74. 秘密の会合03
「すみません、余計な口を挟みました」
慌てて謝罪したが、隊長たちの表情はこれまで以上に真剣なものになった。
「それならば頷ける。混乱は大きければ大きいほど、やりやすいだろうからな」
「お待ちください、国家転覆などを謀ったら、自分だけではなく一族郎党皆死罪です。しかも大義名分がなければ、成功したところで益はございません」
「計画はばれなければいいし、益は作り出せばいいのです」
「しかし国家転覆で益を得る者など、自分が王位に就こうとするか、他国と通じている者でなければ」
スレート王宮騎士隊長の言葉に皆が顔を見合わせた。
「クリムソン伯爵は他国と繋がっている可能性があるということか」
「自分が王位にと考えるよりは、その方が可能性は高いかと」
「レンタ商会は隣国とも交易をしています。商会を隠れ蓑に使えば、やり取りはそう難しくないでしょう」
どんどん話が繋がっていく。
「おのれ売国奴め」
気の早いスレート王宮騎士隊長は既に決めつけてかかっている。自分の発言がきっかけなだけに、これで間違っていたら恐ろしい。なのにそんな部下の心情を慮ってくれないチリアン隊長までもが参戦する。
「そういえば先日うちの第二隊長が、隣国との境を統べる辺境伯より、ここのところ隣国が大人しいという話を聞いたと申しておりました」
「うむ、あの国は虎視眈々と我が国を狙っている。王が変わった訳でもないのに、方針を変えるとは思えぬと訝しんでいたのだが」
そこでまたリーンが新たな疑問を口にする。
「クリムソン伯爵が国家転覆を狙っているとして、皇太后に近づいた目的はなに?」
「俺が思うに、母上は利用されたのだろう。禁制の植物を輸入する足がかりとしてな」
「足がかり?」
「皇太后の名を使えば、この国、いや王宮まで楽に荷物を持ち込める。もちろん検閲はあるが、一般の貴族や商人の荷ほど検められることはあるまい」
「検閲を通らず国に入る方法もあるんでしょう? たとえば道のない森の中を進むとか」
「できないことはないが、そういう場所は魔物が出やすかったり盗賊が潜んでいたりと危険が大きい。だからこそ皆、整備された街道を通るのだ」
エリオット陛下にしては珍しく苦いものを噛んだような顔になった。
「もしこの予測が当たっていたとしたら、入手経路が分かっても、クリムソン伯爵を捕らえるのは……」
「無理ですね。例え利用されたのだとしても、皇太后が密輸に関わっていたなどと公表できる訳がありません」
エリオット陛下が切った言葉の続きを、メイズ近衛師団長が紡いだ。
「入手経路については、近衛師団が調べます」
「ああ、頼む」
一つ、大きく息を吐いてエリオット陛下は顔を上げた。
「リーン、そしてコルク副隊長にも伝えておかねばならぬことがある」
国王陛下に名前を呼ばれ、俺は姿勢を正したが、リーンはじっと見つめ返すだけだった。
「母上はまだリーンに何かしようとしている」
リーンは片眉を上げただけだったが、むしろ俺の方がその心情を顔に出してしまっていただろう。
「まだやり足りないっていうの?」
「コルク副隊長と結婚したことで一度は溜飲を下げたようだが、その後お前たちが仲良く暮らしていることが、どうにも気にくわないらしい」
仲良く? そりゃ悪くはないが、わざわざリーンが、自分の望み通り不幸に暮らしているかを調べたってことか。気持ち悪いほどの執念だな。
「それにコルク副隊長は女性からの人気が高いのも、気に入らない要素のようだ」
「それで? また薬を盛ろうっていうの、馬鹿の一つ覚えみたいに」
皮肉をたっぷり含んだ言い方に、俺の方がひやりとする。しかしエリオット陛下は疲れたようにため息を吐いた。
「あの人は本当に馬鹿なのだ、救いようがないほどにな」
その一言でエリオット陛下の苦労が垣間見えてしまう。
「側室という立場に甘んじてきた自分がようやく表舞台に立てた。これまで抑えつけられていた分、賛美され持て囃されたいのだ。母上にとってそれらは、その地位に伴う責任や義務よりも大事なのだ。元々が侯爵家のお嬢様だ、日陰の身というのが耐えがたかったのだろう」
