75. 秘密の会合04
それこそ王宮騎士などに嫌味を言われることはあったが、嫌がらせについてはまったく身に覚えがない。いくらなんでも俺自身が気づかないなんてことがあるだろうか。
「自分たちがどれだけおもねっても見向きもしなかった平民が、出し抜くような形で結婚してしまったのだ。たとえそれが誰かの策略だったとしても、すぐには信じられないし、疑うならまずその結婚相手だ」
「そう、かもしれませんね」
そう断じられてしまうと、たしかに俺に何もないのはおかしかったかもしれない。
「君は王宮で働いているわりに存外抜けているな。まあその辺はリーンがフォローするから構わないのか」
そもそも護国騎士団は王宮の中に組織があるけれど、その視線は王宮の外へ向いている。自然と王宮内のことには疎くなってしまうものだ。
「あの、それで俺に害が及ばなかったのはどうしてなんでしょうか」
「リーンが止めたのだ。もちろん本人は俺たちを脅し、いや命じただけだが」
「俺たち」
「私とローガンと、恐れ多くも国王陛下である」
恐れ多すぎる面子である。
「皇太后陛下がやらかしたと大声で吹聴されたくなければ、貴族の横やりを抑えろとな」
「そうだったんですね」
知らないところで庇われていたと聞き、心がざわつく。
「それに他の貴族が、同じような手を使ってきたら困るという考えもあっただろう」
リーンはあの事件について、騒いでももみ消されるような話をしていて、実際そうだったのかもしれないが、しっかり交換条件をこの人たちに飲ませていたんだ。
「リーンは何も話していなかったんだな」
「恥ずかしながら」
どうして話してくれなかったのか。頼りにならないからという考えが一瞬頭をよぎったが、たぶんリーンは、俺を巻き込んでしまった責任を感じていたんだろう。
俺の様子を窺っていたスレート王宮騎士隊長は呆れた様子で何かを言いかけて止めた。
「まだ何かあるんですか」
「これ以上話すと僕が怒られるので言いたくない」
「え、ここまで言ってそんな、気になるじゃないですか」
スレート王宮騎士隊長の視線が、なぜかチリアン隊長へ向けられた。
「貴公はこの話を知っていたのではないか」
「内情までは分かりませんでしたが、コルク副隊長への干渉がなかったので、誰かがどこかで圧力をかけたことは予想しておりました」
「えっ、だったら教えてくださいよ」
「予想はあくまで予想だ。事実を知る人間がお前に伝えないのであれば、それは私から伝えるべきことではない。お前が気づかないかぎり」
最後の一言が突き刺さる。どうせ俺は考えが足りませんよ。
「ではチリアン隊長は、王宮騎士隊長が言いたくないことに関しても、気づいているのではありませんか」
「まあ予想はできる」
「その予想を教えてください」
チリアン隊長は勿体つけずにずばりと言った。
「王宮に勤める侍女たちが、錬金術室長へ冷たく当たっていたのではないか」
「は?」
「お前は侍女たちに人気があるからな。それに結婚に至った経緯が経緯だ。錬金術室長に取り入りたい貴族の妬みがお前に向くなら、お前に気に入られたい侍女たちの妬みは彼女に向けられるだろう」
「だからってそんな、王宮の侍女なんてそこかしこにいるじゃないですか。嫌がらせをしようと考えたら、いくらだってできますよね」
「私に言ってどうする」
スレート王宮騎士隊長に視線を移すと、視線を逸らされた。
「そちらも既にリーンが自力で解決したので問題ない」
「どうやって解決したんですか。女性の嫉妬は根深いものでしょう。表面的になくなったと見えて、裏で何かしている可能性もあるんじゃないですか」
つい語気が荒くなると、スレート王宮騎士隊長が遠い目をした。
「問題の侍女たちは、リーンだけではなく他の錬金術室員にも嫌がらせを始めた。だからリーンは侍女すべてを錬金術室から遠ざけるよう指示した」
「そんなことが可能なんですか」
「彼女の立場ならば可能だ。だが侍女たちにしてみたら面子を潰されたも同然だ。しかも真面目に仕事をしていた者たちは、余計にそう思っただろう」
「それは余計に恨みを買ったのでは」
「いや、そうでもない。彼女たちの上司にあたる侍従長が、すぐさま与えられた仕事をまっとうしなかった侍女たちを調べ上げ、配置換えし、錬金術室へ元通りに仕事を行えるよう頭を下げたからな」
管理不行き届きとはいえ、錬金術室長を怒らせるなど侍従長もかなり肝が冷えただろう。大袈裟に騒ぎ立てられたら、自分の首が飛ぶこともあり得る。
「リーンは侍従長の謝罪を受けて、再発防止策を侍女たち全員に考えさせるように言った。関係のない者もすべて集めての話し合いだ。その結果を報告書としてまとめて提出さえ、自分が納得できなければ許さないともな」
「最終的には許したんですか」
「ああ、再提出を両手で数えきれないくらいに重ねてな」
侍女たちにそれだけの時間を割かせたのか。許しが出るまで、問題を起こした当人たちは針のむしろに座らされたような気分だっただろうな。
「周りからの視線に耐えきれず辞めたいと申し出る者もいたが、報告書が出来上がるまでは許されなかった。まあ終わってみれば辞めた者はおらず、最終的には嫌がらせをしていた侍女たちもそれぞれリーンに頭を下げに行ったらしいがな」
スレート王宮騎士隊長の視線が俺へと向けられた。
