65. 珍客
俺の勘違いでなければ、リーンとの距離は縮まってきている。しかし何かこう決め手にかけるのだ。
チリアン隊長の言うとおり、お披露目会は夫婦になったと自覚するのに有効な手だと思うが、リーンを追い詰めるような状況になってしまわないかが心配だ。
そもそもリーンは俺のことをどう思っているのか。ただの同居人だと思われていたら、いやさすがにそれはない。ないよな……。
遠回しに子どもがほしいと言ってみるか。うん、全然遠回しじゃないな。
ああでもないこうでもないと考えこんでいると、名前を呼ばれた。
「難しい?」
リーンが俺の手元を覗きこんできた。そこには家の設計図がある。と言っても架空の家の設計図だ。
今日は二人の休みが重なり、特に予定もなかったので、秋祭りで約束したミニチュアハウスの設計をしている。
図面を見つめて動かない俺を、悩んでいると思ったらしい。いや、実際に悩んではいるが、設計図のことではない。
「どういう家がいいかな。リーンはどんな部屋が欲しい?」
「薬草園」
それは家にあるものじゃない。
「庭に薬草の一角を作ることにして、その他には」
「馬小屋」
どうして家の外にあるものばかり言うんだろう。
「ロウソンにあったリーンの家はどんな間取りだったんだ?」
「うち? 普通の二階建てだよ」
「二階のある家なら大きいだろう。まあ戸建てってだけで俺には憧れだったけどな」
「ノアの家は違ったの?」
「うちは狭いアパートメント。王都は土地の価格が高いから、戸建てなんて金持ちか、先祖から代々譲り受けてきた奴らくらいしか住んでないよ」
「そういえば王都には多いよね、アパートメント。逆に田舎では見ないけど」
「少し大きな街ならあるけど、それ以外は土地が余ってるから必要ないんだろう」
わざわざ密集して住む必要もない。
「リーンが住んでいた家の間取りはどんな感じだったんだ?」
「玄関を入ってすぐにダイニングがあって、その奥にキッチン。普段はダイニングで過ごして、お客さんが来たときもそこで話すの。お風呂、トイレも一階。両親の部屋と、母の作業場兼物置が二階、私の部屋も二階だけど少し天井が低くなっていたわね。あとは納屋があって、両親の仕事場はそっちだった」
「納屋まであるなんてずいぶん大きい家だったんだな」
「そう? 田舎では普通だと思うけど」
「リーンのご両親はなんの仕事をしていたんだ?」
「馬のお医者さん。母は父の手伝いで薬の調合をしていたわ。私にも薬草について教えてくれて、いつか私も」
そこでリーンがはっと言葉を止めて目を伏せた。
「私も父さんと母さんみたいに、馬の治療に関わる仕事がしたいと思っていたの」
親の仕事を継ぐものだと子どもが想像することは珍しくない。成長するうちに夢が変わって行くことはあるかもしれないけれど、両親を亡くしたリーンにとって、錬金術師以外の選択肢はなかった。
「これまで誰かとこんな話をすることがなかったから、ずっと忘れていたわ」
「誰とも?」
「両親を亡くしているから周りが気を遣って避けてくれていたんだと思う。それに錬金術室では家族と無理やり離されたり、上手く行ってなかったりする子が少なくないから、おおっぴらに家族の話はしないしね。まあ貴族の中にはあからさまに同情をしてくる輩もいたけど、そういう人たちと話すことなんてないし」
どこか強がるようにリーンは笑った。
十歳の頃からずっと王宮に閉じ込められていたと聞いた。傍から見れば衣食住が保証されている恵まれた環境に見えたかもしれないが、その実ずっと働いて、戦って生きてきたのだろう。
「ロウソンに戻って暮らしたいか?」
リーンはきょとんと目を丸くし、苦笑した。
「もう離れて二十年近く経つから、戻ってもみんな私のことなんて憶えてないよ。私の方もその頃に関わっていた人たちの顔はうろ覚えだしね」
「そうか」
聞いてもどうしようもないことを口にした。
「ごめん、なんだかしんみりしちゃったね。ノアは田舎の家の間取りを作ろうとしてるの?」
「そうだな、リーンが嫌じゃなければ、住んでいた家を再現してみたいけどどうだ?」
「嫌なことなんてない、嬉しいよ」
そう言ったリーンは笑顔だったので、間取りは彼女の話を参考にすることに決めた。
ダイニングテーブルに紙を広げ、リーンにおおよその寸法を尋ねながら図面に起こしていく。
話ながらも、リーンは先日購入したスパイスを錬金術で加工し瓶詰している。
そんなのんびりとした休日を過ごしていると、突然家の呼び鈴がけたたましく鳴り響いた。
「俺が出るよ」
来客の予定など入っていないが誰だろうか。まさかまた国王陛下がやって来たのではと警戒しそうになったが、いくらなんでも真っ昼間からお忍びでやって来るはずがない。
相手はよほどせっかちなのか、呼び鈴を何度も鳴らしている。
「はいはい、どちらさまって、なんだお前か」
