77. 侵入者
「なぜここに」
問いかけようとして、部屋を満たす匂いが記憶を刺激した。またこの匂いか、いい加減にしつこいんだよ!
騎士寮で倒れているルッカリを見つけたときと同じように、風魔法で部屋の空気をかき混ぜると共に窓ガラスを割った。室内の空気が外に出るよう攪拌し、外の空気を取り入れる。
咄嗟に服で鼻と口を覆ったこともあり、以前のような酩酊状態にはならずに済んだ。
「ノア様」
しかしレジ―の姉は寝間着姿でとろんとした目をしている。怪我などはないようだが呼吸が荒い。
部屋の中には入らず、魔法で蔦を出して娘の体に巻き付けた。そのまま廊下へ運び出そうとしたところで、どたばたと足音が階下から聞こえてきた。侵入者だと?
手すりの陰に身を潜めて気配を探る。人数は十人程のようだ。
この家は結界魔法が張ってあるので、なんの制限もなく入ることはできないが、中から誰かが招き入れたのなら話は別だ。状況からして、このエイミーもしくはレジ―とその母親が入れたのだろう。
レジ―たちが姿を見せないのはどこかに隠れているからか。もし父親をたてに取られていたら従うしかない。
まあ、どちらにしろこれから俺がすることに変わりはない。
「勝手に入ってくるんじゃない」
氷魔法で階段を凍らせ、こちらへ向かって来る奴らの足を止めた。そのまま侵入者の体ごと凍らせてやろうとしたが、火魔法の使える者がいるらしく盛大にこちらに炎を放ちやがった。
「人の家で何してくれてんだこの馬鹿ども!」
火事になったらどうしてくれる! すぐさま氷で覆って火を消した。
馬鹿の一つ覚えのようにまた別の奴が炎を出してきた。
「鬱陶しいんだよ!」
今度は水で炎を覆い、そのまま侵入者たちの体を濡らした。奴らは攻撃だと思ったようだが、その水に魔力を込めて凍らせれば、あっという間に侵入者たちは身動きがとれなくなるというわけだ。
「息ができるよう鼻だけは凍らせないでおいてやるよ」
とはいえ、このまま放置すれば明日の朝には死体になっているだろう。
これ以上この土地に曰くが付くのを避けるためにも、手紙鳥を護国騎士団へと飛ばして応援を呼んだ。
男たちを封じている氷以外の部分を融かし、風魔法で乾燥させる。あらためて家の中を見渡すと、ところどころ壁や天井が黒くなっている。
「ったく、あちこち焦げてんじゃないか。買ってそんなに経ってないってのに」
嘆いていても仕方がないので、ひとまず酩酊状態のエイミーも拘束したままに、レジ―たちの部屋へと向かった。
ちょうど目的の部屋からレジ―を抱えた男が出て来るところに出くわした。先ほどの奴らは足止め役か。
男は俺の姿を見るなりレジ―に刃を向けたが遅い。目の前に炎の塊を出し、怯んだすきに蔓植物を使ってレジ―を奪い返した。ついでにその男も氷漬けにしてやった。
「他にはいないだろうな」
家の中の気配を探ったがひとまず動いている人間はいなさそうだ。
レジ―はまだ目を覚まさない。母親の方も戦闘の音が聞こえただろうに、ベッドに横たわったままの姿が廊下から見えた。薬でもかがされているのか、この二人は侵入者とは関わりがないのかもしれない。
「レジー、起きろレジー」
「ん、なに」
蔓植物を解いてやり、体を大きく揺すると、とても眠そうにしながらもレジーは目を開けた。
「あれ、なんでおっさんがここにいるんだ」
「誰がおっさんだ」
がつんと頭を叩くとレジーは廊下を転がった。
「いってえ、なんなんだよ一体」
「体は大丈夫か」
「めちゃめちゃいてえよ」
「そうじゃない、お前は睡眠薬を盛られていたんだ」
「睡眠薬?」
ようやく起き上がったレジーは部屋を振り返り、いまだ眠ったままの母親の元へすぐさま駆け寄った。息をしているのを見て安堵したのも束の間、すぐに辺りを見回した。
「姉ちゃんがいない」
「そっちも大丈夫だ」
「どこにいるんだ?」
事実を見極めるためにも、順を追って説明が必要だな。
「この家に侵入者が現れた」
「は? だってこの家には結界がどうとか言ってたじゃん」
「そうだな、そいつらだけでこの家の敷地内に入ることは難しい。だが中に協力者がいれば話は別だ」
「中に協力者ってまさか俺たちのこと、か」
愕然と見上げる表情に嘘は見えない。
「そんなことするわけないだろ、ノアは俺たちを匿ってくれてるのに」
「じゃあお前の姉は?」
「は? なんで姉ちゃんがそんなことするんだよ」
本当に心当たりはなさそうだ。
「なあ、姉ちゃんはどこにいるんだ」
不安そうにレジ―の視線が揺れる。
「俺の寝室」
