63. ポーション取替02
俺に割り振られた役割は、毎日リーンを錬金術室へ迎えに行くことだ。
「ごめんね、もう少し待っててもらえる?」
「あとは帰るだけだしゆっくりでいいよ」
最近、錬金術室では新しいポーションの開発に取り組んでいる。
この前の遠征で採ってきた素材を手に、リーンは難しい顔だ。白衣の袖から、腕に巻いた包帯がのぞいている。
「組み合わせが良くないのか、思ったほどの効果が出ないのよ」
良くも悪くも研究に打ち込んでいるリーンは周りが見えなくなるので、錬金術室に入ってすぐの場所にある、応接ソファに座って待つことが俺の日課になりつつある。
気を遣った他の錬金術室員たちがお茶を出してくれるのだが、焼き菓子なども添えてくれるので、夕食前の小腹を埋めるのにありがたい。
しかし今日は、お茶を淹れてくれた室員が何故かその場に留まった。
「えーと、何か?」
初めてここを訪れた際に、副室長へ暴言を吐いたあの彼女である。あの日のことを思い出すと、何を言われるのかどっきどきだ。
「初めてこちらへいらした際に、失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした」
しかし突然に謝られて面食らった。そういえばリュウが、俺が女性陣からもう嫌われてはいないようなことを言っていた。あれは本当だったのか。
「いえ、あれは皆さんにしてみたら当然の対応なので、気にしなくて大丈夫ですよ」
「そういうわけにはいきません。それに貴族議会で室長を庇ってくださったこと、お礼を申し上げます」
それこそ礼を言われる筋合いの話ではないのだが、彼女は律儀にも頭を下げて、まだ気まずそうな表情だったものの、そのまま去ってしまった。
とりあえず謝りたかっただけのようでホッとした。どうも副室長の一件があるので、錬金術室の女性は怖いというイメージがある。
「あ、お疲れ様です」
今度は帰り支度を整えたリュウがやって来た。
「室長もようやく帰り支度を始めたので、もうすぐ出て来ますよ」
「そうか、ありがとう。もう疲れは取れたか」
「まあなんとか。次に行く奴に話したら、今から緊張してますよ」
「慣れればなんてことないさ」
「慣れるまでどれくらい掛かりますかね」
「十回も行けば慣れるんじゃないか」
「十回かあ」
リュウが遠い目をしたところで、ぞろぞろと人が出てきて、その中にはリーンもいた。
錬金術室に鍵を掛けて室員たちと別れると、背後から彼らの視線を感じたが、悪いものではなく羨望に近い眼差しだった。
もしかしたらリーンに続いて王宮の外へ出たいと言い出す者が出て来る日も、そう遠くないのかもしれない。
時間を示し合わせて迎えに行くと、錬金術室にはリーンだけの日もあれば、数人が残っていることもあった。
なんだかんだで交換用のポーションが必要になったため、そこそこ忙しくなってしまったらしい。
そうして迎えに行き始めて七日目の夜、とうとう犯人が捕まった。
「ずいぶんと早かったな」
「こちらも噂を広めた甲斐があったというものです」
チリアン隊長の考案した罠は至って簡単なもので、まず護国騎士団が続けざまに遠征へ向かうという噂を広める。そのために錬金術室はポーション作成に励む。噂を信じて、ポーションが大量に保管されていると勘違いした犯人が、忍び込んだところを捕まえるという流れだ。
そのためにも、忙しいが泊まるほどではないと印象づけなくてはならず、俺は毎日錬金術室までリーンを迎えに行っていた。
迎えに行く理由も用意した。リーンが腕を怪我して、ヤギーの手綱を握るのが難しいためということにしてある。そのための包帯も毎朝、俺が巻いている。
犯人が忍び込んだところを押さえるため、錬金術室には常時護国騎士団がこっそり潜んでいた。
美人目当ての脳筋隊長たちが、その役を自分に割り振れとひと悶着どころか大乱闘になりかけたが、その話は割愛しよう。彼らには陽動のため王都の外へと出かけてもらわなければならなかったのだ。
