れる。
満足するか、より高みを目指すか。
中級冒険者は金にはあまり困らなくなる。
ここで心が満たされてしまうと、冒険者は止まる。
より上位のダンジョンを目指す事は無くなり、人生に満足してしまう。
ダンジョン管理者としてそれで十分なら問題は無いが、より上位のダンジョンに人を呼び込みたい、という場合も多いだろう。
「でだ、難し過ぎてもダメ、簡単過ぎてもダメ、となると、何が必要だと思うドラ子」
「丁度良いバランス、ってことですか?」
「つまりそういうことだ」
そう、丁度良いバランスである。
初心者から中堅に順当に上がって来た冒険者に、さらに上を目指させるための、丁度良いバランス。
絶妙な難易度──簡単すぎず難し過ぎずは大前提として、ある程度の満足と、ほどよい不満が必要だ。
言葉にすると少しあれだが『これなら、もう少し上に行けるか? 行った方がいいか?』と思わせるような調整が望ましい。
報酬も同様に、少し不満がある方が良い。
これも『この苦労なら、もう少し報酬が欲しい』と思える程度の、ちょっとした不満を残す。
そうやって『ちょっと上』、『もうちょっと上』と難易度と報酬でコントロールしていって、気付いたら『上級ダンジョン』に手を伸ばせるところまで『育てる』。
そうなると、周囲の目も『上級冒険者への憧れ』のようなものが混ざってくる。簡単に「冒険者を引退する」と言えないようになっている。
そこまで行ったら『上級ダンジョンに挑戦してみるか』と、本人達が気付かぬうちに道が出来ているというわけだ。
地獄ならぬ上級ダンジョンへの道は、管理者の調整で舗装されるのだ。
「と、中級ダンジョンはこのように、繊細な調整が必要になるわけだ。実際、どこまで上手く行くかはやってみないと分からないところもあるから、その辺こそ、最初はサポートに頼ってほしいところだ。開発設計サポートは色々な世界でのノウハウを持っているわけだからな──これで最初に戻って来た」
「ほへー」
「勉強になります」
「これが企業の持つダンジョン観か」
途中から講義のようになってしまったが、これが中級ダンジョンの重要性と難しさの話であった。
これは、ダンジョンに限った話でもない。
たとえばゲームでも、最初の頃は色々やれることが増えて行くだけで楽しいが、ある程度手札が揃って来た中盤になると、中だるみすることはある。
中盤を如何に盛り上げて終盤へと繋げるかは、永遠の課題である。
ストーリーで引っ張ったり、ゲーム性ががらっと変わる要素をぶち込んだり、色々なゲームで色々な工夫がされているものだ。
そんなメガネの講義を新人達の後ろで聞いていたカワセミは、さっきまで後方腕組み後輩面をしながらうんうんと頷いていたが、急に真顔になりすっと財布を取り出した。
「ありがとうございました先輩」
「この程度で金を払おうとするな後輩」
価値のある講義をしてもらった対価を払いたいカワセミと、ただの雑談に金を払われるのは困る先輩の図であった。
新人達はドン引きしていた。




