64. 冬支度
「お披露目はしないのか」
唐突過ぎるチリアン隊長の言葉に、すぐにはなんの話か察することができなかった。
「普通は結婚する際にお披露目の場を用意するものであろう」
「まあ、そうかもしれませんね」
なるほど。俺とリーンのお披露目についてか。
「他人事のような返事だな。お前たちの話をしているのだが」
「俺も気にはなっていましたが、なんというか時期を逃したような気がしまして」
「今からでも遅くはあるまい。ただでさえ行き当たりばったりな結婚式だったのだ」
「そうですねえ」
「何かできない理由があるのか」
「できないわけじゃなくて、その、リーンと世間的には結婚していますが」
「ふむ、名実共に夫婦になっていないので躊躇しているわけか」
隊長にしてはぼかして言ってくれたなー、なんて油断してはいけなかった。
「ではいつベッドを共にするのだ」
そこは初日から一緒です。本当に共に寝ているだけですけど。とは情けないので言いたくない。
「いつでしょうねえ」
結婚を決めたときにお披露目をしてしまえば良かったのかもしれないが、どう考えてもそんなことをしている状況ではなかった。
ベッドについてもあの頃はまだリーンを気遣わねばと思っていたし、いやもちろん今でも思っているが、彼女から触っていいという許しは……一度だけあったがあれを数に入れてはいけないだろう。
あの夜、リーンを寝室へ行かせようと肩に触れ、怯えた態度を取られたことは忘れちゃいない。とはいえ、あの頃よりはリーンとの距離が縮んでいるはずだ。
「しかしなんでまた急にそんなことを聞くんですか」
「うむ、そろそろ生活も落ち着いたようだし、結婚祝いを贈りたいのだが、もしお披露目の機会があるのであればそのときに渡そうかと思ってな。なければないで構わない。祝いの品に希望はあるか」
こういう場合は、新婚生活に必要な物を贈ってもらうのだが、生憎とすぐには浮かばない。
「うーん、生活に必要なものは家を借りたときに最初から揃っていましたからね」
「そういえばそんなことを言っていたな。では彼女と相談してみるといい」
「はい、ありがとうございます」
と言ったものの、先日はっきり名目上の結婚と言われてしまったために切り出しにくい。どうしたものか。
チリアン隊長への返事は保留のまま、第二陣が素材採集へと出かけて行った。
先発隊だった俺とリーンはのんびり留守番をしつつ、本格的な冬が来る前に、休みを合わせて二人で買い物へ行くことにした。
王都には季節を問わず品物が集まってくるので、食料などそれほど蓄えが必要な物はないが、備えておくに越したことはない。
「魔石はまだ予備に余裕があるから今日は買わなくていいかな」
「食料品が中心なの?」
「価格が上がるから、保存の効くものは買いだめしておくんだ」
錬金術室では一年中食堂で購入した食料を届けてもらっていたので、そこまで価格は気にしていなかったらしい。定期的に大量購入していたため割引となり、価格にそれほど反映されなかったのだろう。
「すごい賑わいね」
リーンの希望で、王都の南にある市場へとやって来た。ここは地方から品物を売りに来る者たちが、店を構えたり仲買を通さずとも、安価に商売できるよう作られた場所だ。通称、青空市場である。
「冬を越す準備があるから、いつもより人が集まっているみたいだな」
ここで商品を売って、その儲けで冬支度をするのだろう。
リーンは相変わらずきょろきょろと周りを見ながら歩くので、少し危なっかしい。祭り程の人出ではないが、手を差し出してみてもいいだろうか。
「どうしたの?」
「や、人が多いから」
はぐれないよう手を繋ごうかと言いたかったのだが、見事に邪魔が入った。
「あ、リーンと騎士のおっさんじゃねえか」
道端に並ぶ露店から子どもが手を振っている。いつか人さらいから助けたあの小僧だ。
名前はなんだったか。
「レジ―」
そう、そんな名前だ。リーンは憶えていたらしく、レジ―の方へと歩み寄る。差し出しかけた手をひっこめ、仕方なく俺もその後を追った。
「久しぶりね、元気だった」
「うん、リーンも元気そうだな。ついでにおっさんも」
「誰がおっさんだ」
小突いてやろうかと思ったが、俺よりも早くレジ―の隣にいた男が勢いよくその頭を叩いた。
「騎士様に失礼な口を聞くんじゃない!」
「いってえな! なにすんだよクソ親父!」
レジ―の親父とやらが、息子の頭を無理やり下げさせた。制服は着ていないが、俺が剣を腰に差しているのを見て騎士だと判断したのだろう。
王都の中で帯剣を許されているのは騎士と近衛くらいで、地方に散らばっている警吏は公務中であれば帯剣が許可されているが、滅多に見かけることはない。
