40. 幼馴染の訪問02(近衛師団長ローガン視点)
国王であるエリオット様、王宮騎士隊長であるハーレ、錬金術室長のリーン、それに近衛師団長である私は、子どもの時分からの付き合いになる。
手放しで仲が良いと言えるような関係ではないが、それなりの時間を共に過ごし、言いたいことは言い合える仲だった。
しかしハーレが王宮騎士隊長に就いてから、リーンは明らかに彼に対して距離を置くようになった。
もともと王宮騎士隊と錬金術室の仲はすこぶる悪い。
それもこれも王宮騎士隊が錬金術室へ執拗に嫌がらせを続けているためだ。
その根底にあるものは馬鹿馬鹿しいことに、寄せ集めの自分たちと違い、優秀で国益となる者たちへの嫉妬心である。そのように前国王が煽ったこともあるが、努力して劣等感を打ち砕くという考えが頭に浮かばないのだから手に負えない。
錬金術室がどんなに優秀でも、組織の規模が違う上にその割合は平民の方が多く、戦うことにも慣れていない。ただでさえ余り者扱いをされていた奴らが鬱憤を晴らすには格好の餌食だった。
もちろんハーレはそんなくだらないことは行わないし、見かければ止める側だった。
貴族は階級で発言力が変わってくる。侯爵家の次男坊という立場に面と向かって反抗する輩はおらず、少なくとも本人は錬金術室を庇っているつもりだった。
だからだろう。いざ王宮騎士隊の隊長となった際に、錬金術室へのちょっかいを一切禁ずると宣言をして、それが守られているものだと思い込んでいた。長い間、繰り返されてきた負の感情がそんなことで無くなるわけがないだろうに。
リーンの抗議も、王宮騎士隊を嫌うあまりのことだと軽んじていた。
『もう怯えることはないですって? 馬鹿も休み休み言いなさいよ。今日も廊下でうちの室員が絡まれていたというのに、あなたの目は節穴なの?』
『リーン、君が王宮騎士隊を嫌いなのは知っているが、あまり感情的に物を言うものではない』
同様に私の忠告も聞き流していた。
『本当に品格に欠ける行為をしていないか確認をしたのか』
『王宮騎士隊は変わったのだ。皆、問題なく職務に励んでいる』
自分が王宮騎士隊の手綱を握ることができていないことにハーレは気づいていなかった。まったく愚かしいかぎりだ。
リーンが距離を置き始めたのを感情から来るものだと思い込み、まともに受け止めなかったハーレ。自分の訴えを取るに足らないものと判断した人間に、誰が相談に行くものか。ましてや短気で我の強いリーンが。
貴族議会で叩きのめされて、ようやく内部調査に踏み切り、リーンの言い分が事実だったと理解したようだが何もかもが遅い。
なぜ自分が王宮騎士隊長に選ばれたか、よく考えれば己のすべきことが分かったはずだ。それは決して揉め事の種を撒くためではない。無駄に足を引っ張られては困るのだ。
護国騎士団と錬金術室の言い分は最もだった。
ハーレはどこから仕入れたのか、貴族議会にかけられるより先に王宮騎士隊の不始末を知ったようだが、なんとか大事にならないよう奔走するも情報が不十分で、逆にやり返されるとは下策としか言い様がない。
陛下もリーンの手前、本当は協力などしたくなかっただろう。だが王宮騎士隊長に失脚されても困るのだ。
それに引き換えリーンは踏ん張った。もちろんそれだけの正当性もあったからだが、あの場の貴族たちをものの見事に味方につけた。
打算もしくは無関係なノア・コルクを巻き込んだ責任を感じての結婚と思っていたが、それなりにまともな相手だったのが幸いした。
地方貴族は元々護国騎士団と関係が深いし、今後はこの夫婦に手を差し伸べようとする貴族も出てくるかもしれない。
「資材部長は首を変えることがほぼ決定した」
「あ、そう」
自分が望んだくせにリーンと反応は薄い。王家の管轄であるポーションに手を出したのだから、処分が下されるのは当然だと思っているのだろう。
「王宮騎士隊には、近衛師団の監査が入る」
「ふーん」
「君がこちらにまず相談してくれれば、もっとやりようもあったんだがな」
リーンは鼻で笑った。
「内々に処理されて終わりなんて冗談じゃないわ」
「事件の規模からいって内々にということにはならなかっただろう」
「そうかしら」
これまで散々苦労してきたリーンは、王宮のやり方を信じていない。
現に先日の貴族議会で、王宮騎士隊長が既に陳情の内容を知っていると、リーンには知らせていなかった。
しかしこちらに何も知らせず仕掛けようとしたのはリーンの方なので、これについては文句を言われる筋合いはない。
「陛下によって待遇は少しずつ改善しているんだ。もっと協力してはどうだ」
「新たなポーションの開発は国益につながるはずよ」
特殊ポーションは、使いようによっては他国との取引に使える。
