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76. 美人の条件

 近衛師団と王宮騎士隊が協力してくれるのであれば、レンタ商会への潜入調査も可能になる。人員の募集をかけていなくとも、貴族の推薦であれば受け入れる場合があるからだ。もちろん直接ではなく、相手を警戒させないために、まったく関係のない人物を介して聞くのだろう。


 驚くことに、護国騎士団内の会議が終わる頃には、潜入するための渡りをつけたという手紙鳥が、メイズ近衛師団長より第一隊の執務室へ届いていた。いったいどんな手を使ったのか、さすがは優秀と呼び名の高い近衛師団の長である。


「男手は足りているので、女性であれば二名を受け入れると言われたそうだ」

「とはいえ騎士団に女はいませんからね。小柄な奴らに女装させるしかありませんよ」

「うむ。素人を巻き込むわけにはいかないからな」


 冗談で言ったのに、チリアン隊長は真顔で俺の提案に頷いた。


「本気ですか? いくら小柄でも、女装した男なんてすぐにばれますよ」

「化粧次第だろう。女の使用人として紛れれば書斎や寝室に入ることができるかもしれない」


 寝室に入るというのは掃除でってことだよな。それ以外の私的な部分で呼ばれたら、その後はどう対処すればいいのか、俺にはぶっとばす以外の方法が思いつかない。


「私も行こう」

「どこにですか」

「もちろん適性者を選びにだ」


 良かった。チリアン隊長が女装して潜入するつもりなのかと、一瞬想像を巡らせてしまった。




 なんて安心するのは早かった。


 選ばれし四人の人材と共に錬金術室がある三ノ宮を訪れたチリアン隊長は、自らもまた女性室員たちから化粧の手ほどきを受けている。もちろん実践ありきでだ。


「ねえ、こっちの子はもう少し暗い口紅の方が良くない?」

「そうねえ、シャドーも青系の方がいいわね」


 彼女たちを護国騎士団へ呼び出すのは目立つので、三ノ宮の一室を借りて何人かに時間を作ってもらった。

 これまでは気づかなかったが、この部屋に向かう際にすれ違った侍女たちは、リーンの姿を見つけるなり皆敬礼でもしそうな勢いで背筋をぴんと伸ばしていた。その原因となったはずの俺の姿など目の端にも入っていなかったように思う。


