73. 秘密の会合02
「それで護国騎士団は、どこまで調べたのだ」
チリアン隊長が、レンタ商会及びその背後にある貴族の影、そして警吏や先日まで王都を騒がせていた夜盗団も繋がっていることを話すと、エリオット陛下は感心したように頷いた。
「夜盗団の残党まで加わっていたとは、近衛師団でもそこまでは把握していなかったはずだな」
陛下の問いかけにメイズ近衛師団長が頷いた。褒められたことは誇らしいが、突き刺すような視線が痛い。
「よく調べたものだ」
「夜盗団の残党については、むしろ我々の落ち度でございます。いまだ捕縛に至らぬ事、誠に申し訳ございません」
「いや、見つけていたのに迂闊に動かずにいてくれて助かった。おかげで奴らもまだこちらの動きには気づいていない。背後にいるのは中央貴族だ、護国騎士団のみで踏み込んだ捜査をするには、ちと難しい相手だろう」
地方貴族であればうちも繋がりはあるが、中央貴族は主に王宮騎士隊に肩入れしていて、護国騎士団との接点もない。
「そこで王宮騎士隊へ協力を仰ごうとした次第です」
「なるほど、それでここへ連れて来られたのか」
エリオット陛下が納得する傍らで、メイズ近衛師団長はいまだ俺たちの参加に賛成しかねるようだ。
「しかし王宮騎士隊に、その商会や貴族と繋がる者がいたらどうするつもりだったのです」
「何かしらの反応を見せるだろうと考えた次第です」
「スレート王宮騎士隊長がその首謀者だったら?」
「僕がそんな犯罪に加担するはずないだろう!」
「もしもの話ですよ」
さすが国王陛下の手足となって働く組織の長、本人を目の前にしても遠慮がない。
チリアン隊長が俺の方を見た。メイズ近衛師団長の問いには、王宮騎士隊に協力を仰ごうと言い出した俺が説明しろということだ。さすがに護国騎士団での説明をこの場でそのまま話せないので、柔らかく言い直してみる。
「王宮騎士隊長とは何度か話しましたが、そのような犯罪に関わるような方とは思えませんでしたので」
「そうでしょうか、普段から浅慮なことこの上ない言動ばかり取っていると思いますがね」
「本当に失礼だな君は!」
遠慮のなさすぎる返しに、たまらずスレート王宮騎士隊長が噛みついた。
「貴族議会でのことをもう忘れましたか」
しかしそれくらいで怯むメイズ近衛師団長ではない。容赦なく痛いところを突き返した。協力を仰いだ手前、少しは庇ってやるか。
「それでもスレート隊長の性質は騎士だと思います。黒いスライムが出現した際にも、その資料を探してくださいました」
「一人で探していただけたら尚良かったのですがね」
なぜかエリオット陛下が笑いだした。
「もういいだろう、ローガン。コルク副隊長は人を見る目に長けているようだ」
その取り成しで、あきらめたようにメイズ近衛師団長は息を吐いた。
「分かりました。ではこの件は近衛師団、王宮騎士隊及び護国騎士団の合同捜査ということにいたします」
言い切ったメイズ近衛師団長が扉の方を素早く振り返った。
「誰かがこちらへ向かっています。早く隠れてください」
エリオット陛下を部屋の奥へと押しやり、メイズ近衛師団長が扉の前に立った。俺とチリアン隊長もその後ろに続く。
密談に使うくらいだから普段は人の出入りの少ない部屋なのだろうが、こんなところに国王陛下がいたと知られてはまずい。
静まる部屋の中、扉のレバーが下げられた。それぞれが腰の剣に手を当てる。
しかし扉が開いた向こうに立っていたのは、あきらかに不機嫌な顔をしたリーンであった。
「ああ、そういえば僕が呼んだのだった」
気の抜けたスレート王宮騎士隊長の言葉に、俺とチリアン隊長もその話を思い出した。
「まったく次から次へと余計なことをしてくれますね」
「余計ではない。彼女も関係者だろう」
メイズ近衛師団長がスレート王宮騎士隊長へ怒りを向けた隙に、リーンを部屋へ招き入れて扉を閉める。
「俺たちも王宮騎士隊長に連れて来られたんだ」
「知ってる。そう手紙鳥に書いてあったから」
スレート王宮騎士隊長が出がけに飛ばしていた手紙鳥はリーン宛てだったのか。
「なんでハーレと一緒に居たの?」
「例の薬の捜査で、俺たちだけじゃ貴族を調べるには限界があるから、王宮騎士隊に協力を仰ぎに行ったんだ」
「よりにもよって王宮騎士隊に?」
「近衛師団とも協力して事件にあたることになったよ」
リーンは胡乱げな視線を、揉めている二人へと向けた。
「ローガン、ハーレ、そろそろ話を進めるぞ」
エリオット陛下に窘められて二人はようやくその鉾を収めた。
「リーン、今回の話をどこまで聞いている?」
「私が知っているのは、ソウシンの木が国内に持ち込まれていることくらいです。流通経路は判明しているんですか」
