41. 幼馴染の訪問03
リーンとメイズ近衛師団長が食事を運んで来てくれて、リーンは俺の隣に、近衛師団長は彼女の目の前に座った。
「リーンの作った食事を食べるのは久しぶりだな」
うきうきとした様子でエリオット陛下が目の前に並べられた料理を見つめている。毒味はしなくていいのかという俺の心配をよそに、陛下も近衛師団長も普通に食前の祈りを捧げて食べ始めた。
「やはり美味いな! ホワイトソースは少しレシピを変えたのか」
「よくわかりましたね、もう夜も遅いので軽めにしてみました。あ、そういえば陛下から結婚のお祝いにカウ・アントラーズのお肉をいただいたの」
思い出したようにリーンが俺の方を振り向いた。
カウ・アントラーズとは草原に暮らす魔獣で、姿形は牛によく似ているが驚くほど足が速く攻撃力の高い魔獣である。しかしその肉は極上で、煮ても焼いても美味いらしい。捕獲が困難な上に高級な肉なので俺も口にしたことはない。
「本当は王家の紋章の入った剣でも用意したかったのだが、リーンに消え物にするよう言われてな。無難に肉にしておいた」
これについては、はっきり断ってくれたリーンに感謝である。王家の紋章が入った剣など恐れ多くて魔物討伐には使えないし、家に置いておくのも怖いものがある。
「お気遣いいただきましてありがとうございます」
「たくさんあるから干し肉も作ろうと思うの。カウ・アントラーズの肉で作るのは初めてだから、いろいろ試してみるわ」
「錬金術室員たちが作る干し肉は美味いから、婿殿も期待しているといいぞ」
いつの間にか俺の呼び方が婿殿になってるし。
「誉めていただいたので、上手く作れたら陛下にもお持ちしますよ」
「それは楽しみだ。危険を覚悟で狩りに行った甲斐があるというものだ」
え、国王陛下自ら狩ってきた肉なの? 護国騎士団だって見つけたらまず逃げ出すような魔獣だぞ。
頭に枝分かれした固いツノを持つカウ・アントラーズは、特攻されたらとても危険な上に、火魔法で攻撃してくるという厄介な魔獣だ。おまけに群れを作る習性があるものだから、その攻撃力たるや凄まじい。
しかし驚いているのは俺だけで、リーンもメイズ近衛師団長も平然と食事を進めている。いや近衛師団長は狩りに同行した可能性もあるか。
「近衛師団長からは、アラクネの糸で織った生地をもらったわ」
こちらもまた高級品だ。
蜘蛛型の魔物であるアラクネの糸は、しなやかで強く火や水にも強いため、護国騎士団の装備にも使われている。
またその糸を特殊な方法で織ったという布は光沢が美しく、貴族の衣服に使われたりしている。
下世話な考えだが、アラクネの糸で織った生地など、俺の給料の一年分でも買えるかどうかわからない。
「ありがとうございます。お気遣いいたみいります」
しかし、とても使いどころに迷う品物だ。庶民が身に着ける機会はまずないだろう。いや、リーンならあるかもしれない。だからこそ贈ったはずだ。
その後は当たり障りのない会話をしながら、エリオット陛下もメイズ近衛師団長も出された食事を残さずに平らげ、リーンが淹れたお茶をゆったり飲んでいる。
「最後に王宮騎士隊の処罰について語っておこう」
王宮騎士隊長は直接ポーションの横流しに関わってはいないものの、監督不行き届きで一年の減俸の他、隊長としての一部の権限をはく奪。さらに王宮騎士隊全体の意識改革がなされなければ降格もしくは解任もあり得るらしい。
一方、罪を犯した隊員たちは騎士を解任され全員首になった。その数はおおよそ二割。
残った者たちも減俸を言い渡され、しばらくは近衛師団の監視下に置かれるらしい。
隊長の処分が考えていたより重くて驚いた。他の隊員の減俸も役職によって三割から七割とかなり大きい。
まだ確定ではないがほぼその通りになるとのことだった。
「それから、王宮騎士隊から錬金術室へ謝罪の場を作りたい」
「お断りします」
実は先ほどからにこりともしていないメイズ近衛師団長の視線が、リーンの返事を聞いてさらにきついものになった。眼鏡の位置を神経質そうに修正している。
「嫌でも受けて貰わねば困りますね。謝罪がないとはそちらからの言です」
「本気で悪いと思ってるなら二度と私たちの前に現れないでほしいわね」
「無理ですね。それでは仕事になりません」
「あいつらに仕事なんかないじゃない」
「あります。そうでなければ我々がわざわざ彼らに指導する意味がありません」
「近衛師団もずいぶん暇なのね」
「そんなわけないでしょう。こちらも出来るなら無駄な時間を割きたくないところを無理やり作っているのです」
「へー、大変ねえ。だったらせめて指導が終わって、馬鹿どもの意識が変わってからにしてよ」
「まあそれでもいいでしょう。しかし変わったと判断するのはあなた方ではありませんよ」
メイズ近衛師団長の釘をさすような言葉にリーンが鼻で笑った。こわっ。
気が強い方だとは思っていたけど、相手は近衛師団長だぞ。貴族である事を差し置いても、戦闘能力はかなり高いはずだ。もし俺が全力で挑んだところで勝てるかどうか。どうしてリーンはそんなに強気に出られるんだ。
「お前たち、婿殿が驚いているじゃないか」