 錬金術室からの人選はリーンに任せたが、彼女たちはチリアン隊長の頼みごとを快く引き受けてくれた。いつの間にか信頼関係を築いていたらしく、他言無用の約束付きだ。

 何故かリュウまでもが、客観的判断を下す要員としてこの場に呼ばれている。

 まあ、ここの人たちなら外部と接触する機会が少ないし、機密が漏れる心配もないだろう。


「ねえ、ちょっと見てよこっち!」

「うわ」

「え」

「これは」

「さすがオリビア、この化粧上手」

「それ褒めてないわよね」


 チリアン隊長は小柄ではないし身長も高いが、騎士にしては細身で、よく見れば顔の造りも整っている。

 しかし女装は無理があるだろうと踏んでいたのに、なぜか俺の目の前にはミステリアスな美女が佇んでいた。


「隊長って女顔だったんですね」

「顔の造りが薄いので化粧が映えるのだろう」


 よくもそう客観的に自分のことを評価できるものだ。


「くそー、俺が一番可愛いと思ったのに」

「待て、隊長はきれい系、俺たちは可愛い系だ。勝負の土台が違う」

「あの、俺も隊長みたいな化粧にしてもらえませんか」


 そしてなぜかチリアン隊長に張りあう選ばれし騎士たち。


「ねえ、こっちもなかなかよ」

「あら」

「まあ」

「いいじゃない」


 振り返れば、衛生兵のシリウスが恥かしそうにもじもじと立っている。


「馬鹿な」

「嘘だろ、可愛いでも俺は負けるのか」

「あの恥じらう様が俺たちには足りないんじゃないか」


 衛生兵は騎士ほど筋肉がないので、女物の服を着ても違和感がまるでない。むしろ、その辺の町の女よりもよほど可愛く仕上げてもらっている。


「あの、変ですよね」


 薄っすらと赤くなった頬に上目遣いで尋ねられた。わざとか。


「そうだな、似合いすぎて変と言えば変だ」

「似合ってるんですか?」

「まあ、こいつらよりは」


 他の部下たちを指さすと、体をくねらせながら抗議してきた。


「やだ差別よ差別!」

「ひどいわねえ、私たちだって単体で見たら可愛いのに」

「その辺の女には負けなくってよ」


 なんかすっかりその気になってるし。なんでこいつら女装に抵抗がないの? この場で恥ずかしそうにしているのがシリウスだけってどういうことだ。


「本当にチリアン隊長も潜入するの?」


 化粧を教えるには技術不足と判断されたものの、責任者として立ち会っていたリーンが、遠慮なくチリアン隊長を凝視している。ちょっと見過ぎではないだろうか。


「今回は時間もないし、慣れない女装なので、部下たちだけでは心許ないからな」

「隊長も女装に慣れている訳じゃないでしょう?」


 慣れていたとしたら、それはそれで部下としては複雑だ。


「今回の潜入に求められる条件は、ある程度家事がこなせて、女性らしく振る舞えることだ。どうとでもなる」

「私も手伝おうか?」

「絶対に駄目!」


 なんとなく言うんじゃないかと思っていたので即座に却下すると、その場にいた錬金術室員たちも追随した。


「そうです、そんな危ないことを室長にさせられません」

「室長に何かあったらどうするんですか」

「こういうことは専門家に任せておくべきです」

「そもそも室長に家事ができるんですか。錬金術抜きで」


 最後の手厳しい言葉はリュウからで、女性陣にげしげし蹴られている。蹴っている側が笑顔なのが怖い。


「ばれたらただじゃ済まないんだから、今回は大人しくしていてくれ」


 そんなことをして皇太后に狙われでもしたら大変なことになる。


「ノアは潜入しないの?」

「体型的に無理だろう」


 どこかの脳筋隊長たちほどの筋肉質というわけではないが、骨格で男だとばれてしまう。

 それに俺は女装なんてしたくないからな。こいつらと違って。


「えー、副隊長ならいけますよー」

「チリアン隊長とたいして体型が変わらないじゃないですか」

「そうです、ぜひ共に挑みましょう!」

「断る」


 ぶーぶー言っている部下たちはともかく、なぜか錬金術室の女性陣も残念そうな顔をしていたが、あえて気づかない振りをした。






 レンタ商会が雇い入れるのは二人だけということで、選ばれし五人の精鋭たちはそれぞれ他人の振りをして面接へ向かった。

 結果、受かったのはチリアン隊長とシリウスである。

 悔しがる部下たちを尻目に、隊長はいつもの飄々とした顔で任務へ出かけて行った。


 さて潜入以外にも仕事はあるわけで、普段の仕事に加えて、今回の事件について各所から上がって来る情報をまとめているうちに一日が終わり、あっという間に三日が過ぎた。

 チリアン隊長とシリウスからは毎日定時に連絡が入るが、まだ証拠は何も見つかっていない。

 隊長ならボロは出さないだろうけど、あの理屈っぽいところが周りに受け入れられるかが心配である。

 逆にシリウスは、ボロさえ出さなければ周りに溶け込めるだろう。あいつは器用だしな。


 仕方のないことだが、チリアン隊長が不在のため、俺の業務量が増えた。

 いつもよりも遅く家路についたが家の明かりはついていて、今夜は姉のエイミーだけが出迎えてくれた。

 そういえばレジ―たちを護国騎士団で預かるという話が、その後にいろいろあったものだから、宙に浮きっぱなしである。そろそろ話しておいた方がいいだろう。


「レジ―たちは?」

「今夜はもう休ませていただきました」

「君も寝ていいよ。食事は適当にすませるから」


 明日からは残業中に夕食が取れるよう段取りしておこうかな。


「いえ、お世話になっている身でそういうわけにはいきません」


 俯き加減で言われて、この前ボタンの件を強く言い過ぎたかとも思ったが、距離を置いておくに越したことはない。


「片づけは俺がやるから、君はもうレジ―たちのところに戻った方がいい」

「でも」

「たいした手間じゃないから」


 渋るエイミーに休むよう促し、用意された食事を一人で食べていると、早く事件を解決しなければとしみじみ思ってしまう。

 リーンとゆっくり話せないのもつまらないが、家に帰ってまで他人を相手にするのはやはり疲れる。


 食べ終えると食器を片付け、風呂へ向かった。

 他人、他人かあ。リーンとは唐突に暮らし始めたけど、いつの間にか他人という感じじゃなくなってたもんな。リーンもたぶん同じような感じだろう。

 こうして家族になって……家族に? いやいやいやちょっと待て、大切な過程をすっ飛ばしているじゃないか。俺はリーンからの恋愛感情が欲しいのだ。いずれ家族愛に変わっていくとしても最初は恋から始めたい。


 とりとめもないことを考えている間もあくびが止まらない。

 今日はなんだか眠いな。疲れてるのかな。


 風呂から上がっても体が重く、そんなに疲れることをした覚えはないのにどうしてだろうか。

 このまま寝たらすぐ朝になりそうだ。寝坊なんかしたら下に示しがつかないし、もしチリアン隊長にばれたら、ねちねちと嫌味を言われるだろう。それだけは避けたい。


 だらだらと寝室のある二階へ上がったところで、あるはずのない人の気配を室内から感じて、一気に眠気が吹き飛んだ。

 こんな夜中にレジ―が待っているなんてことはないだろう。しかも俺に断りもなしに、寝室へ入るなどありえない。

 ただ気になるのは、中の人物が気配をまったく消していないことだ。俺に害をなそうとするのであれば少なからず気配を消すはずだ。


「誰だ!」


 一思いにドアを開けると、中にはレジ―の姉のエイミーがいた。


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