このようにして、ポーションは大量にあるのだから、少しくらい入れ替えてもばれないだろうと考えた浅はかな犯人は、現行犯で潜んでいた護国騎士に捕まった。
夜中だがチリアン隊長と俺の元へ連絡が飛び、リーンも行くと言って聞かなかったので一緒に王宮へやって来た次第だ。脳筋隊長たちにも連絡が行ったので、王都にいた第二、第三、第四の隊長と副隊長もすぐに駆けつけてきた。
留置所へ入れられていたのは、若い男である。名前を聞かずとも自分が誰かを騒いで教えてくれたので、ラセット副室長の兄だとすぐにわかった。
「お前らこんなことをしてただですむと思っているのか! 俺は次期ラセット男爵だぞ!」
「貴族だろうがなんだろうが、罪を犯せば裁かれるのが道理です」
チリアン隊長お得意の正論だが、馬鹿に道理を説くなんて時間の無駄としか思えない。どうせこういう輩は自分が罪を犯したという意識を持っていない。
「俺が何をしたというのだ!」
「錬金術室からポーションを盗み出そうとしました、それに鍵の偽造です」
「はんっ、馬鹿を言え、どこにそんな証拠がある。ポーションが減っていたのか?」
「保管庫の中身を入れ替えていたとの報告が上がっています。あなたの所持していたポーションが何よりの証拠でしょう」
「これは元々俺が持っていたものだ。保管庫の中身など知らん」
「証拠ならあるわよ」
「お前っ」
俺の後ろからリーンが顔を覗かせると、泥棒貴族の顔が険しくなった。
「保管庫の鍵に特殊な溶液を塗っていたの。光に当たると黒くなる液をね。このまま明日の朝まで待って朝日を浴びれば何よりの証拠になるわ」
「馬鹿な!」
自分の手の平を呆然と見つめるその様は、自供したようなものだ。
「そもそもあなたが錬金術室にいたことをどう説明するつもりなの。この部屋は私の許しがないかぎり部外者は入れないのに」
「弟が入れてくれたのだ」
「弟って副室長のこと? だったら嘘ね、私は聞いていないもの」
「連絡が遅れたのだろう、あいつはとろいからな。何をやっても駄目な家の恥さらしだ」
この言葉だけで、いかに副室長が不遇な扱いを受けてきたかわかるというものだ。
リーンも腹心の部下を馬鹿にされ、かちんと来たのだろう。とっても好戦的な表情になっている。
「まだ自分の立場がわかっていないようね」
「なんだと?」
「既にあなたと副室長はまったく関係のない他人なの。家の恥さらしになんてなりようがないわ」
「そんなこと俺たちは認めていない!」
「あなたたちの同意なんて誰も求めてないでしょ。どうして副室長があなたたちと縁を切れたのか本当に分からない?」
「それはあいつが勝手なことを」
「貴族が縁を切るにはいくつか方法があるらしいけど、副室長の場合は本人が申し立てて了承された。あなたたちが反対しても覆らなかった。つまり錬金術室副室長の立場と発言力の方が、あなたの家よりずっと高い地位にあるわけ」
「そんな馬鹿なことがあるか!」
「加えて、国の重要機関である錬金術室に盗みに入るなんて、ラセット男爵家は没落も秒読みね」
「そんなことくらいで家が潰れるなんてありえない! そもそもあいつが作ったポーションを渡さないのが悪いんだ」
「どうして副室長があなたにポーションを渡さなくちゃいけないのよ」
「あいつが作った物は家の物だ!」
「いいえ、副室長が作ったものは副室長の物よ」
「違う!」
「そんなにポーションが欲しいのなら自分で作ればいいじゃない。できるものならね」
リーンが鼻で笑った。どっちが悪役か分からない。見せ場を奪われた隊長たちが口を挟めないでいるし。
「リーンの言うことはもっともなんだが、今はこいつの罪を暴くことを優先しような。不法侵入に窃盗、それに捕まえようとした奴らの話では暴力を振るおうとしたらしいから、公務執行妨害と暴行罪もだな。何よりポーションの取替えにより、護国騎士団が危険な目にあったことは国を揺るがす大問題だ」
「言いがかりだ! 俺は護国騎士団には何もしていない!」