「なんでそんなところに、え、まさか夜這いに行ったとか?」
「俺が連れ込んだとは思わないんだな」
「なんか姉ちゃんならやりかねないというか、おっさじゃなくてノアに憧れてたから、いってえ!」
「おっさん呼びは止めるって約束だ」
「だから途中でやめたのに!」
ほぼ言ってただろうが。「おっさ」は完全にアウトだ。
「さて、それじゃあ姉ちゃんのところに行くぞ」
「母ちゃんは?」
「寝てるだけのようだし、ひとまずそのままで構わない」
レジ―は心配そうだったが、もう侵入者は捕まえたからと引きずるように部屋を出た。
「姉ちゃん!」
氷漬けになった男たちと焦げた天井、割れた窓を見て呆然としていたレジ―だが、蔓で縛られている姉を見つけるなり駆け出した。
窓を壊してしまったので風が入り込んで寒い。
「姉ちゃん、しっかりしろ」
意識はあるがぼんやりしている姉をレジ―が懸命に揺すっている。
「薬のせいだ。効果が切れれば意識も戻る」
「薬ってなんの?」
「催淫剤だな。媚薬と言った方が分かりやすいか」
言っても子どもには難しいかと思ったが、こまっしゃくれているレジ―には通じたようだ。
「は? なんでそんなものを姉ちゃんが飲んだんだよ」
「飲んだんじゃなくて匂いでその気にさせるものだ。しかもすごく強力なやつ。それが俺の部屋で焚かれて、お前の姉ちゃんが俺の寝室にいた」
「なんでそんなことになってるんだ?」
「誰かが仕組んだか、お前の姉ちゃんが自分で用意したかだ」
口の達者なレジ―が言葉に詰まった。どうやら後者の可能性もありうるようだ。
「まあ自分でやったのだとしても、薬の効き目がどれほどのものか、知っていたとは思えないけどな」
「でも、どこからそんなもの持ってきたんだろう」
レジ―の中では既に姉のやったことになっている。
「たぶんその男たちが用意したんだろう」
「こいつらが?」
氷漬けになっている男たちは、まだ意識はあるはずだが、こちらの会話は氷に防がれて聞こえていない。
「俺が匂いに気づいて窓を開けたら、その男たちが家の中に踏み込んで来たからな」
レジ―は不安そうに男たちと姉を見比べた。
「姉ちゃんはどうなるんだ?」
「それはこいつらとお前の姉ちゃんの証言次第だな」
「姉ちゃん、馬鹿だから騙されたんだ」
レジ―が悔しそうに拳をぎゅっと握った。
「まだそうだと決まったわけじゃないぞ」
「それ以外ないよ、だって姉ちゃんノアに馬鹿みたいな妄想もってたし」
「何か思い当たる節があるのか」
レジ―は一瞬言葉に詰まったが、どこか気まずそうに答えた。
「リーンが家事が苦手で可哀想だとか、家のことよりも仕事を優先させてて可哀想だとか、騙されてて可哀想だとか」
「え、同情されてたのか俺」
それはそれで複雑なんだが。しかもなんだ、騙されてるって。
「どう見たってノアはリーンに惚れてるのに。むしろリーンは、ノアが女に囲まれてたって焼きもち一つ焼いてなかったのに」
「ちょっと待て、いつ俺が女に囲まれていたんだ」
「最初に会ったとき」
そういえばあのときは、さらわれた娘たちにまとわりつかれたな。そうか、まったく妬かれていなかったのか。察していたけど、他人に言われると地味に胸が痛むな。
「それにノアの第二夫人になりたいとか言ってたし」
「第二って、どこぞの貴族や商人じゃあるまいし」
「馬鹿だから、姉ちゃん」
たしかに姉よりも、レジ―の方がよっぽどしっかりしているかもしれないな。
しおれたように元気のなくなったレジ―の頭をぐりぐりと撫でる。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。もし姉ちゃんがやったんだとしても、巻き込まれただけで怪我人が出たわけでもないし、事情聴取で済むはずだから」
「でも! 世話になってるのにこんな馬鹿なことして、なんで、姉ちゃん……」
レジ―の瞳に涙が浮かび、頭に置いていた手に力をこめる。
「俺たちは今、お前の父親を捜している。そんなとき、お前たちをあいつらに取られたら、助けることは難しくなる。分かるな?」
レジ―は手で目元を拭って頷いた。
「俺もリーンもずっと側に付いていられるわけじゃない。だから、お前が姉ちゃんと母ちゃんを守るんだ」
複数の馬の足音が聞こえてきたので、早くも王宮からの応援が到着したようだ。
それにしても、どうしてレジ―の姉を外に連れ出して人質に取る訳でもなく、俺にまた催淫剤を使うなどと回りくどい手を使ったのかが分からない。
これも皇太后の仕業なのか? いったい何がしたいんだろうな。