扉を開けると、門のところに先日の市で会ったばかりのレジ―が立っていて、その後ろには若い女と年増の女がいた。若い方は見覚えがある。たぶんレジ―の姉だ。
家の周りには常に結界が張ってあって、他人は入れないようにしてあるので、俺の方が門まで出迎えた。
「小僧がなんでうちに?」
「レジ―だよ、覚えろよ。頼みがあって来たんだ、家の中に入れてくれないか」
ちらちらと背後を気にしていたので、何かに追われているのかと、ひとまず三人を家の中に入れた。それでもレジ―は焦った表情を崩さない。
「いったいどうしたんだ?」
「父ちゃんがいなくなっちまったんだ」
レジ―はぎゅっと拳を作って俯いた。
「いなくなったってどういうことだ」
「さらわれたんだ、頼むから助けてくれ、もうおっさんなんて言わないから」
ぽろぽろと涙をこぼされ、何がなんだか分からないが、玄関で話すことのできない事情がありそうだ。
「レジ―じゃない、どうしたの」
ダイニングから顔を出したリーンが驚いた顔で出て来た。
「どうも込み入った話があるみたいだな。話を聞くから上がれ。そちらのお二人もどうぞ。リーン、何か温かい飲みものを淹れてくれるか」
「うん」
応接間へレジ―たちを通してすぐに、リーンがトレイに乗せたお茶を持って入って来た。アルケミックスペースで手早く用意したのだろう。それぞれの前に置くと、そのまま俺の隣に座った。
「それでお前の父親に何があったんだ?」
「この前、王都の市で商品を売った帰りに、変な奴らに襲われたんだ」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながらも、レジ―が話し出した。
「変な奴らってなんだよ」
「分かんない。最初は物取りかと思ったんだけど、証人は消すって言いながら俺と父ちゃんに剣を振り上げて襲ってきたから、何か勘違いしてるんだと思う」
「そいつらは他人に見られてまずいことをしていたわけだ。お前に心当たりはないんだな」
「ない。襲われた時も必死に逃げて家まで帰ったんだけど、昨日になったら父ちゃんが出かけたまま帰ってこなくて、今日はみんなで村の周りを探してたんだ」
「それで、なんでまた王都までやって来たんだ」
いくら顔見知りだからと言って、王都の俺の家までやって来る意味がわからない。そもそも王都の外の出来事は、基本的に警吏の範疇であり、魔物が出たわけじゃないなら護国騎士団が出る幕はない。
「村の外に出て、俺が一人になったところで襲われたんだ」
「それは市の帰り道と同じ奴らだったのか」
レジ―はぶんぶんと首を振った。
「襲ってきたのは、父ちゃんを一緒に探してくれていた警吏の奴らだ」
「なんだって? なんで警吏がお前を襲うんだよ」
「分かんないけど、あいつら本気で俺を殺そうとしてた」
「顔は覚えているか、その警吏の名前は?」
「覚えてないし名前も聞いてない」
そのときの恐怖を思い出したのかレジ―が体を震わせた。
その警吏たちが裏で犯罪者と繋がっているかもしれないということか。これは俺一人の手には余るな。
「このままじゃ姉ちゃんと母ちゃんも狙われるかもと思って、取るものも取りあえずも連れて来たんだ」
レジ―の隣に座る二人も顔色が悪いままだ。
「騎士ならなんとかしてくれるかもしれないと思って、家の場所は前にリーンから聞いていたし」
確かにレジーが取る方法としてはそれが最良だったかもしれない。もし周りに事実を話しても信じてもらえたかどうか。下手をすれば警吏を侮辱したと逆に捕らえられかねない。
しかし警吏と護国騎士もまた微妙な関係性なのだ。
国を護るという意味では同等だが、活動内容は護国騎士の方が危険が多く特殊性も高い。だから待遇や給金もこちらの方が良い。よってやっかまれるわけだ。
「俺も父ちゃんも襲われる理由なんてないんだ。お願いだから父ちゃんを捜してくれ!」
「そりゃ放ってはおけないが、お前の証言だけで漠然と動くわけにはいかないからなあ」
レジ―が嘘を言っているようには見えないし、なんとかしてやりたいが、まず何を見たかも分からない状況では動きようがない。
「どうすれば動けるの?」
リーンはさすがに訊き方が上手い。
「警吏は組織がでかいから厄介なんだよ。護国騎士隊に対してライバル意識を持っているところがあるから、下手に手を付けられないしな」
近衛師団や王宮騎士は貴族だから元の畑が違う。だが警吏も護国騎士団も平民で形成されているので、その待遇に格差があると思われがちだ。うーん、困った。
「レジ―、その市で何か変わったことはなかったか?」
「別に何もなかったと思うけど」
「帰り道もか」
「うん」
「襲われたのはどの辺のことだ?」
「えっと、村に入る手前辺りかな」
王都からはずいぶん離れている。人の目が無くなるまで待ったのか。それとも帰る途中で何かを見てしまったのか。レジ―の話では手掛かりが少なすぎるな。