見かねたエリオット陛下が割って入ってくれた。詰まっていた息がようやく吐けた心地だ。
「心配しなくともこれでこの二人は案外気が合うし、仲も良いのだ」
「良くはございません」
「気も合わないわよ」
「そういうところが仲が良いというのだ」
エリオット陛下だけがおおらかに笑っている。さすがは一国の主、器がでかい。小市民は震えることしかできません。
「俺たちは王宮騎士隊長も合わせて幼馴染みでな。婿殿もそのうちこのやり取りに慣れるぞ」
え、絶対に無理。おまけにあの王宮騎士隊長までここに加わったら収集がつかないんじゃないのか。
「言っておくけど、謝られたから許すってわけじゃないからね」
「それは別に構いません。謝ったという体裁が欲しいのですから」
「馬鹿馬鹿しい、それこそ時間の無駄じゃない」
「我々がこれからあの低能どもにかける時間に比べたら微々たるものでしょう」
うん、まったくこの殺伐とした会話に慣れる気がしない。あと王宮騎士隊の評価が二人とも酷い。確かに気が合ってるな。
「そうだ、婿殿には錬金術室の素材採取について話しておかねばな」
本来なら一番緊張感を纏うべきなのは国王陛下だろうに、むしろこの方が話に割って入ってくれると空気が和む。
「錬金術室が素材採取に出向く際は護国騎士団に護衛役をしてもらうことになった。騎士団の活動に支障がない範囲でよろしく頼む。ただし錬金術室より都度、計画書と報告書を上げるように」
「承知しました」
こうもあっさり承諾を得られるということは、王宮騎士隊とその後ろにいた貴族たちが俺たちに文句をつけている場合ではなくなったということなのだろう。
リーンは着々と自分たちの構想を実現しているな。
「それからハーレのことだが、あれも迂闊なところはあるが悪気はないのだ。あまり追い詰めないでやってくれ」
ハーレってスレート王宮騎士隊長のことだよな。幼馴染みと言っていたが、あの人もエリオット陛下の側近になるんだろうか。
「悪気がないことが許す理由にはなりません。それにあの、常に自分が正しいという態度が嫌なんです」
「それはまあ貴族だからな。不用意に隙は見せられないのだろう」
「その割には、ハーレは隙だらけのよう気がしますけど」
リーンが王宮騎士隊長のことを名前で呼ぶのを初めて聞いた。本当に幼馴染みなんだなと変なところで納得してしまった。
「そこがハーレのいいところだ」
「まったく理解できません」
「それに少なくともハーレは、錬金術室に辛くあたることはなかっただろう」
リーンもそれは否定できないのか黙った。そんなリーンを見守るエリオット陛下の瞳は優しい。
「さて、あまり遅くまで居座っては迷惑になるな。そろそろ帰るか」
エリオット陛下の意を受けてメイズ近衛師団長がすぐさま立ち上がった。
「荷物を取って参ります」
「荷物?」
メイズ近衛師団長はキッチンから紙袋を持って戻ってきた。
「それはなんだ」
「マフィンをいただきました」
「俺の分はあるのか」
「ございません」
にべもないメイズ近衛師団長の言葉に、エリオット陛下がリーンを振り返った。
「ありません」
しかし返ってきた言葉は同じものである。
「ローガンだけずるいぞ」
「陛下は料理長にお願いすればいつでも食べれるじゃないですか」
「それを言ったらローガンとて、家に帰れば料理人がいるのだから作ってもらえるではないか。それにこういう素朴な菓子は、料理長よりリーンが作ったものの方が美味いのだ」
口を尖らせそうな勢いでエリオット陛下が抗議をすると、リーンは大きく息を吐いた。
「わかりました、まだ残っているので持って来ます。仮にも国王なんですから菓子の一つや二つで騒がないでください」
「仮にもではなくれっきとした国王です。残り物を渡すような言い方も良くありません」
「国王らしくない国王に問題があるんでしょう」
突っ込むメイズ近衛師団長に文句を言いながらもリーンはキッチンへと行き、紙袋を持ってきた。やっぱりエリオット陛下のいう通り、仲が悪いわけではなさそうだ。
「さっき焼いたばかりなので、明日以降の方が味が落ち着いて美味しく食べられますからね」
「明日が楽しみだな」
紙袋を手にエリオット陛下はにこにこと満足げな表情で頷いている。まるで大きな子どものようだ。
人目につかないよう見送りは玄関までとなった。まさか歩いて来たのかと思いきや、目立たないところに馬を繋いでいるそうだ。
こうして突然のお忍び行幸は無事に終わりを迎えたのだが、リーンと二人きりになると疲労感がどっと押し寄せてきた。
「ごめんね、突然のことでびっくりしたでしょう」
「それはまあ驚いたな」
「どうしてもあなたに会ってみたかったみたい」
リーンだけなら王宮で呼び出せば事足りるもんな。
「こんな機会もそうそうないだろうし、エリオット陛下の人となりがわかって興味深かったよ」
すごく疲れたけど。
「マフィン全部あげちゃって、これからまた焼くと遅くなるから明日でもいいかな」
「もちろんだ。無理のないときに作ってもらえると嬉しいよ」
しかし今さらながらに、国王陛下や近衛師団長と遠慮なく話せるとか、やっぱりリーンってすごい待遇だったんだな。