「ええ、春から探ってようやく掴めたところですよ」
ずれた眼鏡を直しながらメイズ近衛師団長が言った。
そんなに前から調べていたのか。時期を考えると、俺とリーンに使われたことで捜査が始まったのかもしれない。
「黒幕はクリムソン伯爵です」
俺たちの知りたかった貴族の正体をいとも簡単にメイズ近衛師団長は告げてくれた。
名前は聞いたことがあるがどんな人物かまでは分からない。リーンは顔ぐらいは知っているのか訝し気である。
「最近、クリムソン伯爵は皇太后のお気に入りらしいわね」
「それはどこからの情報ですか」
「友人が教えてくれたの」
「友人?」
メイズ近衛師団長とスレート王宮騎士隊長の驚く声が重なった。リーンはじと目で二人を睨んでいる。
確かに今の言い方は失礼だ。俺もちょっと驚いたけど。
いや、リーンに友人がいることがおかしいという訳じゃなくて、皇太后の様子を知っている存在なら、たぶんその人物は貴族のはずだからだ。
「伯爵がソウシンを密輸した目的は何か分かってるの?」
リーンが受けた催淫剤の嫌がらせは、まずそのクリムソン伯爵が関わっているとみて間違いない。
嫌がらせは皇太后の命令だとして、嫌がらせのためにソウシンを手に入れたのか、それとも売買のための密輸が先なのか。それによって事件の解釈が違ってくる。
「そこまではまだ突き止めておりません」
リーンはふーんとそっけない返事をして、俺とチリアン隊長に視線を向けた。
「クリムソン伯爵は、エリオット陛下の弟殿下の取り巻きだったのよ」
そもそも今の国王陛下がなんの問題もなく即位できたのは、弟殿下が亡くなったからだ。
側妃の産んだ長兄、本妻である王妃の産んだ次弟。即位には弟が優勢だったとはいえ、長兄側も指をくわえて見ていた訳ではない。
エリオット陛下自身は国王になりたかった訳ではないが、周りがそれを許さなかった。当然、両陣営の間には諍いが起こった。
ということをリーンは、俺とチリアン隊長へ簡単に説明してくれた。よりにもよってエリオット陛下の目の前で。
スレート王宮騎士隊長はともかくメイズ近衛師団長の目が怖い。
いや俺たちが聞いて駄目な話なら止めているだろうから、これは安易にこの話を広めるなという脅しかもしれない。
はい、エリオット陛下はなるべくして国王に即位された方です。
しかしクリムソン伯爵が次弟殿下の取り巻きだったと考えれば、エリオット陛下の母親と良い関係だったわけがない。何があったら仲が良くなるんだ。
「しかしクリムソン伯爵が皇太后へ取り入ろうとしたところで、昔から陛下を推していた貴族たちが黙っていないのではありませんか」
チリアン隊長も同じことを考えたらしく、その発言にメイズ近衛師団長とスレート王宮騎士隊長の表情がぴくりと動いた。まさしく彼らがそうなのだろう。
「ええ、もちろんクリムソン伯爵のあからさまな手の平返しを、陛下の後ろ盾となっていた貴族たちは冷たい目で見ていました。そこでリーンとコルク副隊長のあの事件です」
メイズ近衛師団長の視線を受けて、リーンが不敵に口元を歪めた。
「あれは皇太后へ取り入るために、クリムソン伯爵自身が仕組んだことだったのね」
皇太后が自身で薬を手に入れて罠を仕掛けるわけがない。誰かにやらせて当たり前だ。
なるほど、そこで互いの利害が一致したわけだ。
見事、錬金術室長を辱めることができたならば重用していただけないでしょうか。良かろう。ってな感じか。
気に入らないという理由だけで嫌がらせをして来る皇太后であれば、周りを顧みない軽挙妄動もあり得る。
「皇太后はどこまで知って関わっているの?」
ずばりとリーンが尋ねると、エリオット陛下が答えてくれた。
「俺の知るかぎりあの人が関わったのは一回きりだ。それは調べさせたから間違いないだろう」
まさか本人がソウシンの木を常用している訳ではないようだが、それでも国王の母親が国が禁止している植物を悪用したなど、世間にばれたら取り返しのつかない醜聞である。
それに調べさせたということはその必要があったからで、自分の母親にまで気を配らなくちゃいけないなんて、エリオット陛下も気の毒なことだ。
「しかし問題は他にもある。これは護国騎士団も被害を被ったことだが」
国王陛下が真剣な顔で俺とチリアン隊長を見つめて来た。過去形で言ったということは既に起きた事柄なのか。
「先日のブラックスライムについて、後ろで糸を引いていたのもクリムソン伯爵だ」
ブラックスライムとは、あの王宮の北の森に出た黒いスライムのことか。そういえばリーンがそんな呼び方をしていた。
いやいやいや、あの魔物の後ろに黒幕がいた? そんなことがあり得るのか?