開発の余地もあり、そのための素材採取については護国騎士団が同行することが正式に決まった。そのようにリーンが根回しをした。これでますます王宮騎士隊は立場がなくなるだろう。
しかしそれも自業自得だ。正直なところ、行き所のない貴族の子弟を寄せ集めた王宮騎士などより、錬金術室の方がよほど国に益を与えてくれるのだからな。
前国王は貴族優遇だったため、錬金術室の立場の方が弱かったが、これからは違う。貴族議会でのことを顧みても既に立場は逆転したと言っても過言ではない。
物わかりの悪い王宮騎士隊に、はっきり目に見える形で突きつけたいからこそ、リーンは貴族議会を利用することを考えたのだ。
それが王宮騎士には分からない。分かりたくないのか、貴族特有の選民意識がそうさせているのか、先日王宮騎士隊へ私自らが出向いた際はまだ揉めに揉めていた。
錬金術室へ逆恨みを抱いている奴らもいて、隊長のハーレは一人一人に時間を取って対応している。悪いのは不正を働いた側で、本来なら自分たちは取り締まる立場なのだと。
誰かに諭されなければ分からないほど奴らは奢っていた。それに気づけなかったハーレもまた同じだ。
「そんなに王宮騎士が憎いのか」
リーンは言葉にこそしなかったが、その目がすべてを物語っている。王宮騎士、ひいては錬金術室を嘲笑っていた貴族に一矢報いたかったと。
「ハーレとはなんだかんだで十年以上の付き合いだろう」
「だからなに? あいつが安い正義を振りかざすたびに、嫌がらせがより陰険なものになっただけじゃない。それにあそこはいっぺん底辺まで落ちた方がいいのよ」
「それは君が決めることじゃない」
「だったらあなたも私の行動に口出ししないで。私がどう動くかは私が決めるわ」
「その皺寄せがこちらに来るのは困る」
「それがあなたの仕事でしょう」
いくら話しても意見が交わることはない。お互いの立場が違うのだから。
「君のその強かさをご夫君は知っているのか」
「特に隠した覚えはないわね。あなたの方こそ家族に見せていない顔があるんでしょ」
「それは見せる必要がないということだ。隠しているわけでも取り繕っているわけでもない」
幼馴染みとも言える間柄なので、国王であるエリオット様は別として、人の目がないときにはお互い遠慮のない口調になる。知らない者が聞いたら殺伐としていると捉えるだろうが、気を遣わなくていい相手というのは、自分の立場が上になるほどありがたくもある。
「しかしエリオット様が錬金術室の待遇改善に臨んだと、あの場で口にしたことについては評価する」
もちろん諸々の打算があってのことだろうが、あれでエリオット陛下の公平性、前王とは違うということがアピールできた。釘を刺しておきたい輩はまだまだいるからな。
「ところで何を作っているんだ? 食事の用意は終わったのだろう」
「マフィン。どうせエリオット様は、ノアと話したくてここまで来たんでしょう」
リーンに用事があるのならば王宮で話せば済む。エリオット陛下がわざわざ訪問したのは、王宮では済まない用事があるからだと見抜いている。こういった空気の読み方はできるのだ。いや、わかっていて、こちらの思い通りに動かないのだから余計に質が悪いな。
「夕食のデザートには重くないか?」
「これから食べる分じゃないわよ」
甘いものは好きな方なので、少しばかり残念に思う。
「多めに作ったからおみやげに包む?」
「いいのか? 妻も子どもも君の作った菓子を持って帰ると喜ぶからな。ありがたくいただこう」
アルケミックスペースを維持したまま、リーンは紙袋を用意し始めた。
呼吸をするようにリーンは自在に錬金術を使う。しかも一つではなく複数同時にだ。二つまでなら他にも扱える者はいる。しかし三つ以上を扱える錬金術師など、この国どころか他国を探してもリーン以外にはいないだろう。
「結婚式は挙げないのか」
「もう教会で終わらせた」
「それは知っている」
こちらの横やりが入る前にと早々に進められたからな。
「そうではなくお披露目のための式だ」
「始まりが始まりだし、呼ばれた方も困るでしょう」
先日の貴族議会の様子を見るかぎり、むしろ二人でいるところを見せた方が、周りも安心するのではないだろうか。しかし決めるのは二人だし、貴族である我々がその場に呼ばれることもないのだろう。
もしリーンが王宮に入ったときにエリオット様が即位していたなら、また違った未来もあったかもしれない。
先の愚王のせいであちらこちらに火種が燻ぶっている。王宮騎士隊の愚行もその一つだ。
王宮騎士隊長たるハーレについては、今後もこのような失態をするようであれば切るだけだ。たとえエリオット様が庇おうと、尻ぬぐいは前王の失策だけで十分なのだからな。