これまで圧し掛かっていた重しがなくなったことに、はしゃいでしまっているということか。やっていることは、そんな言葉で片付けられるような可愛いものではないが。
場を仕切り直すように、メイズ近衛師団長が眼鏡の位置を人差し指で直した。
「ひとまず、それぞれの部隊で役割を分担しましょう。これまで以上に慎重に動かねばなりませんので、十分に気をつけてください。特にハーレとリーン」
「リーンはともかくなぜ僕まで名指しされなければならないんだ」
「あなたが一番迂闊だからでしょ」
「なっ」
「そんなことより私が嫌がるって分かっていて、ハーレと一緒くたにしたわね。その性格の悪さはなんとかならないの、この陰湿眼鏡」
「あなたこそ、その短気でがさつな性格を何とかしてはどうですか」
「僕を無視するな!」
三人がそれぞれ睨み合う。揉めると分かっているだろうに、いちいち余計な一言をつけないと気が済まないのかな、この人たちは。
「まったくお前たちは昔から変わらんな。仲がいいのか悪いのか」
エリオット陛下が呆れながらも笑っている。
もしかして陛下を笑わせるために、わざと言い争っているのかとも思ったが。
「悪いんです」
「良くはありません」
「良かったことは一度たりともございません」
揃って納得のいかない表情をしているので、三人とも本気で言っていたようだ。
チリアン隊長が俺の耳元で囁いてきた。
「いつもこうなのか?」
「さあ? 俺も四人が揃っているところは初めて見るので」
うっかり国王陛下も含めてしまったが、まだ揉めている四人の耳には届いていない。
国王に即位するまで、エリオット陛下の境遇も大変なものだっただろうけど、腹を割って話せる幼馴染みがいたことは幸いだっただろうな。
用具室での会合が終わると、集まったときと同様に、それぞれ部屋を出ることになった。最後は俺たちとスレート王宮騎士隊長だ。
先ほどの打ち合わせ内容を頭の中で反芻しながら、時間が経つのを待っていると、スレート王宮騎士隊長に名前を呼ばれた。
「初めて貴公に会った日のこと、あらためて謝罪させてほしい」
突然頭を下げられて驚いた。初めて会った日とは、リーンとの事件の後、護国騎士団へ乗り込んで来た日のことか。
「言い訳になるかもしれないが、皇太后陛下が関わっていると知り、私はとにかく迅速に話をまとめてしまいたかった。それが貴公にとって、とても不名誉な結果になったとしても。もちろん後で訂正する予定ではあったが、誠に申し訳ないことをした」
直球過ぎて戸惑いを隠せない。
「頭を上げてください。もう過ぎたことですし、結果的にそうはなりませんでしたから」
「それは結果論だ。それにあの貴族議会のことでも、貴公に嫌な思いをさせてしまった」
「いや、それは俺よりもリーンに謝ってもらった方が」
「彼女にはもう謝って、一生許さないと言われている」
「そうでしたか……」
そう言ったリーンの気持ちは分からなくもない。
「もし貴公が望むなら、殴られるくらいは覚悟している」
「いえ、結構です。そもそも無抵抗の相手を殴るなんてできません」
「貴公はいい奴だな」
なんか突然友好的な態度をとられると逆に怖い。チリアン隊長は巻き込まれたくないのか聞こえない振りをしている。なんて冷たい上司だ。
「もしリーンの短気と理不尽に耐えられなくなったら、いつでも力になるので言ってくれ」
「はあ」
「そうだな、例えば我が国の離婚は通常であれば手続きに一ヶ月はかかるが、僕ならば多少の融通をきかせられる。二週間以内に都合をつけよう」
王宮騎士隊長の目は本気だ。
「そんな日は来ませんので大丈夫です」
「なんという我慢強さだ」
作り笑いでごまかしたのになぜかまた評価が上がった。というかリーンの評価が低すぎるのではないだろうか。
「ところで、なぜ皇太后がリーンを毛嫌いしているか知っているのか」
スレート王宮騎士隊長の表情が引き締まった。
「エリオット陛下との縁談を断ったからだと聞いています」
