34. 貴族議会05(リーン視点)
まだぐすぐす泣いている彼女の手を引き、護国騎士団本部へ入っていくと、好奇の視線が注がれた。
適当な騎士を捕まえて隊長たちに会いたいことを告げると、会議室のような広い部屋へと通してくれた。そこには隊長と副隊長たちが集まっていて、貴族議会でのことを話し合っていたようだ。
「どうしたんだリーン、なにかあったのか」
すぐさまノア・コルクが立ち上がった。
泣いているマヤを見て非常事態が起きたのかと警戒させてしまったようだ。
「ごめんなさい、王宮騎士隊長へ今日の陳情書の話をしたのはうちの室員だったの」
一息で説明すると、皆の視線がマヤに注がれた。
「彼女はなにか弱みでも握られたのか」
「そういうわけじゃないわ。ただ私の説明が足りなかったのよ。彼女は錬金術室が変わることが嫌だったの」
「今より待遇が良くなることのなにが嫌なんだ? これで無駄にポーションを作らなくて済むわけだろう」
他の隊長たちも怒るというよりは首を傾げている。これは説明が難しい。
「これまでの経験が絡み合ってね、説明が長くなるんだけどいいかしら」
「とりあえずこちらに座って話してはどうだ。コルク副隊長、席の用意を」
「はい」
すぐさま二人分の席が用意された。マヤは立ったままでいたそうだったが、視線で座るよう促すとあきらめたようだ。
「まずは私たちがこれまでどのような扱いを受けて来たか、何人かには話したと思うんだけど、もう一度話したほうがいいかしら」
「そうだな、本人の口から語ってもらう方がいいだろう」
王宮騎士隊にからかい混じりで魔法をけしかけられていたこと、体を壊すまでポーションを作っていたことを簡単に説明した。
案の定、誰もが顔をしかめた。その反応がマヤには意外だったようでそわそわと体を揺らし始めた。
エリオット陛下が即位したのをきっかけに錬金術室の待遇が変わり、これ以上の変化を嫌って今回のことに及んだと話したところで、彼女が立ち上がって頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした」
「私も監督不行き届きだったの、すみませんでした」
マヤが自ら立ち上がったので、私も同じように立って頭を下げた。
「アロロ辺境伯たちへは説明に行ったのか」
「ここへ来る前に謝ってきたわ。王宮を出てしまうと会うのが難しくなるから。自分たちに損はなかったから気にしなくていいって言ってもらえた」
特別に自分たちにポーションを譲れとか、悪辣な要求は何もなかった。
「そうか、ならば私たちも同じ答えだ。異存のある者はいるか」
チリアン隊長の呼びかけに誰もが異議なしと答える。中には私が貴族議会で酷い目にあったと聞いて気遣ってくれる者もいた。
「ありがとう、皆さんの心遣いに感謝します」
こちらとの関係を慮ってのこともあるだろうが、マヤの心の負担にならずに済んだのは本当にありがたい。
「けど他の奴等は大丈夫なのか? この子だけが不満を抱いたってわけじゃないんだろう」
「ええ、これからもう一度みんなで話し合うことにするわ」
「なんだかいろいろ大変だなあ」
「もし護国騎士団も得体が知れなくて不安だって言うなら親睦会でもするか」
「それはむしろ逆効果ではないでしょうか。うちの飲み会は男くさくて、とても女性を招くような場ではありません」
「なんてことを言うんだ! これだから既婚者は余裕ぶって!」
「そうだそうだ! 俺たちの出会いを潰そうとするな」
「出会いの場を仕事に求めないでください」
「俺はいついかなるときも求めているぞ!」
「俺もだ!」
隊長たちがふざけだしたので、マヤがぽかんと口を開けている。
「うちは男性の室員もいるわよ」
「だが女性の方が多いんだろう?」
「多いって言ってもそこまで差があるわけじゃないわね」
「そうなのか、俺が行くと女性ばかりが出てくるけどな」
「たまたまよ」
きっと対応が悪かったのだろう。ノア・コルクが大きなため息を吐いた。
「そもそもどうしてコルクばかりが錬金術室へ行くんだ、次は俺に行かせろ」
「俺はリーンに用事があって行ってるんです、第二隊長はなんの用事で行くってんですか」
「今度からはポーションを貰いに行くんだろう。なら俺たちだって」
「そんな使いっぱしりは隊長の仕事じゃありません。衛生兵に行かせますのでご心配なく」
「そんな大事なことを勝手に決めるな!」
「そうだそうだ! 俺だって行きたいぞ!」
「それなら隊ごとに数を分けて貰いに行けばいい。もちろん第四隊は俺が行く」
「おお、それはなかなかいい案だな」
「なに言ってるんですか、そんなことしてる暇があるなら書類の一枚でも多く片付けてくださいよ」
隊長たちの暴走に、第四隊の副隊長である男性が声を上げると、周りからもその通りという声が上がる。どこも隊長の暴走に振り回されて大変らしい。
あれ、そういえばうちの副室長は結局どこに行ったんだろう。マヤの騒ぎで忘れていた。
「それよりも素材採取だ」
騒ぐ男たちを抑えて、チリアン隊長が話し出した。
「王宮騎士隊があんな事態になった以上、護国騎士団が護衛としてついて行っても文句は出まい」
あんな事態になったというか、私たちがしたんだけどまあいいや。
「それはうちとしても嬉しいけど、護国騎士団の都合はどうなの」
「見てのとおりだ」