「それは司法の場で言うことです。そもそも戦闘部隊のポーションを効果の薄い物と入れ替えるなど、死ねと言っているようなものではありませんか」
チリアン隊長の言う通り、リーンがいなかったら先日の遠征で重傷者が出ていたかもしれないのだ。
「ここから先は王宮騎士に引き渡すのか?」
第二隊長の疑問に、第三と第四隊長が首を傾げた。
「俺たちが取り調べるんじゃないのか?」
「そもそもあいつらに取り調べができるのか?」
貴族で構成された王宮騎士なので、その辺はまったく信用できないという隊長たちの気持ちも分かる。逆に盗人は王宮騎士の名前を聞いてあからさまに安堵している。
「引き渡すのは王宮騎士ではなく、近衛師団ですよ」
「近衛? あそこは国王陛下の直轄部隊だろう。なぜここで出てくるんだ?」
リーンが説明していなかったのかという視線を向けて来たので、身の潔白を晴らすべく説明口調で告げてやる。
「先日もお話しましたが、この件について国王陛下はとても重くお考えです。錬金術室は王家が直々に集めた者たちで組織されており、王の命によりポーションを作っているのです。それを横からかすめ取る輩がいたら、罰せられて当然でしょう」
ここに来て泥棒の顔色が明らかに変わった。ようやく自分の犯した罪の重さが分かったらしい。遅いんだよ、馬鹿が。
「隊長たちは別件で頭がいっぱいのようでしたから、お忘れかもしれませんがね」
付け加えると、錬金術室で泥棒を待ち構えたいと駄々をこねた脳筋達が一斉に視線を逸らした。その横では副隊長たちがうんうんと渋い顔で頷いている。
リーンは首を傾げていたが、基本的には護国騎士団の仕事に踏み込まないと決めているのか、こちらから説明しない限り尋ねられることはないので、脳筋隊長たちの名誉は守られた。
こうして短絡的な犯罪を起こした次期男爵様は、近衛師団へと引き渡されることになった。
夜番だったらしくわざわざ近衛師団長がやって来て、助けを求める副室長の兄に冷たい視線を向けていた。
尚且つリーンが、「副室長の作ったポーションは、ラセット家所有のポーションだからこれは犯罪でも何でもないんですって」と、盗人の発言を微妙に湾曲させ告げ口をしていたが、皆知らん顔をしていた。
本当にラセット副室長にとっては災難な出来事だった。
「この度は大変申し訳ございませんでした」
律儀なラセット副室長は後日、わざわざ護国騎士団まで謝りに来てくれた。なぜかリーンも付き添っている。
「もう縁を切っているのだからあなたが謝る必要はないでしょう」
「そうですよ。副室長は悪くありません。この一件で辞めたりしませんよね」
「もちろんです。辞めたくてもやめられないのが錬金術室ですからね」
「それ以前に、副室長にいなくなられると私も含めてみんな困るわよ。さっきも室員たちに辞めないでって懇願されていたじゃない」
頼りにされてるんだなあ、なんて暢気に構えていたら、ラセット副室長がリーンを軽く睨んだ。
「それは室長が暴走したときの歯止め役としてですよね」
「歯止め役だろうがなんだろうが、必要とされているんだからいいでしょう」
「少しは反省してくださいよ」
肩を落として首を振るラセット副室長に、こういう人はどこへ行っても気苦労が絶えないだろうなと同情した。
「そういえば跡継ぎである嫡男自ら盗みに入ったのは何故なのでしょうか。たしか三人兄弟でしたよね」
「もう一人の兄は王宮騎士隊に所属していて、幸いにもポーションの横流しには関わっておりませんでしたが、もし問題を起こせば首になるという前例がありますからね。兄と違って爵位を継げるわけではないので、王宮騎士隊を首になれば行き場がないという自覚はあるようですよ」
「それでも家族が盗みで捕らえられたことで、針のむしろ状態らしいけどね」
リーンがつまらなそうに付け加えた。男爵家がどうなるか、盗難騒ぎを起こした長男が継げるのかは、これから精査されるそうだ。
何はともあれ、こうしてポーション騒動は一応の収まりを見せたのだった。