「端的に言えばそうなんだが、事情はもう少し複雑だ」
リーンの説明以外にもまだ何かあるのだろうか。
「当時、主な有力貴族は弟殿下についていた。かく言う私の家も、嫡男である兄を弟殿下の側近にさせるべく登城させていた」
嫡男を弟殿下に付けたのか。歳を考えたら逆の方が良さそうなものだが、それだけ弟殿下の方に勢いがあったのだろう。
考え込んだ俺を見て、王宮騎士隊長は苦笑いしている。
「俺はもしものためにと、陛下に仕えさせられていた。とはいえ俺自身は弟殿下よりも、エリオット様の方が王にはふさわしいとずっと思っていたが」
呼び方が昔のものになってしまっている。王宮騎士隊長は遠い目で窓の外を見た。
「リーンは貴族ではないが、錬金術師としての名声が高く、この国始まって以来の天才と称されていた。そしてリーンが何故天才と呼ばれているのかも知らず、その呼び名だけに惹かれた貴族どもはこぞって彼女を欲しがった」
確かにすごい錬金術師だという噂は出回っていたが、俺だってどうすごいのかまではよく知らなかった。結婚した後でさえ、いまいち分かっていないと言っても過言ではない。
だってリーンはちょっと短気ではあるけれど、楽しければ笑うし、美味しいものが好きだし、寝起きは悪いし、変わったところもあるけど、ごく普通の感性を持った女性である。
「ポーションの貴重さもあいまって一時はリーンの争奪戦が行われていた。恥ずかしながら僕の父も、リーンを私の婚約者にできないかと画策していたよ。リーンはエリオット殿下にはあまり反抗的な態度を取らなかったから、自然と僕やローガンとも話す仲だったしな」
「え?」
あの貴族議会での野次は本当のことだったのか。
「もちろん僕とリーンでは、何がどうひっくり返ってもうまくいかないとすぐに知れて、その話は流れたのだが」
そんなに昔から気が合わなかったのか……。
「あの当時のリーンは毎日神経をとがらせていて本当に恐ろしかった。いや、今はそんな話をしたいのではない」
どうやら思い出が横道に逸れたようだ。
「だからこそ皇太后陛下はリーンを欲した。自分の息子を王太子にするため、他の貴族からの関心を集めるために」
「ですがリーンは断ったのですね」
「結果的に弟殿下は亡くなり、エリオット様が王位についたものの、あのときリーンが承諾していれば、もっと早くにエリオット様が地位を擁立できたのではないかと考えているようだ」
「実際リーンが承諾していたらそうなったのでしょうか」
スレート王宮騎士隊長は静かに首を振った。
「多少の人目は引いただろうが、王太子になれるほどではなかっただろう。それならば弟殿下の方もリーンに話を持ち掛けたはずだ」
「弟殿下の方はリーンを欲しがらなかったんですね」
「いや、欲しがった。しかし弟殿下に直接ではなくその臣下、側近の誰かという感じだったな。あちらは血筋にこだわる者が多かったから、平民であるリーンを直接王子にとはならなかったのだろう」
「それらの話をすべてリーンは断ったんですよね」
「あれはもう意地だな。王侯貴族との結婚などまっぴらごめんだと、その態度すべてで表していた」
王宮から出ることのできない状況で、さぞ風当たりは強かっただろうに。
「リーンのあの気の強さはちょっとやそっとじゃない。本当に何かあったら遠慮なく相談してほしい。これまでの経験からアドバイスできることがあるかもしれない」
「まあ、俺はそういう気の強いところも好ましいと思っているので」
王宮騎士隊長は雷に打たれたかのような衝撃的な顔をしている。なんなら、さっきの国家転覆の話のときよりも衝撃が大きそうだ。
「いやそのなんだ、人の好みはそれぞれだからな、そう、それぞれ……」
なぜだろう、死んだ魚のような目になった。
「まあリーンも君のことを大事にしているようではあるしな。やり方はともかくとして」
「どういう意味ですか?」
くるりと死んだ目を向けられた。ちょっと怖い。
「リーンと結婚した当初、君は貴族たちから狙われていただろう」
「え?」