「申し訳ありません、口の悪い息子で」
「いえいえ」
まったくその通りだが、俺も昔はこんなものだったので、強くは言えない。
「あの、もしかして以前にうちの娘を助けてくれた騎士様でしょうか」
「人さらいの件でしたら俺ですね」
答えると親父は嬉しそうに背筋を伸ばし頭を下げて来た。
「本当にありがとうございました、おかげさまで娘も元気でやっております」
「それは何よりです」
「元気過ぎてむしろ困ってるけどな」
レジ―がぼそりと呟いた。たしかに彼の姉は非常に元気よく俺に話しかけてきた。
「あの、もしよろしければお礼にうちの品をお持ちいただけませんか」
そう言った親父の目の前には見事な織物が並んでいる。
「それには及びません。騎士として当然のことをしたまでですから」
「しかし何かお礼をさせてください」
「申し訳ありませんが規則で受け取れないことになっているんです」
「じゃあ負けてやるからなんか買ってってくれよ」
「レジ―!」
「だって規則なんだからしょうがねえじゃねえか。それより気に入ったものを安く買ってもらえたら、お互いいいことづくめだろう」
「まったく口の減らない奴だ」
呆れる父親に心から同意する。
「ほら、これなんか小さいけどきれいだろう?」
そう言ってレジ―が広げたのは、ハンカチくらいの大きさだがしっかりと太い糸で織られた敷物である。
「食卓に飾るだけでご飯が数倍美味くなるぞ」
「あら本当、きれいね」
思いがけずリーンが食いついた。鮮やかな黄色で染められたシンプルな代物だが、端の一ヶ所に凝った模様が浮かんでいる。
「だろ? これから冬だし、彩りがあると食卓が明るくなるからいいぞ。ちょっと失敗した料理もそれなりに見えるしな」
「商売上手ね、他の色もあるの?」
「あるよ、ほら」
赤や青、緑が出て来た。
「気に入ったのか?」
「うん、何枚か買うわ。何色がいいかな」
リーンが選んだのは、赤と黄色と若草色の三色で、二枚ずつ購入した。もちろん負けてもらったりはしていない。
「たくさん買ってくれたから、おまけにこれもつけてやるよ」
そう言ってレジ―がくれたのは、木彫りの小さな馬である。
「俺が掘ったんだけど、なかなかの出来だろ」
「ほんと、上手ね」
「売り物じゃないから遠慮はいらないぞ」
「お前、そんな練習品を人様に押し付けるなんて」
「なに言ってんだ、村では人気の品だぞ」
「小さな子ども相手にな」
「これは今までで一番よく出来たやつなんだ」
リーンが貰ってもいいのかと見上げてきたので、頷いた。
「ありがたくいただくわ」
「おう」
レジ―は得意げに鼻の下をこすった。
まあこれくらいなら賄賂とはとられないだろう。
そんな小さな再会を経てまた歩き出したものの、なんとなく手を繋ぎそびれてしまい、そのうちに荷物で二人の手も塞がっていった。
今回リーンはいろんな香辛料を買い込んでいた。これまで買っていた店よりも青空市場の方が安く、種類も多かったらしい。ほくほく顔での帰宅となった。
その夜の食事は、手に入れたばかりの香辛料が多量に使われたスープだった。さっそくレジ―から買った敷物を使っている。
「なあ、見るからに辛そうなんだけど食べても大丈夫なのかこれ」
「平気平気」
オレンジに赤が混じったスープはとても刺激的な匂いがする。食前の祈りを唱え、リーンはスープから食べ始めた。
美味しそうに食べているので、危険物ではないようだ。いやしかしリーンの味覚が、辛味に関してだけおかしいということも有りうる。
「食べないの?」
恐る恐るスプーンを口に運んだ。ぴりりとした辛味が口の中に広がる。でもそれだけの単調な味ではなかった。
「辛いけど美味いなこれ」
「この辛みが癖になるのよ」
食べ始める前とは打って変わって食欲が沸いて来る。焼いた鳥も香辛料が塗られていて、ピリ辛で美味い。
ちらりとリーンの様子を窺うと機嫌は良さそうだ。聞くなら今か。
「そういえばこの前、チリアン隊長に結婚祝いを贈りたいが何がいいか聞かれたんだ。何か希望はあるか」
「私は特にないからあなたの欲しいものをお願いしたら?」
「欲しいものって言ってもなあ。家具や食器は揃ってるし、他に二人で使うものって何かあるかな」
「私のことは気にしなくていいから、自分の欲しいものを言ったらいいじゃない」
「いやいや、俺とリーンに贈ってくれるわけだから、俺の欲しいものを言うのは違うだろう」
「そういうものなの?」
「そりゃ結婚祝いだからな」
リーンはピンと来ないようだ。今さらながらに、ただの同居人としか思われていなかったらと不安になる。
「まあ急ぐ話じゃないしゆっくり考えよう」
この先二人の関係をどうしていくのか、それもまたゆっくり考えよう。