「あのローガンが悪くないやり方だったと褒めていた。昔のリーンであれば考えられない温厚な解決策だ。もしかしたら貴公の存在が変えたのかもしれないな」
誰をとは言われなかったが、なんだか少しこそばゆい気持ちになった。
「そんなことがあったんですね」
「事が事だけに、侍女たちと一部の者たちにしか事情が明かされなかった話だ。だから絶対に僕から聞いたとは口外しないでほしい」
「怒られるような話ではないと思いますが」
「いや、リーンはきっと怒る。そして僕は蹴られる」
蹴るというのは言葉のあやだと思うが、スレート王宮騎士隊長は本気で言っているようなので、大人しく頷くことにした。
さて護国騎士団へと戻って来たわけだが、各隊長副隊長は一度解散していたので、また召集をかけることになった。
「ずいぶんと時間がかかったな。やはり渋られたのか」
「いや、むしろ王宮騎士隊長は協力的な態度だった」
「王宮騎士隊長はということは、副隊長辺りが反対したのか」
「コルク副隊長、説明を」
「はい」
せっかちな人たちが多いので、順を追ってスレート王宮騎士隊から国王陛下への謁見に至った経緯を話すと、皆ポカンと口を開けてしまった。
「すると何か、王宮騎士隊長と共に陛下に謁見したのか」
「よくこんな短時間で会うことができたな」
「元々王宮騎士隊長に謁見の予定が入っていたようです」
さすがにあんな用具部屋で会ったことは伏せた。
どの程度の頻度か分からないが、密会で使用している場所のようだし口外すべきではないだろう。
「それにしても謁見の場にお前達を連れて行くとは、意外に行動力があるんだな、あの男」
「よく飛び入りで参加出来たものだ。では、その場で陛下に我々が追っている事件について説明をしたのか」
「はあ、その場には陛下の他にメイズ近衛師団長がいてですね」
「陛下の側に護衛がいるのは当たり前だろう。一人で臣下と会うわけがない」
そうだろうか、あの国王なら会いかねないと思うが、それはまずいいや。
「他の護衛はいなかったのか」
「いませんでした」
「人払いをしてもらったということだな」
「ええ、そうなんでしょう」
説明が面倒なので色々省いたが、俺たちがそこまで知るわけがないと解釈してくれたようだ。
「あ、それから途中でリーンも来ました。王宮騎士隊長が呼び出したようです」
「なぜお前の嫁が出て来るんだ」
「それはおいおい話しますので」
気を取り直して説明を再開した。
「うちだけじゃなくて、王宮騎士隊と近衛師団の方でも、例の植物について情報を得ていたようです」
「なんだと?」
「この話については絶対に外へ漏らすなということなので、秘密厳守でお願いします」
ソウシンの木だけではなく、ブラックスライムにもクリムソン伯爵が関わっていたと話すと、室内の熱気が一気に増した。
「それでその売国奴はいつ捕らえるのだ」
「クリムソン伯爵は皇太后とも取引をしているので、まずは証拠を固めて追い詰めねばならない。それまで迂闊な行動はしないようにと念を押された」
チリアン隊長が付け加えると、皇太后の存在が出て来たことに皆驚いてはいたが、反論はなかったので話を続けることにした。
「ちなみに、俺とリーンに使われた催淫剤を用意したのもクリムソン伯爵です。皇太后がリーンを嫌っていて命じたそうです」
それは、なんという、どうりで犯人が捕まらなかった訳だと呆れた声が上がった。
これについては、今回のことを護国騎士団の隊長たちに説明するにあたって、エリオット陛下に副隊長までであれば話して良いとの許可をもらった。皇太后とクリムソン伯爵が繋がっていると分かれば、遅かれ早かれ疑う者が出て来るだろうしな。
「なぜお前の嫁はそんなことをされるほど嫌われているんだ?」
「端的に言えば、リーンがエリオット陛下の即位前に、側室の話を断ったことを根に持っているようです」
王宮騎士隊長が教えてくれた複雑な事情は面倒なので伏せておく。
「断った? それは断れるような話なのか」
「国王陛下はそのことをどのように考えているのだ」
「周りが言い出しただけのことなので、陛下自身に気にした様子はありませんでしたよ」
「お前も面倒な嫁をもったものだな」
第四隊長に同情の視線を向けられたがそれは違う。
「リーンが悪いわけじゃありませんから。彼女はむしろ断ったことで嫌がらせをされている被害者です」
「コルク副隊長、話が逸れているぞ」
おっといけない。
「それで俺たちは何をすればいいんだ」
「クリムソン伯爵の下でレンタ商会が動いています。商会が隣国と伯爵の橋渡しをしているという証拠が必要です」
「証文を交わしていればだが、そんな見つかったらまずいものを残すかね」
「しかし何かあったとき商会が切られて終わりにならぬよう、何かしらの対策は講じているのではないでしょうか」
「選択肢は、隣国へ赴いて探すか、商会から見つけるかだな」
「隣国に向かうのは現実的ではないでしょう。探す伝手もありませんし」
「証拠となる違法植物を育てている者を見つけるのもまた難しいでしょうしね」
「隣国が関わっているのであれば、国の重鎮が隠ぺいしている可能性もあるしな」
「帳簿はどうだ? まさか奴らもただ漠然とやり取りしているわけではないだろう」
「裏帳簿と証文が手に入れば言い逃れはできないでしょうね」
ああでもないこうでもないと隊長と副隊長が入り乱れて話し合った結果。第一隊の役割は商会への潜入と決まった。