チリアン隊長他二名が行方不明になり、護国騎士団が北の森を捜索することになったあの事件はまだ記憶に新しい。
「それは魔物を操っていたということなのでしょうか」
魔物は人を見たら襲って来る習性の生き物だ。それを制御し従えたとなれば、その衝撃はこの国のみならず近隣諸国をも揺るがす大事件である。
「いや、操っていた訳ではないようだ。ただあれを作り出したのがクリムソン伯爵だったのだ」
「それは一体、何のためにでしょうか」
教えてくださったエリオット陛下におもわず尋ねてしまったが、メイズ近衛師団長に咎められることはなかった。
「理由はまだ調べている最中だ。だが、このことが公になったらまずいのは分かるな」
誰も見たことのない魔物を作り出したクリムソン伯爵、その伯爵と繋がっている皇太后。もしブラックスライムについても知っていたのだとしたら、醜聞どころの話ではない。
「ブラックスライムは誰にでも作れるものなのですか?」
チリアン隊長の質問にエリオット陛下は首を横に振った。
「いや、一定の条件を満たしたスライムが必要になる。その条件は決して容易く満たせるものではない」
それならば量産されることはないのだろう。とはいえ一度は用意できたのだから、安心はできない。それにリーンが簡単に作れるものであれば作り方までは教えないだろうと、以前に言っていた。詳しく語らないということは、容易に作ることはできないが、とても難しい条件でもないということだ。
「問題は他にもあります。クリムソン伯爵が、ブラックスライムの存在をどこで知ったのか、そちらも調べている最中です」
「一番気になるのはその目的だ。先日の騒ぎで得をした者などいないだろう」
「強いて言えば王都に魔物が出たことで物価が一時的に上がったので、商人が儲けたくらいですが、それも微々たるものでしょうな」
メイズ近衛師団長、スレート王宮騎士隊長に続き、チリアン隊長もいつもの癖が出て、思考を整理するため言葉を紡ぎ始めた。
「何よりいくら皇太后陛下のお気に入りになったとはいえ、このことが明るみに出れば庇いきれない。というよりあの方なら迷わず切り捨てるだろう」
「皇太后といえど国が安泰でなければ、その権力を振るって好き勝手はできませんからね」
「せっかく取り入ったというのに、その座を放棄してまでやり遂げたいことがあるのでしょうか」
各組織の長たちが話し合うのを見つめるリーンの表情も難しいものになっている。
「リーン、何か気になることがあるのか?」
「え?」
眉間に皺を寄せたまま見上げられた。
「いや、思うところがありそうな顔をしていたからさ」
「うん。ブラックスライムについても分からないことだらけだけど、私に罠をしかけるにしても、どうして禁制の植物を使ったのかなと思って」
「それが最良だと考えたんだろう」
「禁制の植物が流通していることがばれかねないのに?」
言われてみれば確かにおかしい。
ブラックスライムにしろ、禁制の植物にしろ、まるで自分が黒幕だと調べられることを想定していないかのような動き方だ。
しかし現にこうして露呈している。では、ばれても構わなかったとしたら。それはどんな状況か。
国が混乱してクリムソン伯爵が得をする。いや、伯爵以外にも得をする者がいるとしたら。
「エリオット陛下の政権、もしくは国家転覆を狙っている輩がいるとか?」
ふと呟いた言葉に、それまで言葉を交わしていた隊長たちがしんと静まり返ってしまった。
やばい。