チリアン隊長から素材採取の話が出た途端、他の隊長たちはまず誰が一緒に行くかで揉め始めた。
「先日は第一隊が一緒だった。第一の次といえば第二だろう」
「遠征をそんな順番で決めたことがあるか。次に出るのは第四なんだから、俺たちが妥当だ」
「いいや、一番遠征経験のある第五隊が適任に決まっている」
「それはお前が嫁さんが怖くて家に帰りたくないから遠征を多くしているだけだろうが」
副隊長たちはもう口を挟むことすら面倒になったのか傍観している。
「ただ、もう少し待ってもらってもいいかしら。一度みんなに相談してみるから」
「もちろんだ。だが気になることがある。資材部長の罷免を申し出たということは、素材を回してもらえなくなるのではないか」
「それは大丈夫だと思う。資材部も結局、実際に動いているのは下の人たちだから」
「上が渡さないと言えばそれまでだろう」
「部長が権限を失くした今、うちの邪魔をしろと指示を出す人なんていないわ。そもそもそんなことをしたら王命に背くことになるわけだし」
錬金術室は王家の肝いりで作られた部署だ。つまり私たちは王命でポーションを作っていることになる。それを横流ししていた王宮騎士隊が罰を受けるのも当然の報いだ。
「仕事に滞りがなければ良い。あとはポーションの配分についてだが」
「ひとまずここ一年の使用実績と希望数を算出してくれるかしら。他のところにも同じように通達する予定だから」
「了解した」
「それじゃあ、私たちは戻るわね」
立ち上がると、言い争っていた隊長たちがようやくこちらに視線を向けた。
「え、もう行くのか。もっとゆっくりしていけばいいのに」
「茶菓子の一つも出さんからだ、第一隊は気が利かんな」
「どこの隊でも菓子なんて用意していないでしょう。そんなことに割くほど予算をもらってないんですから」
きりがないので最後にもう一度頭を下げるとマヤも後に続いた。
「今回のことは本当に申し訳なかったわ」
「すみませんでした」
「その件については解決済みだ。これ以上の謝罪は不要である」
たぶん気遣いではなく、本気でそう思っているんだろう。他の隊長たちも笑って頷いているし、副隊長たちは何か言いたいことがあるかもしれないけど、上に従って飲み込んでくれたようだ。
「そういえば一つ言っておくと、外に出るのはたぶん男性陣のほうが多いと思うわよ」
「なぜだ!」
「なぜもなにもまずは男どもを出してみて様子を見てからじゃないと」
「だが室長は行ったじゃないか」
「あれは緊急だったからよ。まあ部下だけを出すわけにはいかないし、私はこれからも行くつもりだけど」
「なんだ、じゃあ次はぜひ第二隊と共に」
「次の遠征は第四だろう、つまり俺たちと」
「第四の遠征は火急のものではないのだから錬金術室は必要ないだろう」
また始まったやり取りにさすがに呆れてしまう。マヤもぽかんと見ていたのでそっと囁く。
「ね、必要とされているでしょう」
「はい」
耳ざといチリアン隊長の耳には聞こえたようで眉を上げられた。
「錬金術室の者たちは必要とされていると思っていないのか」
「予定通りポーションが出来上がれば、あとはどうでもいいような扱いだったから」
「ボイコットでもしてやれば良かったのに」
ノア・コルクが顔をしかめている。
「それぞれ働く理由があるから、そう簡単にはいかないわ」
家族を人質にでもとられたら従うしかない。私は早くに両親を亡くして親戚もいないけど、皆が同じ境遇なわけではないのだ。
護国騎士団を出る頃にはマヤの涙はもう止まっていた。
「どうだった?」
「怖いとは思いませんでした」
でも、と続けたそうだがそれ以上は何も言わなかった。錬金術室以外の人と接したことで、彼女の意識が少しでも変わったのならそれは良い傾向だ。
「し、室長!」
そんなことを思っていたら、すぐ隣から突然大声で呼ばれて驚いた。
「本当に、本当にすみませんでした! 貴族議会でのことを聞いて、そんなことになるなんて思わなくて」
彼女が言っているのはきっと王宮騎士隊長の余計な言及についてだろう。
「そうね、少し考えの足りない行動だったわね」
また彼女が泣き始め、道行く人たちの視線を集めた。これじゃあ私が泣かせてると思われるわね。
「王宮騎士隊長に、最近の室長はおかしいと思わないかって言われて、話しているうちに」
誘導されたのか。昨日の夕方まで今日の貴族議会のことはみんなに秘密にしていたので、その後に接触を図ったことになる。私たちが集まる情報をどこからか得ていたのかもしれない。つまりマヤ以外にも、ううん、錬金術室以外に漏らした人間はいるということだ。
まあ肝心なことをぼかしていたのだとしたら、うちが決定打になったのに変わりはないんだけど。
「反省をしてくれたのなら、それ以上は謝らなくていいわ。みんなのところに戻りましょう」
泣き続けるマヤを宥めながら錬金術室へと戻った。
地方貴族にも護国騎士団にも謝罪をし、許されたことを話すとみんな安堵の表情を浮かべ、マヤを窘めてはいるものの先ほどまでより言葉の調子が柔らかい。これならしこりは残らずに済みそうね。
ところで気になるのは副室長だ。まだ戻ってこないとなると探しに行くべきか。
王宮騎士隊へ派手に喧嘩を売ったばかりなので、一人で行動するのは止めたほうがいいだろう。あまり物怖じしないリュウへ声をかけて、副室長を探しに行くことにした。




